第二話『野良犬が遠吠えろ!』 その④サメ子


 夜道を歩くこと五十分。頭を冷やすのには丁度良い時間だった。



 オレは外に明かりと金属音の漏れる『サメ子の製作所』という看板を掲げた貸し倉庫のシャッターを開けた。


 冬かってくらいに冷房で冷えた空気に不快感を覚えながらも、冷気が逃げぬようにすぐさまシャッターを閉める。中ではアップテンポな洋楽と煙っぽい臭いが充満していて、


「相変わらず無用心だな。鍵くらい掛けときゃいいのに」


「ウチんとこはシャッターから無言で五歩進んだら何を試し撃ちしてもいいことになってんの。むしろありがてーくらいなもんさな」


 サメ子と呼ばれるソレは、オレに見向きもせずゴチャゴチャした机に向かい、ヘンテコなゴーグルをかけて、何かの電子基板にハンダゴテとドリルでえいやえいやとやっていた。


「そろそろ九時も回るのによく一人でやるよなサメ子は。ちゃんと飯食って、寝てんだろうな。なんなら風呂にすら入ってなさそうだけど」

「風呂に入って作業が進むんならいくらだて入ってやるわな。週にニ回でも入れば上等だろうが。明日の昼までにこの糞仕込み傘を仕上げなきゃなんねぇんだよ糞前髪」


 おおこわ、ストレスが溜まっていらっしゃる。

 マジに風呂にも入っていないのか、サメ子の本来白い髪が若干灰色がかっていた。その着ている作業着も汗と油でベタベタしていそうで、、


「昔はこんなんじゃなかったのになぁ」


「学生さんは黙ってなぁ! ウチはもう社会人なんだよっ!! 税金もその辺のカス野郎よりもずっと払ってる社長なんやぞ!!」

「副社長は?」

「いねぇよバカ!!」


 スマホガンを向けられたので両手を上げた。てか、それオレのだった。


「相変わらず仕事がお早いことで」

「当たり前やろサメ子さんやぞ! お前のポンコツなんぞ弄り飽きとるわ!!」



 もう何度目になるのかな。オレのゼロワンはずっとサメ子にお世話になっている。






 同じ中学の同じクラス。日に日にボロボロになるワタシに声を掛けたのがサメ子だった。


「ウチはサメ子。本名は違うけど。趣味は機械弄りで最近は護身具ばっか弄ってんの」

「で? なんかワタシに用かよ。てかまず本名を教えろよバカ子」


 授業中は寝てばっかだし、それ以外は喧嘩ばかりしていたワタシに声を掛ける奴なんて上級生の喧嘩売りに来た誰かくらいだったから、えらく塩対応をしたのを覚えている。


「自慢じゃないけどウチそこそこ金持ちでな? お前めっちゃ貧乏なんでしょ? だからこうしてお話にきたってわけさね」


 自慢されてるようにも聞こえたが、何となくビジネスの話だとワタシの嗅覚が反応した。



「で? ワタシは何をすりゃあいいサメ子?」


「話が早ぇな! お前最高かよ!! いつもの喧嘩ついでにぶちのめした奴の護身具をぶんどってウチに持ってくればいいのよ。ちゃんとした店で売るよか安くはなるけど、出所が怪しすぎるもんでもウチなら買い取るってこと。まぁ、相場の半分でどうよ?」


「安すぎねぇか? ただのカツアゲより恨み買うからあんましやりたくねぇんだけどな」

「スマホガン使ってんだろ? それすぐ壊れっから、壊れたらウチがタダで直してやるよ。なんなら改造もしてやる。まだ趣味程度ではあるけど、いつかはプロになるつもりだから」

「プロ? ぼんぼんの悪ガキのくせに一丁前に夢でもあるっての??」


 ワタシが嫌味ったらしく訊くと、サメ子は逆にテンションを上げたように答えた。



「ああ、あるともさ。糞親どもは大学行け行けって言うけど、天才のサメ子さんは資格を取ったら即行で自立して開業するつもりなんだよ。古臭い電気屋なんかじゃなくて、護身具専門の修理、改造、買取り、販売の『サメ子の製作所』をね。その夢の実現のためには今のうちから多くの護身具をバラす必要があるってわけさね」


 暗い毎日を生きるワタシにとって、活き活きと将来の夢を語るサメ子の姿は鬱陶しく、何よりも羨ましいのだった。


 それにサメ子の夢は、『夢』というよりも『目標』としか聞こえないくらいに現実的で、今からそうなる未来しか見えてこなくて。


 仮にここでワタシがイエスと答えなくても、その目標がせいぜい数ヶ月遅れる程度の妨害にしかならないんだろうなーって、妙な悔しさが込み上げてきて。


 だったらワタシもこのサメ子を利用してやろうと、その時はそう思うほか無かったのだ。



「ワタシの家に十個くらい色々あるから、今日にでも取りに来てよ。それとスマホガンの修理もよろしく。最近全然弾が真っ直ぐ飛ばないの」


 ワタシが言うと、サメ子は爆笑した。


「もう既にかっぱらってきたはいいけど捌けないで困ってやんのwwww」


 ここでサメ子を撃たなかったことが、生涯の五本指には入るファインプレーの一つだと当時のワタシは知る由もなかった。知っていたら撃っていたに違いないけど。






「ポンコツの点検、チューニングに、注文通りの改造。ひん曲がった鉄レール直したのも含めて、全部で締めて八万五千円だべさ」



「八万五千円ん!!?」



「安くて驚いたろ。他んとこじゃこんなポンコツの改造なんておっかなくてできねぇしな」


 はい、プロになってからはお金を取られるようになりました。出所の怪しい品物は勿論買い取りません、サメ子の製作所です。限りなく黒に近いグレーな魔改造はしてるけどね。そのせいもあって一部の業界内では有名で、早くても予約で二ヶ月待ちの人気店だ。


「あの……、お友達価格っていうのはあったり」

「お友達だからこそ真剣な仕事をしてあげたいじゃない? なぁアリサ」


「ソウダヨネ。オレダケヨヤクモナシニサギョウシテクレテアリガトネ」


 八万五千円。オレの月給の三分の二とほぼ同額だ。レオン君のための貯金を切り崩せばギリ払える額だけど、これから撫子としてやっていくにあたってここに頼みに来ることはそれなりにありそうな気がする、、いやあるだろうな普通に……。



 あれ? むしろ赤字??

 オレが撫子を続けることは赤字を続けるということなのか???



 高校に入ってからは、先日後藤と喧嘩をするまでは本当に喧嘩はしてこなかった。


 簡単な点検とチューニングくらいならオレにもできるから、ここにはバッテリー交換に一回来たことがある程度なもんだったのだ。(それでも一万九千八百円取られた)


 中学の時あれだけ喧嘩をしていたから分かる。日常のようにスマホガンを使い続けたら、修理だけでもどれだけの回数が必要になるのか。ほんの一ヶ月の間だけでも多い時は十回はサメ子にお願いしていたはずだ。もっとも今ではオレもサメ子も別々の技術が上がって、お互いに壊さないように長持ちさせるような術もあるんだけども、、



(だとしてもコスパが悪すぎる……っ!)



 サメ子の前なのでそう口には出さないが、別方向で襲ってきた撫子に対する不安に目の前が真っ暗になる。



「せっかく撫子になったんだろ? もうちょっと元気出せよなぁ!」

「あれ? そのことサメ子に言ってたっけ?」


「この業界にいれば近隣の撫子情報なんて嫌でも入ってくるっての。ましてや、右十字のアリサさんともなりゃ同期と後輩は騒ぎまくっとるぜ」

「やめろ。頼むからその名前はやめるんだ」


「社会人にもなるとそういう学生時代のくだらない話が恋しくなるもんなのさ」


 ようやく仕事が一段落したのか、サメ子はゴーグルを外すと椅子をくるっと回転させて改めてオレを見た。確かに社会人って感じ。その目元と顔付き、肌色は風呂に入ってないからじゃなくて、学校で見る同年代よりもずっと大人っぽく濁っていた。


「おいおいやめろよ哀れむな! ウチだってまだまだ若い。今度バンドだってやるんだぞ」

「そういやドラムを任せたきりだっけ。実はまだ曲もボーカルも決まってなくてさ」


 しばらく前に雑談の弾みだけで誘ってしまったのを忘れてた。思いの外楽しみそうだな。


「いーよいーよ。そうだろうと思ってハイパー電子ドラム君もまだ調整中だし。肩も痛くて叩く気なんてさらさらしねぇさ」

「おばさんじゃねぇか」


「お・な・い・ど・し・だ!!」


 軽くからかっただけなのに、サメ子はオレのスマホガンを!?


「ぬわあぁ!!? ……あん?」


 胸元に撃たれた電磁弾はなんとも頼りないもので、服に触れるなり線香花火の最後のようにジジッと散った。



 調整ミスなのか? これならお金払わないでもいいかもしれない!


「驚いたか? お前の注文通り消費電力の調整を可能にしたんだ。これは最低の2%だな」

「そ、そうでしたね……」


 相手に装弾数が五発とバレてしまっているのが大変よろしくなかったので、オレが無理言ってサメ子にそんな注文を出したのだった。やっぱ凄いよこの子。お金は払うよ……。


「なんでがっかりしてんだよ。で、デフォルトは今まで通り20%だけど、パワーを上げたければこの音量調節ボタンを上、下げたければ下だ。どうせスマホガンとしか使えねぇ代物だし文句ねぇな。消費電力はそのまま音量のメーターと連動してるから」


 そりゃオレのスマホガンはどこの通信会社とも契約してない、電話もメールもできない代物だけど、それでもアラームとしてくらいは使ってたんだけどな……。


「もし消費電力を最大まで上げたら、白石が着てた袴とかでもぶち貫けるのかな?」


 オレが聞くと、サメ子はどこか誇らしげに説明を続けた。うざい。


「メーターの最大まで上げたら消費電力50%だな。ただ絶対に止めとけよ。やったことないけど、弾を撃つどころか数秒蓄電しただけでバッテリーが爆発してオジャンになる。弾が撃てるのは35%までが限度だと思ってくれな。ちなみにそれを撃っても多分壊れる」


「おいふざけんな! そんな怖い機能なら付けなくていいんだよ!! なんかの間違いで音量ボタン押しちゃってたらオレの右腕が大火傷するかもしんねぇんだぞ!!」


 急に怖いことをつらつら語り出したサメ子に掴みかかると、負けじと唾を吐いてきた。


「こっちは低コスパ! 低期間で仕上げてやったんだぞ!! ……まぁ、ちょっと海外製のヤバいアプリ入れて無理矢理やってみたってのはあるけどな。なにせ、ゼロワンだぞ? 自分でソフト作るでもしない限り理想通りの改造なんてできねぇっての!」


 あ、目を背けやがる。それなりの罪悪感はあるらしいぞこいつ。


 注文通りではあるが理想通りではないってとこか。


 まぁ実のところ、装弾数を増やすことを考えていたので、電磁弾の威力を上げることは二の次の注文でしかなかったから別にこれでもいいんだけど。


「でも消費電力2%の電磁弾なんている? そんなの何発撃っても豆鉄砲程度だろうに」


 言葉だけでしか知らない豆鉄砲だが、僅かな望み。値引きの為に活用させてもらう。


「なんだお前、スマホガン撃ちのくせに知らねぇのかよ? 『ホワイトショック』を」

「何だよその攻めた歯磨き粉みてーな名前の何かは」


 するとサメ子は何故か得意気にフフンと笑ってからドヤって答えた。うざっ。


「アメリカのスマホガン撃ちの中じゃ有名な話だとか何だとか。消費電力2%。そいつで人中、つまり鼻と唇の丁度ピッタリ真ん中を撃ち抜くと相手が失神するんだってさ。失神で真っ白。だからホワイトショック。ま、都市伝説の類だけど銃にロマンは大事だろ?」

「都市伝説とロマンって単語で開き直られても困るんだが。そこまでオレもバカじゃない」


 ちなみにスマホガン発祥は勿論日本だ。最近では海外でも輸入されて玩具のように使われてるってのは知ってるけど、だから余計にアメリカって名前を出されると胡散臭い。



「わーた、わーたよ。そこまで言うんなら値引きはしないまでも考えてはやるともさ!」


 遂に観念したのか、サメ子は頭をグシャグシャ掻いた。何が『お友達だからこそ真剣な仕事をしてあげたい』だ。いや、まぁこんなオンボロ使い続けてるオレも悪いんだけど。


 サメ子は唸りながらコーラを飲み、ゲップをし、また唸ってコーラを飲んだ。


 なのでオレはコンクリ床に胡坐をかき、ビニール袋からそぼろ弁当を取り出して、特に気にせず食べ始める。



 そして食べ終わった頃、寝不足なのか疲れた脳みそで捻り出した迷案を、サメ子は目の回った不気味な表情でオレに伝えるのだった。大人って大変だなぁ。


「お前が撫子となり活躍し、ウチの宣伝と共にスマホガンを流行らせなさいな」

「おいおい、今更こんな扱い難いもんが流行るわけねぇじゃん」


「シャラーップ! 正直なところ我が製作所は連日複雑な護身具の修理やら何やらに追われ毎日がてんてこまいだ! この仕込み傘とかマジに依頼主に殺意を覚えるぞ!」

「従業員雇えばいいのに」


「シャラーップ! こんな貸し倉庫を一日でも早く脱するためにそれはできん。そこでだ、長年スマホガンの修理やら何やらに長けているウチにとって、一番楽な仕事がスマホガンなのだ! ぶっちゃけ時間を換算したコスパがぶっちぎりで一番良いのだ!!」


 本当に八万五千円払わせるほどの時間と労力を費やしたのか怪しくなってきたなこいつ。


「で? もう説明はいいからサメ子。スマホガン一件の依頼でオレにいくら回るんだよ」

「相変わらず話が早ぇなぁ! 修理、改造一件につき八千五百円くれてやるわい!!」


 なんか値上がりしそうだなこの店。とりあえず将来的に十件依頼がくればオレの今回分はチャラ。今後オレがサメ子の世話になっても、その費用は他のスマホガンの客が来たら引かれていくって訳だ。相変わらず滅茶苦茶なことを考える奴。


 いち早く社会人になろうとも、ノリの良い問題児って部分は中学時代からお変わりのないようで、オレも少しだけ安堵する。置いてきぼりってのも寂しいからな。



「オーケーだぜサメ子。お前ぜってぇ客数誤魔化してちょろまかすんなよ?」

「あったりめえだろウチはあのサメ子さんだぞ! むしろしっかりやれよ右十字ライトクロス!!」


 寝てないからハイになってるな。昔からテンションが高いとノリがめんどくさくて、


「あ、あと今晩泊まってもいいかな?」

「あん? なんでだよ。ウチはそんなに暇じゃねぇんだぞ」


「実はレオン君と喧嘩しまして……」

「え? アリサ大丈夫??」


 昔からこういう時に人一倍優しい奴なのでした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る