第二話『野良犬が遠吠えろ!』 その③まぁそんな日もある


「たっだいま~! 今日はレオン君の好きなハンバーグ弁当があるよーー」



 返事は無かった。靴はあるからレオン君も帰ってるはずだけど……。



「        」



 無音という重圧が我が家にはあった。そっと覗くと、背を向けて座るレオン君の姿が、、


 ………え? これ年に一回あるかないかのヤバいやつじゃん。



「お姉ちゃん」

「はい」


 座れという意味の『お姉ちゃん』という単語に急な尿意を促されながらも、オレはなるべく自然な足取りでレオン君を通り越して席に着いた。顔は見れないのでテーブルを見る。


「なんでしょうか」

「ボクに言ってないこと、あるよね?」


 何でそんな一番効果的な間と声のトーンを出せるのだろうか。額から脂汗が噴出する。スンッと鼻で一呼吸することさえ罪だと思わされているかのようだ……。


「ボクから言わないとダメなのかな?」

「……ちょっと待ってください」


 自分の口から言ったほうが罪がほんの僅かに軽くなるかもしれない、、といった希望を持たせる追い詰め方だった。それも時間制限も見えないながらも確実に刻まれているっ!



(何のことだ? レオン君に言ってないこと??)



 あるよそんなのいっぱい。それで何かがバレる度にこんな目に合うのだ。


 昔はレオン君が何の事で怒っているのか教えてくれたけど、余罪が多すぎてここ数年は自分からはあえて言わない方針を取るようになっていて、、何度オレがその手に泣かされ続けてきたことか!


 つまり、一発で当てなくてはならないということだ。


 この子は天使のように優しい子だから、自分のためにオレが何か苦労をすることを嫌う。


 オレがレオン君の美容師学校のために貯金をしていることも、抱かれ屋をやっていることも、借金取りのおっさんから僅かばかり金を借りてることも、廃棄のお弁当を貰う度に優妃の両親に頭を下げていることも、そんなことは知らなくていいんだ。


 姉として、当たり前のことをしているだけなんだから。



「この前、学校早退して公園で喧嘩したことですか?」

「お姉ちゃん撫子になったでしょ」


「そっちか~~~!!」


 椅子が宙に浮いて回転してほしいレベルのしくじりだった。肝心なほうがバレてやんの。


「マキ中でも噂になるようなことなのに、なんでボクに隠せると思ったのかなぁ。それに学校サボって喧嘩しちゃダメでしょ? もう喧嘩しないって約束だってしてくれたのに」

「正当防衛だよ。相手の財布取った訳じゃねぇんだ。撫子だって大介を助けるためにたまたまなっちまったようなもんだしな。レオン君の想像してるようなことでもねぇよ」


 半分本当、半分嘘だ。ああダメだバレてら。


「大介君を助けるためだったとして、白石さんって人を倒しちゃったってのは分かるよ。でも、お姉ちゃんが撫子にまでなる理由はないでしょ? もしかしてまたボクのために」

「そんなんじゃねえって」


「嘘つかないでよ!!」


 テーブルを両手で叩いたレオン君の眼は、真っ赤に染まっていた。


 多分、学校で聞いた時からずっと考えてみたのだろう。


 中学一年生。小学生の時みたいにはいかんか。来年には「うるせぇ」なんて言われたりしてな。それはそれでいいぞ弟よ。


「撫子になれば学費とかその他諸々が免除になるし、ほんのちょっとくらいなら金だって稼げるかもしれねぇんだ。中学時代に喧嘩してカツアゲしてた事を思えばずっと健全だよ。それがレオン君のためじゃないって言えば嘘だけど、少なくともオレのためでもあんの」


 なんかタバコを吸ったこともないし、吸う金も無いけど、タバコに火を点けたい気分だ。


「優妃さんのところのバイトだけじゃダメなの? 撫子だっていつかまた喧嘩しなくちゃいけないかもなんだよ?」

「喧嘩だけが撫子じゃねぇって。勉強とか、スポーツとか、なんか色々あんだろ」


「お姉ちゃん勉強できないし、部活もやってないじゃん」

「自分で稼いだことも無いガキがうるせえんだよ」


 ああ、タバコの煙を口から吹き出したい。きっとあれってこういう時の誤魔化しなんだ。



「………………」



 レオン君は黙り込んだ。今度は逆にテーブルの一点を見つめている。


 この子はいつもそうだ。何でもかんでも我慢しちまって。


「『お姉ちゃんのバカ』くらい言えよバカ」


 バカはオレだろうがバカ。そんなことは知ってんだバカ。


 オレは椅子から立ち上がって、ハンバーグ弁当を電子レンジに放り込んだ。レオン君はその隙に風呂場に逃げてしまう。ああそうですか。


「温まったらちゃんと食えよ! お姉ちゃんご飯食べないのだけは許さないからな!!」



 オレは風呂場に聞こえるように言い、家の鍵と財布だけポケットに入れ、残りのそぼろ弁当が入ったビニール袋を手に、もう夜虫が鳴く外に出るのだった。


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