第二話『野良犬が遠吠えろ!』 その⑦ほんと勘弁願いたい



「しゃあせえ~、ありゃとあした~~」



 バイト中だが、頭の中はめぐのことで目一杯だ。おかげで時間が経つのだけは早い。


 さてどうしたものか、考えられる択はそう多くはないが……。


 めぐの暴走を止めるのか、このままめぐの暴走を利用して白石よりの撫子を目指すのか。


 なんてな。どっちを選ぶべきかは決まってるさ。

 それに多分、どっちに進んでもその時が来ればめぐはオレを蹴りに来るだろう。


 あれはそういう目だった。、そういう目をしていた。


 それにめぐはオレと違って中学の時からスポーツもできてその業界では知名度も高い。

 つまるところ撫子に向いているのはオレでなくめぐなのだ。性格もアレだしな。


「生意気な先輩をシメるのが好きな奴なのかもしれん」


 気持ちは分かるさ。この身長だと常にナメられてる気がするんだろ。中学時代のオレもそれでちょっとトガってたのは認めるよ。喧嘩だけはそこらの奴よりは強かったしな。


「だけどもう高校生なんだぞ」


 そういうところも含めて、オレがめぐに教えてやらなくちゃいけないのかもしれない。


 オレは撫子で先輩なんだ。高校生の一歳差は、ただの一歳差じゃない。


「なんて思うようになるなんてオレも老けたかなぁ」


「何言ってんだおめえ」



「あ、しゃあせえ……あん!? 何してんだおめえ!!」



 赤スカジャンの金髪ポニーテール! 後藤が目の前に立っていや、客かぁ!!



「それはこっちの台詞なんだけど! おめえコンビニのレジ打ちなんてしてんのか!?」


「タバコなら売らないよ」

「吸うかよボケ! 人をイメージだけで決めつけんな!!」


 見ればカゴには頭の悪そうなスナック菓子と、着色料たっぷりの炭酸飲料が入っていて。


「ある意味イメージ通りだけどな」

「なんなんだこのクソ店員は!! アタイが自分の金で何食おうが勝手だろ!!」


 カツアゲした金じゃねぇのかなって思ったけれど、もう心を無にして商品のスキャンを始めた。あ、ヘアゴムとか買うんだ可愛いの。


「なんだそのムカつく顔は。しかしあの右十字のアリサがコンビニのレジ打ちとはねぇ」

「コンビニのレジ打ちに個人的な話をするのはお止め下さい」


 職場でその名が浸透したら地獄でしかないだろうな。「右十字ちゃんゴミ出しお願い」とか言われたらその日のうちに違うバイト先探して電話してやる。


「てか愛想もないし、そんな前髪で接客できてんのかよ」

「廃棄の肉まんやるからもう黙れお前」

「おお、ちょっとはいいとこあんだな。けど、そんなんでアタイがお前を許すと思うなよ?」

「あんまんもやるから」

「ブハハハ!! なんだなんだおめぇ! バイト中は偉く弱気じゃねえかよ!!!」


 ピーク前で客が少ないのが救いだ。こいつのせいでレジが渋滞しようものなら頭突きかましてるとこだぞ。


「お前もバイトすれば分かるよ。この立場は虫のように弱いんだ」

「こんな奴に二度もぶちのめされたのかと思うと、なんだか悲しくなっちまうなぁ」

「そうやって人は大人になってくって話。ほら、684円な。そいでこいつはオマケだ。そしてお前はもう来るなよ」

「こっちから願い下げだね! ただまぁ、こいつは有り難くいただくよ」


 後藤はそう言って金を払い、オレから商品を受け取るとレジの隣のイートインスペースに腰を下ろした。


「いや出てけよ! 外で食え外で!!」

「なんでだよ。アタイは客だぞ? なら等しくサービスを受ける権利はある」


 勝ち誇ったようにオレのあげたあんまんを頬張る。舌火傷しろクソ。



「ん? そういや連れはどうしたんだよ」


 あの四人組。全員揃わないまでも、街で遊ぶなら誰かしら付いてきてそうなもんだが。


「ざけんな! アレ以来、連絡してもねぇよ」


 アレとはアレか。なんかオレのせいで友達いない子になっちゃったみたいで嫌だな。


「ざけんな! こっちから縁を切ってやったんだよ!!」


 何も言ってないの一人で叫びやがる。隣でレジ打ちする関に何とかしろと睨まれるが、オレだって困ってんだよ。まあ、お客様に気持ち良く帰ってもらうのが客商売ってんなら、ちょうど人もいないしちょっとくらいは相手してやるべきか。


「後藤よ。今はともかく、お前あんだけ舎弟連れてたけどなんかコツでもあったのか?」


「あんだよいきなり。だからそいつらとは縁切ったって。アタイに頼るだけ頼って勝手にカツアゲしてヤバくなったらケツ持たせるし。のくせ喧嘩は弱ぇし。まぁそれが心地良くて好きでつるんでたのはアタイだけど。それじゃあいつらにも悪いって気がついたのさ」


 なんか良い話風に気持ち良く自分語りを始めよった。こいつ寂しいのかもしれない。


「で、その時のコツは?」

「コツコツコツコツうるせぇなあ! 今アタイが話してんだろうが!!」


 しばらくぶりに聞いた台詞だった。あ、お客さんが来たので一時中断。はい、いいよ。


「………コツはな、自分がそいつだったらどうするかを先に考えてやることだよ」


「なにそれめんどくさい」

「てめえで訊いといて文句垂れてんじゃねぇ!!」


 うるせえし、何か割と当たり前のこと言ってくるし、関には小突かれるし最悪だった。


「じゃあ質問変えるけど、足の速い奴と喧嘩したことある?」

「なんだそれ嫌味か? もういいやごちそうさん。じゃあな、もう会うこともねぇだろ」


「ありりゃりゃしたー!」

「普通の客と一緒の対応すんな!! せめてアタイにはちゃんと言えや!!」


 後藤は中指立てながら退店した。以外にも「ごちそうさま」と言い、ゴミの後片付けも綺麗にする奴だった。それでも間違いなく店のブラックリスト入りではあるが。



 ただ、あいつの言う嫌味の意味。あれはいったい何だったんだ………?


「あ、オレか」


 そういえばあいつとの喧嘩の時に走ってた気がする。


 で、確かだけどあいつはまぐれにせよ一発オレに当てたような、、いや、かすっただけ?


「ねぇ」


「…………はい」


 レジに入っていたのに背後から声。



 優妃の声だ。なにこれ。なにこれなにこれ!!



「見てたんだけど、あんた、肉まんとあんまん。どうした?」



 見てたんならもう分かってるはずなのに。


 それでも優妃は聞いてきた。わざわざ屈み、オレの首筋に吐息がかかるように。



「肉まんとあんまん。どうした?」


 





 めでたく今週一週間のお弁当制度が廃止となった。



 ビンタを三往復と脛蹴りを二。そして寝る時には無言で左腕を血が出るくらいに噛まれ、オレはそれらを半泣きで耐えた。なんなんでしょうねあの子は。そのくせいつもより強く抱きついて寝やがったし、耳元でいびきをかくものだから今朝はとても寝不足なのだ。


 だがこんな朝っぱらから授業中に寝るのは撫子として失格なのだろう。せめて最低限の威厳が出るまでは居眠り禁止だ。昨日の今日でやる気がないと思われてはたまらない。


 あんまり意味は無いかもだろうが、とりあえず一限の授業が始まる前に教科書とノートを開き、予習してるフリでもしようかと机の中を漁ると……、なんか落ちた。


「手紙?」


 ルーズリーフを四つに折ったものがポロっと床に落ちたのだ。一番上に置いてあったらしいことを考えるに、昨日の放課後か今朝に誰かがこっそり入れたものだと思われる。


 とりあえず拾い、特に何も考えずに開けてみた。ラブレターだったりして。



 さっさとあのガキをなんとかしろ

 じゃねえと二人まとめてリンチすっから



「……うわっ」


 誰かが相談しに来るどころか、脅迫状が送られて来ているよ。


 サッカー部の誰かか? いや陸上部の二、三年? もしくは白石派の連中かなぁ。



 撫子って大変だ。まだ就任して六日目なのにリンチの危機がすぐ後ろまで迫っている。


 教室内の空気もピリピリしまくってるしな。二年生にしてみれば一年坊に顔を大きくされては困ると、それはどの生徒でも同じ意見らしく、部活とか関係ない団結感があって。


 故に、『てめぇがしっかりやれ』ってことだ。


 ま、まぁポジティブに考えればだ。めぐを何とかさえすれば同級生も認めてくれるってことだろ? ただ、そのめぐを何とかするってのが中々どうして難しそうってだけで、、



 今のオレとめぐを比べて、優るのはめぐだ。


 スポーツ、人望、カリスマ、喧嘩でさえも。


 どれをとっても奴の方が自分より上なのだろうよ。勉強はもしかしたらイーブンだが。


 めぐは強い。


 あの足の速さ、蹴りの威力は喧嘩を数年こなしてきたオレでも初めて見るレベルのもの。


 そして別の強さ。自信というのか、『自分は凄い』という芯の強さが一番怖いのだ。

 あれはスポーツを真面目にやり、そこで勝利を積み重ねてきた奴にしか出せないもので。


 仮に喧嘩をしてたまたまオレが勝ったとしても、それを折ることはできないのだ。現実的に考えてすぐに再戦を挑まれてこっちの心を執拗に折りにくるだろう。


 そんなブレない軸の強さ、心の拠り所の差をどう埋めるべきか、オレはずっと考えた。


 

「ああ嫌だ。嫌だなぁ」


 そんな時に浮かんできたのはオレの嫌いな顔だった。そして向こうもオレのことが嫌い。


 だけど嫌いってことはお互いを意識し、ある意味では認めてるってことで。


 そういう詭弁で自分を誤魔化さなくちゃいけないのが一番嫌だった。


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