第二話『野良犬が遠吠えろ!』 その②後輩と後輩の友達と


「あそこまでになってるとは思わなかったッス」

「言うな」


「なんスかあのサークルは。アリサ先輩の周りにだけ大根の種でも植えたんスか?」

「だから言うな言うな言うなぁ!!」


 高級ソファーに座りながら駄々をこねるように首を振った。豊満なお胸との摩擦で首元が熱くなる。後輩になんて甘え方をしてんだオレは……。



「あえて数日顔を出さなかったんスけど、不穏な噂がこっちにまで流れてきましたので」

「知るかよそんなの! オレだってこんな事態になるとは思ってなかったんだよ!!」


「あの、自分が悪いって自覚はありまス?」

「オレが悪いのか!? なんでオレがあんな虐めみたいなことされにゃならんのだ!!」


 オレは悪代官を倒したヒーローじゃないの? なのになんで皆してオレを避けるの??


「アリサ先輩。白石さんを倒して下校して以来、誰かうちの生徒とお話しました?」

「……優h」

「あの人はノーカウントに決まってるでしょ。そうじゃなくて今まで話したことなかったクラスメイトとか、部活動の人達とか、先生方とか」


 食い気味で耳元にくどくど言われる。あれ? オレって先輩だよね??



「……だって、なんも聞かれてないし」

「そもそも学校で松島先輩、佐久間先輩、チヨ以外と話したことってありまスか?」

「バカにすんな。消しゴム拾ってくれたらありがとうくらいはぁあが!? がっがあっ―!??」



 !?? 


 こいつ後輩のくせにっ! 先輩の撫子になんてことを!!?


「もういいッス。クソアホな三葉うちの撫子さんにチヨが撫子ってもんを教えてやるッス」

「クソアホってお前なぁ!」

「アホじゃないッスか。チヨごときに絞め技されちゃうくらいにはダメダメ撫子さんでス」


 いつも能天気キャラだったくせに、今日の小野田は抑えもせずに怒りんぼだ。ごめんね。


「いいッスか? 撫子っていうのは学校によって違いはあれど主に三パターンなんスよ」

「といいますと?」

「相槌なんて打たないで黙って聞けッス。その三つとは、支配型、推薦型、中心型ッス」


 すでに白石がどこに属するかだけは偉く分かる気がする。


「まず支配型。これは恐怖で他生徒を縛り付けるような撫子ッス。ま、白石さんッスね」


 ほら合ってた。一ミリも正解した嬉しさはないけども。


「次に推薦型。これは『この学校にはこの人しかいない』って具合に他の生徒を寄せ付けない、為るにして為る、カリスマ性溢れる撫子さんでス」


 他よりもズバ抜けちゃってる分、無理矢理にでもやらさせられたりするあのタイプか。とりあえずオレはここでもないだろう。


「最後が中心型。まー簡単に言って、めっちゃ友達も知り合いも多いいからノリと勢いでなっちゃうタイプッスね。人気が高くて皆に愛される撫子さんでス」


 はいここが一番遠いデス。すみませんでした。


「気付いたッスか? アリサ先輩がどこにも属してないってことに」


「なるほど。つまりオレは新たに誕生した異端のなd」

「怖くない、尊敬できない、友達もいない、普通に迷惑だから辞めて欲しい撫子さんでス」


「ぬわあぁああああ!!!」


 こいつ! オレがここ数日胸の奥に厳重にしまっていたような思いをズケズケと!?


「知ってんだよ! オレがどれだけ眠れない夜をすごしてきたと思ってんだ!!?」

「為っちゃったもんはもうしかたないんスから、それに少しでも責任を感じるんだったら、変えていこう、努力しよう、チヨはそういう話をしてるんスよ!」



「…………はい、その通りです。続けてください」


 正論に耐えられなくなったのでソファーから下り、クルっと回って後輩の前に正座した。廊下に正座は冷たくとても痛い。それでもなんの苦痛がないよりかは幾分マシだった。




 説教はみっちり三十分も続いた。終わる頃にはちょっと泣いてる自分がいた。


 とりあえず、内容を要約すると、

 頼りない撫子だと学校中が迷惑するということ。


 他校にもナメられる可能性があるので、威厳のある、学校の外でも噂されるような撫子にならなくてはならないということ。


 一匹狼では校内に敵を作るし、学校としての基盤も揺らぐので、支援してくれる人達を作る努力をしなくてはいけないということ。


 撫子が変わった直後にはよくあることだが、下に付く者達もすぐに失陥するような撫子に乗り換えては損をするだけなので、まずは「自分はそう簡単には撫子を失陥しませんよ」という安心感を与えなくてはいけないということ。


 などなど、後輩からそんなレクチャーを受けたのだった。



 確かに白石ほどには後ろ盾を作らないにしてもだ。今後撫子としてやっていきたかったら最低限の味方は作る必要がありそうだし、すぐに白石に撫子を取り返されでもしたら、せっかく白石派から寝返ってくれた奴に申し訳が立たねぇなってのは酷く理解できた。


 それに敵は白石だけではない。現白石派の連中、または白石がいなくなったことで羽を伸ばそうとする奴らだ。上回れる自信のある奴はわんさかいるはずで。


 つまり、この『新撫子見定め期間』をどう立ち回るかが超重要らしい、って話だった。



「それではこれからは他生徒様に対してしっかりと媚を売らせていただきたく思います」

「アリサ先輩のそういう可愛げのない可愛いところを理解してくれる人少ないんッスから、もっとキュルルンって感じに頑張って欲しいッスね」


「キュルルン♪」


「……ハァ。もういいッス」


 せっかくポーズ付きでやったのに小野田は心底呆れたように溜め息を吐き、鞄を掴んで立ち上がりやがった。だって可愛いとか言われると恥ずかしいんだもん。


「ま、明日は日曜日ッスから、せいぜい頭を冷やして来週から頑張ることッスね」

「また来週も会ってくれる?」

「なんでメンヘラ化してんスか! いい加減にしないとチヨも見捨てますよ!?」

「嫌だぁ! やっぱ怖いんだ!! 来週からオレ一人で挨拶回りなんて無理だよぉ!!」


 去ろうとする小野田の腰にしがみ付き、ほっぺを引っ張られても、耳の穴を弄られても動じずにいると、小野田は観念したのか「分かりましたよ」とスマホで誰かを呼び出した。


「知ってるか分かんないッスけどチヨは陸上部のマネージャーしてるんス。で、同じ一年にめっちゃ仲良い子がいるんで、とりあえずその子にアリサ先輩を今から紹介しまスから」


「陸上部? お前マネージャーなんてしてたんだ」

「何かご不満ッスか? 確かに薙刀や剣道とは違うかもしれませんが立派な運動部ッスよ。それに白石さん派でもないんでとりあえずのスタートとしては上々じゃないッスかね。 その子、中学の時から人気もあって、陸上選手としても一目置かれてる子なんでスから」


 中学からの友達? 何だか本当は紹介したくないような、そんなもったいぶりを感じた。


 まるでお気に入りの玩具を他の子にも貸すよう親に言われたみたいな拗ねた目線で、、


「って、なんだ?」


 ガンガンガン と階段を数段飛ばしで駆け上がってくる音が、次第に大きく近付いてくる。



「オイーッス!! なになにチヨっち! 急にこんなとこ呼び出してなんじゃらホイ! てかもう部活始まるよ!?」



 やたらと元気よく飛び出すように現れたのは、肌が健康的に焼けた元気いっぱいな少女。


 水色のショート髪で、陸上着から覗かせるおへそと僅かな腹筋。短いながらもシュッとした足につい目がいってしまう。校庭から走ってきたのか、爽やかな汗が眩しい。


「めぐめぐぅ! 悪いんだけどちょっと嗅がせてね??」

「ぬわ!ぬわぁ!! や~め~れ~~~!!」


 汗なんかお構いなしに抱きついてスンスンしてる小野田を『めぐめぐ』は笑いながらも全身でしっかりと拒絶していた。なるほど、確かに仲はそこそこ以上には良さそうですね。



「にしても小さい」


 オレと同じか、もしかしたら1、2センチ程度小さそうな子だ。妙な親近感を覚えるぞ。


「てか何の用なんだし! まさか匂い嗅ぐために呼び出したんじゃないっしょ!?」

「ああ、このボッチな撫子さんに知り合いを増やしてあげようと思ってさ」


 雑な紹介! に関わらず、めぐめぐはオレを見るなりハムスターみたいに目を丸くする。


「知ってる知ってるよぉ!! てか観てたし! あんなちっこいハムスターみたいな人が勝てる訳ねーって思ってたら勝っちゃってすげー感動しました!! 甲本アリサさんですよね!? こっちは速水めぐっていいます、めぐって呼んでです! 超リスペクト!!」


 テンションの差はあれどだ、お互いにハムスターと認識するくらいにオレとめぐは気が合うのかもしれなかった。ノリで交わした握手は向こうのほうが体温が凄まじく熱い。


「めぐは何の競技の選手なんだ? オレは陸上に詳しくないんだけど、有名人なんだろ?」

「いやいや~アリサさん程じゃないない!! まー一応、100~400までの走る系は全部レギュラーだし、そこそこの記録は持ってますがまだまだこれからって感じかな!」


「走る系……」


 なんか走るのって脚が長い奴(つまりは背が高い奴)が有利な印象があったから意外だ。浅知恵の憶測ながらも、その身体でどのような走りを見せるのか少しだけ興味が沸く。


「そうなんスよ。めぐめぐめっちゃ速いんス! だからレギュラー落ちた先輩達は嫉妬してるんスよねー。で、そんな中で撫子のアリサ先輩と仲良くなっちゃえば変な陰湿っぽい虐めをされる心配なくなりそうじゃないッスか。だからお互いにとってのギブテイッス!」

「何もされたことないけどね。シューズの中にカメムシが五匹入ってたことはあるけど」

「めちゃくちゃされてるじゃねえか!!」


 まぁでも高校部活あるあるだな。生意気な新入生を上級生が叩くっていう。実力で負けてる時点で生意気もクソもないと思うが、それだけじゃ片付かない人間関係もあるだろう。


 で、同じ一年で、マネージャーな小野田は、実力のある友達をノビノビと部活させてやりたいが為に、学校で一番偉いはずのオレと知り合いにさせようって思いついたのか。



 これってさ、むしろオレが利用されてね? 


 何も考えてないようで、小野田はやたらと頭が回るようだった。ちなみに情報通だし、今後を考えるとオレが二人に恩を売っておくのも悪くない気はする。正にギブテイだな。


「よし、今日からオレとめぐは『友達』だ。なんならこの後、陸上部にも顔出してやるよ」

「うわー、アリサ先輩いきない小悪党っぽいッスーー」

「でも心強いよ! 上級生に友達いないし、しかもそれがアリサさんなら最の高だ!!」


 陸上部ならいきなり襲われることもないだろう。もしかしたら投げ槍か砲丸が飛んでくるかもしれんが………まぁ、大丈夫でしょう。



 その後、後輩二人に頼りにされて久々に知り合いも増えたテンションのままグラウンドに乗り込んだオレ。


 だったが、周りの引きつった笑顔に当てられて、恥ずかしさと場違いな空気にものの数分で「あ、バイトの時間だ!」と砂埃と共に逃げ出すオレなのだった。ごめんよめぐめぐ。いや、ほんとごめんなさい、、、


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