第二話『野良犬が遠吠えろ!』 その⑩大事な打ち合わせ
早朝。まだ誰もいない教室内でオレは小野田と打ち合わせを始めていた。
朝練中の小野田を無理矢理引っ張って連れて来たので彼女はまだジャージだったりする。
「いきなり来るからビックリッスよ。どこかの休み時間で来ようとは思ってましたけど、連絡とかくれれば調整したのに。あ、アリサ先輩って連絡とれないんだっけか。不便ッス」
オレのスマホガンはどこの会社とも契約しておらず、通信手段が無い。おまけに家にも固定電話も無いので、本当にオレには連絡手段が無いのだ。そら不便にも思われるわな。連絡の取れない撫子なんて学校側からしたら迷惑この上ないだろうね。
「誰もいない朝のうちに話したかったんだ。オレだってこんなに早く登校したくねぇよ」
「わざわざ偉そうに言わないでも。チヨやめぐめぐ、朝練やる人たちはみんなもっと早くから毎日のように学校来てるんッスからね?」
「でも放課後バイトしてることもないだろ?」
「そ、そりゃそうでスけども……。まさかそんな対抗をしてくるとは」
そうさ、なにも部活生だけが偉い訳ではない。放課後にバイトをして社会貢献している高校生もそれなりには偉いのだ。まぁオレがちゃんとバイトしてるかは別問題ではあるが。
オレはそういう屁理屈的な理論を昨晩ちゃんと拵えた。これで部活生に撫子を譲った方がいいという一般的な理論を誤魔化すことくらいはできる。だろう。だろうよ。
些細なことかもしれないが、そういう心の支えみたいのは大事なのだ。
「で、めぐからは何か撫子戦の要望はあったのか?」
白石の時は急だったにしろ、撫子を決める撫子戦というのは通常それなりに双方の要望や条件を擦り寄らせて、最低限のルールを定める必要がある。その方が全校生徒も納得し易い他、負けた方に言い訳とリベンジさせる機会を極力無くせるからだ。要するにそっちの方が後処理が楽で、逆に言えばそういうのをちゃんとしてなかった白石戦はいつリベンジされても文句は言えない状況にある。とても怖い。
そして当然ではあるが、このルールを定めるというのは撫子側が有利だ。大抵の場合、挑戦者側がやや不利な条件を呑まなくてはならない。テレビのボクシングタイトルマッチとかも多分そんな感じだったろう。だから撫子にはマネージャーが付くことも多く、他校との撫子戦なんかではその調整に苦労するとか何だとか。まぁ、街中の奇襲で片付くこともあれば、賄賂的なことで話が付くことも珍しくはない。限りなくブラックな世界なのだ。
「えっと撫子戦の要望なんスけど、めぐめぐからは何もなかったッス」
「めぐめぐカッコよすぎかよぉ!!」
もうその辺の器の大きさで撫子として完敗している様にも思えてくる!!
いや、違う! 違うぞ!!
そういうのをちゃんと考えない自信家のガキに一泡吹かせるのが大人の勤めだ!!!
撫子なんてズルくて当たり前。メディアに出てる連中も綺麗なのは表部分だけなんだ。
「本当にスゴい人は真っ直ぐなまま撫子になるんスよ」
「やかましい! 当校の撫子は白石の代から真っ黒なんじゃい!!」
白石の前が誰かなんて知りもしないがあえてそう宣言してやった。なんならそこだけは奴を認めてやらんでもない。
ズルいとは悪いことではない。なぜならそれは自分を弱いと認め、最大限に相手を警戒する行為だからだ。逆にズルくない奴なんてのはよっぽどお強い自分に自信のある奴で、そんな奴が撫子になったらさぞ頼もしいことだろうよ。そういう奴らもいるのが事実だが。
「あの、アリサ先輩には申し訳ないんスけど。チヨはどっちかが三葉の撫子でいてくれるなら、この際どっちでもいいかなって思ってまス」
この数日で思うことがあったみたいだ。めぐの暴走を止めて欲しがっていた小野田はもういない。めぐが撫子になるならそれはそれでやっていく覚悟があるようで。
「めぐめぐが撫子になれば今のアリサ先輩よりも嫌われる事もあるだろうけど、それ以上に可能性はあると思うんス。きっと本人のやる気も今以上に出てタイムももっと良くなるだろうし、撫子としても喧嘩以外の手段で他校と上手くやっていけるんだろうなぁって」
「悪かったな喧嘩しか手段がなくて。ま、部活のマネージャーとしても、撫子のマネージャーとしてもめぐをサポートしていきたいってところか。小野田は友達想いな奴だな」
マネージャーってのはそいつの為に脇役を務めるって事だとオレは思う。誰かに怒られそうだから二度言うが、オレはそう思う。でもそれって凄い信頼関係で成り立ってるよな。自分の青春を捧げてまでそいつの青春を輝かせてあげたいだなんて、親愛ってやつか。
「でも、一応確認するが小野田はオレが勝ってもいいんだな?」
「はい。極力コントロールする気ではありまスが、撫子って『毒』ッスから。めぐめぐの性格を考えるとこのまま普通の選手として伸び伸びとやって欲しいってのが本音なんス」
「お前やっぱりオレよりめぐのほうが大事だろ」
「そりゃあ中学からの親友ッスからね! アリサ先輩も好きッスけど。匂いとか」
最近嗅がれてなかったから忘れていたけど、そういう関係だった。もしもオレの匂いが小野田の好みでなかったのなら出会ってもいなかったのかも。匂いの相性って大事だ。
「今日は特別にタダで嗅いでもいいぞ?」
「なにそれ賄賂ッスかぁ?? では遠慮なく! でもひいきはしないッスからあぁ!!」
飛びついてきた小野田を避けることなく真正面から受ける。うわぁあ、お山が柔らかい。
そして嗅がれながらにオレが考えたズル賢い撫子戦の条件を伝えた。小野田はただスンスン嗅ぎながら頷いた。まぁこういう賄賂も含めての撫子戦だ。悪く思うなよめぐ。
「あんた達……朝っぱらから何やってんの?」
悪いことをすればその報いが待っている。小学校で習う事を優妃が思い出させてくれた。
この正拳突きが午後の撫子戦に響くかはまだ分からない。けど、、頑張ります。
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