第二話『野良犬が遠吠えろ!』 その⑥撫子さんのお仕事


「アリサさんのお陰で超快適に走れてますです! 今日も良かったら来てくださいよ」


 思ってたよりめぐに懐かれた。朝練を終えためぐが制服に着替え、火照る体温を冷やす為にパックのコーヒー牛乳を飲みながら、上級生のこの教室まで足を運んできている。


「それはなによりだ。でも大変だな日曜日も部活なんて。オレなんてずっと家で寝てたぜ」


「走ってから寝るほうが気持ちいいのに~。あ、よかったらめぐのお古のシューズあげますんでたまには思いっきり走ってみては? 足の大きさもきっと同じくらいでしょう」

「いらねーよ汚そうだし。てか背の大きさで足の大きさ勝手に決めんな」


 他愛も無い会話だが心地が良い。周りのクラスメイトに聞こえるようにやや大きな声で話してやるとも! オレにも慕ってくれる可愛い後輩が出来たのだ!!


「バイトもあるから少しだけだけど、放課後また部活に顔出すよ。昼飯は屋上で小野田と三人で食うことにしよう。あと、何か他に困ってることがあったらオレにすぐ言えな」


 歯の浮くような自分の台詞にも我慢する。してやるとも、それが撫子なんだろ?


 するとめぐはまたハムスターのような目をキラキラとさせた。


「お昼ごはん了解です! あとさしあたって困っているわけではないんですが、サッカー部の連中が最近ボールをこっちに飛ばしすぎて困ってるってのはあるかな~~」


 と、めぐは教室内のサッカー部の誰かを流し目で見ながら言ってきた。



 ……うん? なんだろうこの感じ。


「まぁ、サッカーなんて気をつけてもボールがどっか飛んじゃうもんだろうし、ある程度は仕方がないんじゃないか?」


 オレが笑いながら誤魔化そうとすると、めぐの顔は逆に不機嫌になっていった。


「いやいやいや、それがあいつらこっちが注意すると舌打ちして、グラウンドに唾吐きやがったんだよね~。同じグラウンドを使う者としてどうかと思いません普通に??」


 た、確かにそうだけど、、この子下級生の癖に凄いな。


 いや、中学時代からの有名選手。それも高校に入るなり即レギュラー入り。そんな才能に溢れた奴だったら態度の悪い上級生に対してナメるのなんて当然のことなのかもな。


 ただ、例のカメムシ事件。あれは何となくだが、起こるにして起こった事なんじゃないかと、そう思えてくるような空気がクラス中を満たし始めていて。


「うん、じゃあそういうのも含めてとりあえず今日陸上部に顔出すよ。オレも撫子として皆が気持ち良く過ごせるようにしたいしな!」


 ほんと何言ってんだろ自分。顔が熱いよ、、


「さっすがー! アリサさん超リスペクトです~~!!」


 コーヒー牛乳を飲み干したのか、めぐは空パックをゴミ箱に放り込むと、颯爽と教室を後にした。そして、それまで静かだった教室内がジワジワと音を取り戻し始める。



「おいおい何だよアレ」

「なんか先週から調子乗ってるらしいよ?」

「誰かさんのせいね」

「でもあの子可愛いよね」

「小さくね?」

「俺の友達告ってフられたってww」

「とにかくムカつく」

「そもそもグラウンドが狭まいのよ」

「あの茶室さっさと壊せや」



 ああ、撫子って大変だ。


 優妃に目をやると、誰とも話さずにオレに背を向け、グラウンドを眺めているのだった。

 いいさやってやるとも。オレは三葉ここの撫子なのだから。






 放課後、約束通りグラウンドに出ると、先週とは違うピリピリとした空気に襲われた。


 陸上部とサッカー部の僅かな領土争い。領土線のギリギリで補欠の部員が筋トレをし、ボールが陸上部の領土に入り込んでこようもんなら双方から罵声が飛び交っていた。



「ここは地獄か……」



 なんならサッカー部の一年がわざとボールを蹴り込んでいた。まるでどっかの国が牽制のためにミサイルを掠めるようで、「すみませ~~んww」がなんともわざとらしい。


 朝のオレとめぐの会話がここまでの事態に発展するとは。多分それはオレが人望もないのに陸上部に肩入れする素振りを見せたからだろう。もし白石だったらきっとサッカー部も縮こまったはずで。ああもう! 自分で白石を引き合いに出すんじゃない馬鹿野郎!!


「アリサさんこっちこっちー! ほらみんなもちゃんと挨拶して~~!!」


 部長かな? めぐは号令を掛けるように陸上部たちに一礼させた。



 あれ? 何かがおかしい。

 それとも気のせいか? オレも撫子なんだしこれが正しいのかな。


 オレが何と言ったらいいのか迷っていると、マネージャーの小野田が小走りで向かってくるなりオレに耳打ちした。


「一昨日アリサ先輩が帰ってからめぐめぐこんな感じなんス。で、今日からはサッカー部との冷戦。どうしてくれんスか? こんな最悪な空気じゃ練習のしようがないッスよ!」


 オレのせいみたいです。マネージャーの小野田は真面目に怒っていた。いくら親友でも、めぐだけをひいきにすることはしないらしい。が、その暴走を止めるのもそう簡単ではないようで。下手に注意して友情をぶち壊す可能性もあるのを考えるとそりゃそうか。


 ある意味オレの腕の見せ所。この陸上部のパワー関係を安定させ、サッカー部との冷戦を治める。それができればグラウンドに止まらず、校内でのオレの評価も高まるだろう。



(大丈夫。オレならやれる)


 今日は右腕に鉄レールとスマホガンもある。勿論発砲はしないが、それだけでも充分に心の支えにはなるんだ。オレは意を決して口を開いた。


「悪いが一旦練習の手を止めて聞いて欲しい! オレの軽率なはつゲボラぁ!!?」


 !!? いやこれはサッカーボール!!



「さぁせ~~んwww」



 振り返るとヘラヘラした連中が! わざとにしてもコントロールいいなぁおい!!


 誰がやったのかは知らないが、まぁこっちにも非はあるんだし撫子の寛大な心で許してやろうと、そうオレが心の中で胸に十字を切った時だった。



「アリサさんになにやっとんじゃ貴様あぁ!!」



 めぐがとんでもない勢いでオレの横を走りぬけ、女子サッカー部員に向かっていた。


 驚いた。

 めっっちゃ速いのだ。


 人間とは思えない速度の走り。『走る』と言うよりは『地面を小刻みに蹴り飛ばす』。

 めぐの走法はそんな独特なもので、まるで競走馬のように速かった。


 まさか、というかそうだ。

 護身用具。それは武術、格闘技系以外のスポーツにも存在する。


 そしてめぐの履いているソレは、電圧で地面から踏み足を無理矢理弾くような、そんな陸上用のとんでもなシューズなのだ。


 そして直感する。今めぐが女子サッカー部員に対して何をしようとしてるのか。


 オレが止めろと叫ぶ前に、めぐの体は地面から宙に飛び出していた――、



「超電磁キック!!」



「ホがぁっ!?」


 とっさに背を向けたが無駄っ! その衝撃が空をも唸らせオレにまで届く!!



 女子サッカー部員は背中に凄まじい飛び蹴りをくらい、両足が地面から離れ、比喩でもなく5mはぶっ飛んで受身も取れずに倒れたのだ。砂埃がその凄まじい威力を物語る、、



「ま、またやっちゃた……」


 小野田がとんでもないことを口走る!! 

 『また』ってなにさ!!?


「一昨日、うちの部活のキャプテンにもアレを」

「……マジか」


 可愛い顔して超問題児じゃねぇか! そんなのが撫子の後ろ盾を利用して好き放題、、



「みたかぁ! めぐとアリサさんに逆らったらどうなるか分かったろボンクラぁ!!」



 それはサッカー部どころか、なんなら全校生徒に向けたものにも聞こえて、、


「あ、あのねめぐちゃん」(謎の〝ちゃん〟付け)

「アリサさんアリサさん見てくれましたかめぐの必殺技! 超電磁キック!! これでも中学の時は番長だったんだよ! 本当はあの白石にもくらわしてやろうかと思ってて」


 悪気がいっさいゼロ!! てか怖ぇよこの子! 相手が撫子だろうと関係なしか!!!



 …………うん? うん。


 今朝からの違和感の正体が遂に分かった。


 こいつ、オレのことなんてリスペクトしてねぇ。なにが超リスペクトだ。


 利用するだけ利用し、なんなら文字通り蹴り落としてもいいかと思ってやがる。



 今の蹴りはサッカー部にでも、全校生徒に向けたものでもない。

 オレに対する脅しの一撃。しっかりやれよと、オレをコマにする一撃だ。



「あんまり面倒事は起こすなよめぐ。ただ、このことはオレの無責任な発言が生んだ事故だと思ってる。サッカー部も、それと陸上部も、今日のところはこれで勘弁してくれ」


 オレは深く頭を下げた。勿論これでサッカー部が収まるはずも無く、罵声が飛んでくる。


「ちょっとやめてくださいよアリサさん! てか、撫子が頭下げちゃダメですって。いいんですよこんな地区大会止まりの実力も無い連中にはめぐが言い聞かせときますんで」


 うちの高校球技弱いな。けど、強さや結果が部活の全てではない。それに超人口の野球やサッカーだったら高校の地区予選止まりもべつに珍しいもんでもないのだろう。


「オレにはオレのやり方がある。それだけだよめぐ。それでも何か文句があるのか?」


 少しキツく言う。するとめぐはすぐに何かを察したように陸上部の領土に戻った。


「じゃあ今回は水に流すってことで。こっちもそっちもお互いに部活に戻りましょうか。で、アリサさんはそろそろバイトなんじゃないですか??」


 もう邪魔だと。そういう意味の言葉だった。


「そうだな。今日は帰るけどめぐに限らず、何かあれば明日にでもオレのところに言いに来てくれ。これでも撫子なんだ。このままじゃいけないってことも分かってるからさ」


 それだけ言って、不満顔の皆にまた一礼して今日は帰ることにした。



「そんなんだからナメられるんだよ」


 背を向けた途端に掛かる声。誰の声かはハッキリと分かった。


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