第二話『野良犬が遠吠えろ!』 その⑨宣戦布告


 翌日。朝。オレは自分の席に座っていた。


 そうわざわざ明記するくらいに、堂々と座っていた。


 もう周りからの評判だの、撫子の振る舞いだの、そんなもんには揺るがない。

 オレはオレのようにやり、オレのように納得させてやる。オレ自身にもそう納得させる。



「なにあいつ偉そうに」

「さっさと辞めちゃえばいいのに」

「実はビビってんじゃね?」


 ゆ、揺るがない! お前らが何と言おうとこの甲本アリサは揺るがないのだぁ!!



 すると廊下がざわつき始めた。来たな! 待っていたとも!!



「チョリーーッス!! アリせんに用があって来ましたー!」



 そんなテンションで上級生の教室に入って来ためぐ。呼び方も『アリサさん』から『アリ先』に変わっていた。アリサ先輩の略だろうけど、そういう呼び方だ。


 周りからの目を無視してオレの真ん前まで来ためぐ。後ろにはヒョコッと小野田もいて、


「今日も元気だな、めぐ」


 オレが低い声で言うとめぐは一層ニヤつきを増し、オレの机に何かをバラ撒き始めた。



「これ陸上部と、その辺の部活も入ってないような一年の校章です。今後、制服に校章を付けてないのがいたらウチらの配下ってことで覚えといてくださいねアリ先!」



 合計で百以上もある校章のバッジをカラカラとオレの机の上に撒くめぐは、床に落ちた分をオレに拾えとでも言っているような、そんな表情のまま続けた。



「どうですアリ先? 次はどの辺のを取ってきましょうか??」



 挑発。あるいは脅迫。自分の実力の誇示だ。


 校章を更に取って来いと命じても、返して来いと命じても、オレの格下が決まる。



 上等じゃねぇか。


 そんなオレのことを試すような質問に、オレは左胸からを校章を毟り取って答えた。


「このオレのバッジ、と、お前のそっちのバッジ。賭けて撫子戦やってもいいぜ」


 ピンッとオレの校章バッジを親指で弾いて、机の上の山に載せた。もうどれがオレのか分からねぇが、その意味は分かるだろう。


 売られた喧嘩は買うし、ナメた後輩は〆る。


 それはオレが撫子だからじゃねえ。オレだから、オレとしてこの糞ガキを叩き潰すっ!



「へぇ……」


 めぐは意外そうに、なんなら感心したかのように歓喜の息を漏らした。


「今ここで、って訳にはいかないですよね?」


 その敬語には初めてリスペクトを感じるものがあって。めぐが疼き、興奮しているのが伝わる。今にも走り出しそうなくらいにウズウズと、ちょっと可愛い後輩だと思っちまう。


「お前いまシューズも履いてねぇだろ。だからそうだな、明日の昼休みにしよう。お互いが納得するような条件をこいつ。小野田に伝えて調整するってのはどうだ? な、小野田」


「は、はい? チヨでよければそれくらいは?? 一応、二人のお友達ですし???」


 かなり困惑する小野田の手をめぐが強く握り、ブンブン振ってから力一杯に引っ張った。


「ではアリ先! 明日の昼休みに勝負だぁ!! そのゴミは預けときますよ!! そして今日はチヨっちこっちで預かりますんでそれではまた明日ぁ!!!」



 まるで遊園地の約束を取り決めた小学生のように、めぐは張り切って教室を出て行った。廊下を走る音が心地良く、なんだかオレが妙に良い事をしたかのようにすら錯覚する。



「なにアイツまた喧嘩すんの?」

「俺あの子応援するわ!」

「分かるやっぱめちゃ可愛い!」


 言ってろ! 三葉うちの撫子が誰かってことを明日証明してやるぜ!!


 なんてな。そんな強気なもんでもないが、明日になれば学校中に噂も広まるだろう。


 んでオレが勝ち、この校章の山を取り返して返却していけば納得する奴らも出るはずだ。


 何となく視線を感じ、目をやると優妃が口パクで「バカ」と呆れたような顔をしていた。


「バカなオレがオレだ」


 自己啓発本でも読んだみたいな開き直りを存外心地良く思うオレがいるのだった。

 なんだかちょっと賢いぞオレ!


 まぁ、とりあえずバッジの山をビニール袋に詰めるそんなオレなのでした。






「という訳だレオン君。姉ちゃんは可愛い後輩や学校、自分のために撫子をやるんだよ!」

「でもやっぱり喧嘩じゃん」


 そらまぁそうなんですけども。ここ数日の報告を言葉を選んでしたところ、レオン君はまだご不満顔のよう。でも前髪を切ってくれるようになったあたり姉弟仲は戻りつつある。


「時には喧嘩も必要なのだよ。それに撫子戦はただの喧嘩ってわけでもないのさ」

「でもやることは喧嘩じゃん」


 そらまぁそうなんですけども。やっぱり中学生になってから口が立つようになってきたなこの子も。いったい誰に似たのか。一昔みたいに簡単に口で丸めることはもう出来ない。



「でも、なんかね。お姉ちゃんぽいかも」


 何故か照れたような風に言うレオン君に、胸がキュンっとした。


「え? なんて??」


 思わず聞き返す。もっと頂戴よレオン君!!


「お姉ちゃん、高校生になってからなんか元気なかったし。昔から明るくはなかったけど、それでも喧嘩してた頃の方がその、勢い? 活力っていうのかな。そういうのがあって」


 でもあんまり喧嘩はしちゃダメだよと、レオン君は慌てて付け足した。その動作がいちいち可愛い。前髪のセットも終わったようで、ゴミ袋の散髪用マントを脱がしてくれる。



 オレは喧嘩狂なのだろうか? 高校生になってバイトをやるようになり、喧嘩をしなくてもよくなったんだけど、そのことが周りや自分でさえもオレの評価を下げているような、良い事なのに悪い事のような、生殺しのような、廃れていく者を哀れむような……。


 そんな日々を生きていたのかもしれない。


 その癖にスマホガンの手入れは怠らず、鉄レールは夏だろうと長袖を着てまで身に着けていて。それを解放する日を待ち望むかのように、ジメっと生きていたのかもしれない。


 喧嘩なんてろくなもんじゃない。それは今でもそう思う。恨みや辛みを買うし、少なくとも自分がそれを好きでやっていた覚えはない。


 ただ、なんだろう。


 あの感覚。


 スマホガンを撃ち、当てた時の、手に伝わる振動と脳を突き抜けるような一線の感覚。


 そして、それが自分と、撃たれた相手からも伝わるような、あの痺れる感覚なのだ。


 それって決して俺だけが得られるものでもなくて。何と言うべきか、ギブテイだ!

 まさにギブテイのように双方が得られるような充実感といいますか。


 オレが撃った時だけじゃない。オレが相手からとてつもない一撃をもらった時、真っ白な頭の中で一瞬光る絶望と謎の充実感、、オレだけ感じてんのなら素直にごめんだが。



「お姉ちゃん目が変。でも、言いたくないけど、こっちのほうがお姉ちゃんらしいんだ」


 決して誉めてる訳ではないだろうに、それでも弟君の口調はやや明るいもので。


 撫子って変人しかいないってのはよく聞くけど、いよいよオレもそっち側なのかもな。

 肉親にまで変だと言われるほうが安心してしまうオレなんだ。


「レオン君。オレはいつまでもレオン君のカッコいいお姉ちゃんなんだからな」

「そんなこと言ってられるのも高校生までだよお姉ちゃん………」


 きっと姉離れがもうすぐそこまで迫っているレオン君。


 だがその離れられた先でも、変人でカッコいいお姉ちゃんでいられるよう努力しよう。


 そう思うお姉ちゃんは明日、カッコつける為に今日は早く寝ることにします。


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