第二話『野良犬が遠吠えろ!』 その⑧一応部活もあるんです


放課後。お昼に購買で買ったパン二つしか食べなかったので、かなりお腹が空いている。が、それでも気合を入れて、無駄に茂った木々の中にある和風な部室の扉を叩いた。


「はい、どちら……ゲッ!」


 これは知らない顔。下級生かな? でも、これにも相当嫌われていそうだ。



「寺林先輩! 例のあいつが来ました!!」


「例のあいつってお前らな……、これでも三葉の撫子なんやぞ! はい、ごめんなさいね」


 一人でブツブツ言ってると更に怪訝な顔をされ、部室に招き入れられることはなかった。



「その撫子さんがうちの部活に何の用かしら? まさか配下に入れとでも??」


 ようやく奥から知ってる嫌いな顔が出てくる。あぁほんと嫌い。


 寺林てらばやしマリ。おかっぱ頭の童顔のくせに可愛げのないツンとした女だ。僅かばかりだが、身長と胸が負けてるのもいちいちムカつく。ほんとに僅かばかりだがな!!


 同級生で去年は同じクラス。それでも原稿用紙一枚分も会話をしたことがない間柄だが、それでもお互いがお互いのことを嫌いだと認識するくらいにはマジに嫌いだった。


 理由としては簡単だ。こいつ、ここの部活がスマホガン部だからだ。


 ここのエースでしかも今年から部長らしいこいつはオレのことが嫌い。ミートゥーだ。



 スマホガンを喧嘩の道具として見るオレ。

 競技用の護身具として見るマリ。


 撃ち方、スタイルも全然違うのにいちいち耳にする、腕が立つという噂。


 意識したら負けだと思う分、余計に意識してしまい、自分から関わったら謎の敗北感で。


 その状況が一年。同じクラス内で起こったらそりゃ仲も勝手に悪くなりますわなぁ。



「いやさ、同じスマホガンを愛する者同士、やっぱりマリとは仲良くしようかなって」

「なにそれ。私の知る限り甲本アリサって女はスマホガンを道具としか思ってないような奴なんだけど。私は競技と真剣に向き合ってるからスマホガンを愛してるし信頼もしてる。あなたにそんな信念がある? 冷やかしに来たんなら帰ることね。それとも撫子になった途端に形だけでも部活を始めて自分の特技にしようとでも? 都合が良い話じゃない」


 こいつどんだけオレのこと嫌いなんだよ! 今まで思ってきたことを堰を切ったようにぶつけてきやがった!! しかも今のオレの立場の危うさも知っているようで……。



「別にそんなんじゃねぇよマリ。ただまぁ、同じスマホガンを使う奴ってことで聞きたいことがあったってだけだ。それくらいにはお前のこと認めてんだぜ? オレはな」

「あら、嬉しくない。でももしかしてあの甲本アリサが『私に』アドバイスを求めてるの?」

「あーあーそうだよ。スマホガンが上手なマリさんにアドバイスの一つや二つ。ついでに世間話でもしようかなーってこのボロ部室にわざわざ寄ったんだよ。なんか悪いか?」


「今まで世間話なんてしたこともないのにね。ま、いいわ。立ち話も何だし、上がれば?お茶くらいなら出してあげましょう」

「ここお茶なんて飲めんのか」

「ええ、元は弓道部と茶道部の混合部室らしいからね。どっちも人気無くて潰れちゃったんだけど。でも去年の暮れ頃からあの白石が茶道用に部室を返せって五月蝿かったから、あなたが撫子になってくれてほんの少しは感謝してるのよ?」


 玄関で靴を脱ぎ、茶道部跡の茶室と、弓道部跡の射撃場を順に覗いて、どのみち寂れているなぁと思った。スマホガン部もマリを含めて部員が五人。鞄の置いてある茶室は畳が禿げてきてるし、射撃場の的もズタボロに焦げていた。それにムワっと湿気で熱い。


 オレは射撃場の木の床に腰を下ろし、一年生っぽい奴からお茶の入ったお椀を貰った。薄い冷えた麦茶だ。良くも悪くも落ち着いた場所ではあるのか。でもここを白石が奪っていたのなら新品同様にリフォームされていたのだろう。なんかもったいない気もする。


 ただ逆に言えば、あのということはそれだけマリには実力と実績があるってことに他ならない。部活会議で撫子が部室を明け渡すように要望を出しても、それを跳ね返してきたってことだ。興味ないけど全国大会にも出た経験があるんだっけ? 


 この人気の無いスマホガンで、部員も少ない中でよくやるよ実際。だからね、ちょっとはデキるくせにチャランポランなオレをこいつらが嫌いなのも凄くよく分かるって話。



「なぁマリ。スマホガンって喧嘩に向いてると思うか?」


 オレの存在を無視するように、的を前にスッと立つマリにそれとなく訊いた。弓道って訳じゃねぇけど、これから撃とうとする奴に話し掛けんのはマナー違反だろうが知らん。


「私は喧嘩なんてしないから知らないけど、そんなの人によるでしょ」


『チキュンッ!』



 マリは喋りなが撃った。弓道とは異なり12メートル先の的を撃つ。確か他にも迫る的を撃ったり、距離の異なる3つの的に当てる時間を競ったりもするらしい。そんな競技のスマホガンだが、マリが得意とするのがこの長距離射撃らしく、



 初めて見たが、えらく丁重なフォームだった。


 何度もそうしてきたかのように、ポケットからスマホガンを取り出し、腕を力まず振り上げ、停止すること1と5秒。撃たれた電磁弾は嘘のように真っ直ぐ飛んだ。



 iu社制スマホガンか。威力重視のdaremo社、バランス重視のHard Box社と比べて、三社の中では電磁弾の消費電力と撃った後の反動が最も少なくその弾の威力も低いのが特徴だ。その代わり弾のブレが最もなく、精密射撃に向いている機種とも言える。再装填の間隔も短いし競技向けと言ってもいい。が、しっかりと相手の急所に当てないと護身用武器としてはかなり心細い。そんな代物なのだが……。



「ど真ん中かよ」


 これほど正確に狙った所に撃てるのなら、一番優れた機種なのかもな。やっぱりマリは凄い。同じようにそれを見学していた奴らが部活っぽく独特の掛け声を出した。


「ただ真っ直ぐ撃っただけだから。そんなに驚くことでもないでしょう。このS2はそういうのが撃てるように調整されてるんだし。最近のS3とかS4は変に電圧上げちゃってこうは真っ直ぐ飛ばないけど。下手な奴が多いせいで威力重視になってくのには遺憾だわ」


 青と黒の中間のような色のスマホガン。iu社のS2って機種か。たしか三年前くらいのやつだったかな。精密だけどあんまりにもひ弱な弾だから雑誌で叩かれてた気がする。



「人による、ねぇ」


 先程のマリの言葉。使う奴によって強かったり、弱かったり。そういうことらしい。


「喧嘩はしないけど、でも襲われたのならその時は相手の眉間を撃ち抜く自信はあるわ。そのための護身術なのだし。でも、それが強いかって訊かれても答えようが無い。だって、それは他の護身術も同じでしょう? 剣道の面打ちだったり、柔道の背負い投げだったり。そんなのどっちが強いかって口で比べても所詮水掛け論で分かりようがないじゃない」


「またまた大人ぶっちゃってぇ。眉間を撃ち抜く自信があんのなら内心じゃ負けないって思ってるってことだろ? そのくせ保険ばっか張るのはカッコ悪ィと思うぜオレは」


「喧嘩狂の意見ね。それに自分が負けるって思いながら練習してる人間がいるとでも? だから私が言いたいのはどこの部活や護身術だろうと、自分が少しでも高みに行けるよう毎日努力してるってことよ。喧嘩の勝ち負け、有利不利なんて二の次でしかないの」


 マリが言うと周りもクスクスと笑った。あーあー、そうですか。ここじゃ真面目に部活やってない奴はそういう扱いを受けんのね。


ちょっとムカついたわ。



「なら、同じスマホガンのオレが相手だったとしたら?」



 冷たい空気が蒸し暑さの中に張り詰めた。マリは何も変わらぬ表情でオレを見ている。


 瞬きはない。音もない。当たり前だ。他の部員すら僅かにでも動くのを躊躇った。



 何かが動けば、それが合図。毎日努力してるってんならここで見せてみやがれ!


 オレはいつでもいいように、右腕を伸ばせるように、、僅かに力んだ。



「速水めぐ」


 マリがそう発する口を、オレは一度眺めてしまった。しまった―、まさに。


 速水めぐ。その『め』の字でマリは腕を振り上げ、オレは『ぐ』の字で右腕を伸ばした。



 遅い。オレの方が二殺分は遅い!! なら――っ!


「つわぁ!」


 靴下、木の床、オレは前のめりになるように全力で!!


「ちょ―とっ」


 頭から真下に落ちたオレに、マリが何かを言い掛ける。

 が、オレは頭を丸めて宙で前転、そのまま背中から全身を投げ出すように床に落ち――、


「ふがっ!」

「ぬっ!?」



 上に銃口を向けるオレ、下に銃口を向けるマリ。


 お互い眉間にピッタリ合っていた。



「……同時かな?」


「あなた本当に滅茶苦茶な喧嘩狂なのね」



 速く動いたマリがオレと同時になってしまったのは、一瞬でもオレをからだ。


 そりゃ自分の部室内で床に頭から全力でぶつかろうとする馬鹿がいたら嫌でも心配する。


「ま、部活野郎でも売られた喧嘩は買うことが分かってよかったわ」

「こっちも馬鹿に対して遠慮はするなってことがよく分かったわ」


 マリは肩の力を抜き、スマホガンをポケットにしまった。



「無駄な学びのついでに特別に答えてあげるわね撫子さん。速水めぐに対してスマホガンでどう戦うべきか、あなたが訊きたかったのはそんなところでしょ?」


「なんだ。的撃ってるだけじゃなくてちゃんとそういうことも考えるんだな」

「あなたが負けて撫子が変わったら、あの子を倒すのもいいかと思ってね。フフ、なんて嘘よ。撫子なんて興味ないし、ただ的としてあの速さにはちょこっとだけ興味があるだけ」


 何が面白いのかマリは一人でフフフと笑い始めた。他の部員に目をやるも、逸らされる。しばらく笑い止むのを待ったけど、一分も経ったのでしかたなくオレが続けた。


「足の速い奴に弾を当てるには偏差射撃をするしかねぇ。けど、あれだけ速い奴を相手に距離と弾速を計算してまで当てるってのはほとんど博打だ。再装填もあるんだし分が悪い」


 弾を外す、あるいは当てても軽症の場合、後藤戦でオレがそうしたように距離を一気に詰められる。そしてあの必殺キックがくれば、再び撃ったところで吹っ飛ぶのはオレだ。


 そんなシュミレーションを再び脳内で繰り広げていると、マリは意外そうに言った。


「あなた案外可愛いのね。そういうの私よりずっと考えられるのかと思ってた」


「どういう意味だよ?」

「そのまんまの意味だけど。あなたの喧嘩って昔の話を聞く限りでは、何かもっと汚くてズルいって印象しかなかったから。さっきも変に真っ向勝負を仕掛けてきて私の勘違い?」



 ………確かにそうだ。オレってもっとズルいんだった。さっきの勝負なんてマリの方がズルかったくらいじゃねえか! 部活生のマリの方がだぞ?? 何かがズレてる。


 オレが昔からズルいのは余裕が無かったからだ。真っ向勝負をしたとしても何かしらの勝算はあってのことで、そもそも今も余裕なんてないはずなのに……あぁなるほど、、



 撫子がそんなズルい手を使って勝ったとして、皆に認められるのかどうか。



 オレは人に認められたいがあまり、自然と正統派で勝とうとしていたのかもしれない。


 白石に勝って良い気になっていたのか?? あれだって色々な要素が噛み合って奇跡的に勝てたに過ぎないのにだ。……うわ! なんか恥かしっ!!!



「撫子なんて元からろくな奴いないじゃない。それで速水めぐの対策だけど私だったら―」

「もう充分だ! ありがとな!!」


 オレは顔が真っ赤なのを隠すように立ち上がって背を向ける。うわ、他の奴に見られた。



 そうだとも。喧嘩って『競技VS競技』じゃない。そんな単純なものじゃなくて、別のもっとあらゆる要素が絡み合って成り立つものだ。ルールなんてなくて、どんなことでもそこに立つ奴らの匙加減で決まってしまう。そしてそれがオレの得意な稼ぎ場だったはず。


 オレはオレだろ。変に取り繕っても根は変わらないんだ。それで負けたんならゴミカス以下だ。ならまず勝て。勝って勝って、撫子の立場を安泰させてからまた考えればいい


 それに『マリのアドバイスのおかげで勝てました』なんてみっともないし、マリとスマホガン部の株を上げるだけでオレの撫子としての首を絞めるだけかもしれない。


「そう。とっておきの策があったのに残念だわ。やっぱりあなたが負けたら試そうかしら」


 また冗談みたいに言って、マリは一人で小さく笑った。


 どうせオレを格下に見てるに違いない。それに笑いながらも隙が無いときた。


「ほんとに可愛くない奴」


!!」


「うるせぇぞ一年ッ!!」



 けど、ちゃんとスマホガンやってる奴が同じ高校にいてよかったよ。

 喧嘩だろうが部活だろうが、他の奴らよりも強くありたい気持ちはそう変わらんらしい。


「麦茶ありがとな。今度は仲良くスマホガントークでもしようぜ」


「ごめんね。Daremo社製を使うエイム馬鹿とは仲良くしない主義なの」

「やっぱり気が合うよ。オレもiuの短小っぷりには虫唾が走るんでな」


 銃口を向けられる直前に扉を閉めた。


 いつかこいつとはケリをつけよう。きっと向こうもそう思ってるに違いないから。


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