第二話『野良犬が遠吠えろ!』 その⑤充実した日曜日
「はふ~~~~~~っ」
日曜日の正午。公園の時計が鳴らす鐘を聴き流しながら、ベンチに座って98円のつぶあんマーガリンのコッペパンと、89円の930ミリペットボトルの微糖コーヒーを嗜む。
本当は缶コーヒーのほうが好きだし、もっと言えば無糖のほうが好きなのだが、貴重な量と糖分を考えるとどうしてもこの選択肢に落ち着いてしまうのだ。
今朝、オレより早く起きたサメ子の作業音で目覚め、一言礼を言って製作所を後にした。その足で駅前のスーパーに寄り、コッペパンとコーヒーを購入。そしてこの公園のベンチに行き着いて、そろそろ三時間が経過しようとしている。
日曜日。本来のオレならばひたすらに家で寝て過ごすだけの曜日だ。
ほとんど毎日のようにバイトをするオレだが、優妃のご両親の計らいで日曜日くらいはゆっくり高校生らしいことをしなさいと、日曜日はお休みを頂いているのだった。
正直やることもないし、腹も減るし、お金ももったいないので家でずっと寝ているだけなんだが、それでも体力と精神的にはそれが一番良くて、オレの楽しみだったりする。
なのにだ、今日はその家にも帰り難いときた。
レオン君と喧嘩したのだ仕方ない。オレが悪いにせよ、立場上謝ることもできないし、こうして時間を潰す他ないのだ。まぁこんな時間も悪くはないか。走り回るガキ共を眺め、群がってくる鳩を無視してコッペパンをチマチマ齧り、コーヒーで咀嚼し、喉の奥に流す。
あんこの糖分とコーヒーのカフェインがオレの脳に癒しと僅かな興奮を与えて、午後の陽気がオレの座る姿勢をどんどんダメにした。すっかり大股で天を仰いでいる。
「撫子。撫子ねぇ」
未だに実感が湧かねぇのだ。
だって自分がそう為ることなんて考えたこともなかったのだ。目の上のたんこぶとでもいうのか、ポスターやら雑誌の表紙やらCMを目にするなり「あぁあぁ、お盛んなこって」と鼻で笑うのがそれだったから。
つっても撫子なんてピンキリで、実際のところどっかの企業からお金を貰うような仕事がくるのなんてせいぜい上位の20%。CMなんていったら5%にも満たないのだろうな。
この何百と高校のある東京で何百といる撫子だ。そんなに珍しいもんでもねぇさ。
けれども、数駅、それも一路線全部の駅の撫子ともなるとちょっと珍しいのも事実だ。三軒茶屋駅って乗り換えに使われる駅だから一応オレも急行撫子なのか? いや世田谷線は全部各駅停車だしオレは各駅撫子で、田園都市線の方の三軒茶屋駅の撫子が急行撫子?
「どーでもいい~~」
その田園都市線の方の撫子に挨拶とかしなきゃなんねえのかな、って思ったとこ辺りでもう考えたくもなくなった。
めんどくせぇ。どうせ全員十代のガキなんだぞ。
いくら必死に頑張ったところで、大人達の金儲けに使われる存在が撫子なんだ。
だけど、それを自分のために利用できてる奴らもいる。
受験や就職活動、何れにせよ履歴書にデカデカと書けるのが撫子だ。そのまま芸能人になる奴も少なくない。ピンキリのピン。まぁ上を考えるとキリがないが。
あんまり上ばかり考えても現実味もないので白石のことを思い出す。
あいつはポスターにもなってたしでちょっとくらいは金も貰えてたのかな? なんならこの最後の一年であいつなりのプランがあって、もっとデカい事をする予定だったとか、、
「オレは奴の人生設計をぶっ潰しちまったのかもな」
別に言葉ほどの責任は感じない。奴の横暴と、オレに負けたのが悪いのだから。
ただ、別の責任。オレも何か大きな事をしなくてはならないのではないか。
そういう漠然としたモヤモヤはずっと頭の横側にあって。うざったい。
学校の人気者。喧嘩自慢。そんな程度で終わっていいはずがないんだと。
これはクソったれな自分の人生の中で唯一のチャンスなんだぞと、毎日わざわざ警告を出してきやがるのだ。
「んなことは分かってんだよ」
必死に頑張って失敗するのはダサい。そう思う奴らほどにお気楽に生きてはいないさ。
ただ、こんなオレでも人並みには怖いのだ。ちっぽけで、自分は大した奴じゃないって誰よりも知っているから、限界は鮮明に見えてしまっている。
だけど、レオン君の為には頑張りたい。
それだけはオレの人生の中ではっきりとしたことなのだ。
「んじゃま、帰りますか」
無駄に二時間も歩いて、ちょっとした家出から我が家に帰ると、レオン君は黙ったままスクランブルエッグ丼を出してくれた。それを黙ったまま食べ、姉弟の喧嘩は終わった。
簡単にシャワーを済ませて、布団に入ったはいいが久々のカフェインのせいで何時間も寝付けずに、そのまま夕方になって優妃が廃棄の弁当を持ってくる。
そんな日曜日を過ごし、オレはちょっとだけ明日からの覚悟を固めたのだった。
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