第三話『そこにアイはあるか』 その①漢字の名前


 アタシは性格がブスだ。


 自分でも悲しいくらいに、腹立たしいくらいに性格がブスなのだ。


 わざわざ〝性格が〟なんて意地汚くもあるけど、見てくれは良いのだから余計にそうだ。



 両親はアタシに『優妃』という名をくれた。


 今どき子供に漢字の名前を付けるなんて、どうかしてると思う。


 立派な漢字。それだけでプレッシャー。特に『優』の字なんて寒気がするくらい合ってないし。このまま名前を裏切り続けるような人生をアタシは選び、送るのだろう。



「昨日も酷いことしちゃったし……」


 一年の子にカメラ役を先越され、自分では何も言わなかった癖に不機嫌になって帰った。


 それもアリサに当たる様な態度をわざと見せてから帰ったのだ。


 追って来てくれるはずもないのにね。

 ほんと嫌なブスだ。



 廃棄のお弁当を口実に家に入り浸って彼女を抱いて寝る。抑えられない日は噛みもする。


 アリサもレオン君も内心ではドン引きしてるに違いない。


 それにレオン君には、ごめんね。きっとキミには一番苦しい想いをさせてしまっている。


 それでも許される程にアタシは見てくれが良くて、彼女らとの経済上の都合も良くて。



 この想いが届かないのくらい分かっているから、そうする他ない。そうさせてください。



「もう少しだけ、もう少しだけ贅沢してもいいでしょう?」


 アリサが上手く撫子デビューできたのなら、こんなことはもうやめます。


 アリサは可愛くて、強くて、そして誰よりも不器用な女の子だ。


 そんな彼女の凄さに世間の目が気付けるように、きっと上手くサポートしてみせるから。


 だからあと僅かな時間だけでも、この特等席でズルさせてください。



 まったくなんて卑しくて惨めなんだろう。目が霞んでくる。


「一人でなに泣きそうになってんのよバカ」


 土曜日の午後。お昼の放課後を使ってまで視察に来たんだ。一人で変に感情的になって台無しにするなんてバカはしちゃいけない。昨日、アリサの誘いだって断ったんだから。


 駅前だけだけど、二子玉川 → 駒沢大学 → 代官山と廻った。どの駅前にもその場所の撫子のポスターが貼られ、その誰もが個性的で強烈で推したくなるようなポスターで。


 アリサは自分じゃポスターなんて作らないだろうし、世田谷線の人達に任せたらどんな物が出てくるか分かったものではないから、アタシが作るしかないとは勝手に思っている。だけど、あんなプロが作ったみたいなレイアウトの物を素人が作れるのかとも正直思う。


 それでも、それを作ってあげることがアタシにできるせめてもの罪滅ぼしだ。


 立派なポスターを作って、許可を取って貼って。それが終わったら自然と身を引こう。


「どうせいまさら友達にも為れないんだから」


 アリサと自分が一緒に遊んでいるところを想像できない。無理に遊んでもきっと彼女は退屈だろうし窮屈だろう。佐久間が羨ましいってこともないし、無理なものは無理なのだ。


 それに一番は、アタシがどうせすぐに友達じゃ満足できなくなるに決まっていて、、



「うるさいっ!」



 感情に任せて目の前の掲示板。ポスターを引き剥がしていた。


 自分でもどうかと思う。俗に言うヒステリックなのかも。ワガママだしきっとそう。



 えっと、、ここは確か下北沢駅。今日見て廻るのを最後にしようとしていた駅だ。


 考え事をしていたからか、いつのまに着いて、いつのまに駅前掲示板に立っていたのだ。


 そして八つ当たりに撫子のポスターを剥がしたっと、、ほんと何やってんだろ。


 やっと我に返ったので、辺りを見渡した。



 若者の街。下北沢。学校からも近いし、たまにクラスの子と帰りに寄ることもある街だ。


 今日は三葉うちの制服はアタシだけだったけど、駅前は午前授業帰りの制服姿の学生が買い食いなり、ゲーセンやらカラオケやら、集団でふざけ合いながら練り歩いていて。



 帰ろう。急に酷く孤独と疲労感がやってきて、アタシが駅に踵を返した時だった。



鷹木たかきさんのポスターになにしとんじゃあ!!!」



 青色の制服の女子。その集団の一人が凄んだ形相でアタシに向かってきたのだ。


「たか、きさん??」


 ああ、この剥がしたポスターの人か。そう気付くのに数秒掛かってしまい、事態は更に悪い方向へと進んだ。もう既に青の制服達に駅前だというのに取り囲まれてしまう。


「どこの高校の者だよおめー。ここを清女せいじょの縄張りだってわかってんだろーなーー」


 清女。清秀女子せいしゅうじょしか。確かここ下北沢にある高校だ。見れば駅前には青の制服が多い。


「アタシは三葉よ。でもそういうのじゃないの。鷹木さんのファンって言えばいいのかな?ポスターがどうしても欲しくてつい剥がしちゃったのよ」

「嘘こいてんじゃねぇ! そんなに雑に剥がすやつがあるか!!」


 確かにそうね。もう言い訳も厳しそうだし、駅前だから叫ぼうかなと、息を吸う―、



「やめろ。彼女が怖がっている」


 随分と落ち着いて、澄んだ。そよ風のような声だった。



「だれっ!……、たぁ! 鷹木さん!!? これは違うんです!!」


「もういいから帰りたまえよ。お前等も、そこのカワイイ君もね」


 白の制服。白の帽子。それに銀の長髪。


 青の中に唯一人、まるでおとぎ話の白銀の王子のような、軍服姿の女がいた。


 身の丈がスラッと長く、右目を黒の皮眼帯で覆い、背中に茶色の大きな銃を背負って、、


 撫子としての箔が他とはまるで違う。

 自分こそが最高の撫子だと、その事に何の疑問も疑いも無いようで。



「アタシ怖がってなんてないわ」


 つい強がってしまった。


 何故だか、この女に弱みを見せてたまるかと咄嗟に声が出たのだ。


「だろうね。君は強く素敵な瞳をしているから」


 言いながら微笑む鷹木は、こちらの全てを見透かしているような余裕があって。



 ムカついた。なんか嫌いだコイツ。


「僕君のポスターが欲しいの? ならもっと状態が良い物をあげるよ」


「ぼ、ぼ、!? 嘘でしょ!!?」


 そんなカッコつけた見た目なくせにっ! なにそのバカみたいな呼び方っ!!



 アタシは不意打ちに耐え切れずに、お腹を抱えて笑ってしまうのだった。


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