第二話『野良犬が遠吠えろ!』 その①誤算
「だ~か~ら! 何でダメなんですか!!」
優妃の声。
「何度も言ってるでしょう! こんな短期間の内じゃあ対応の仕様がないって!!」
おじさんの声。
「でもアリサは白石さんに勝って、正式に本人から撫子の権利も譲り受けてるんですよ?」
優妃の声。
「そんなのまたすぐ変わるかもでしょうが! こっちも手続きが大変なんです!!」
おじさんの声。
「はあぁあああああ~~~!!!」
これはオレの溜め息。
三葉の撫子になってから三日目の朝。その三日連続で朝から優妃に腕を引っ張られては世田谷線、三軒茶屋駅の駅長室に毎朝、毎放課後と顔を出させられていた。
要するに白石桜花が撫子として所有していた駅をだ、その撫子が変わったのでポスター云々諸々の権利をオレにくださいっていう図々しい申請に連日来ているのである。
繰り返してしまうようで悪いがオレが自分の意思で来ているのではなく、優妃に連れられて来ているのだ。駅員さんに迷惑が掛かっているのは重々承知してるし、胃が痛い。
「もういいだろ優妃。こんなすぐには無理なんだよ。ポスターだってすぐには作ったりできねえだろうし、そこまで重要でもねえだろ」
「そんなのアタシが作るわよ! だからそれを貼らせるなり、駅側も撫子が変わりましたって公言しなさいよって言ってんの!!」
怖いよ。本当に怖い。
「あとあれね。あんたの通学分の運賃は免除されてもいいはずだから定期も作っていただきたいんだけど。そうですよね? 駅員さん??」
「……そうかもしれないけど、だから何度も言うようにこんな短期間ではこちら側も承諾できないんですよ。それに君達勝手にポスター剥がしたりしてるでしょ?」
「じゃあここに白石さんを連れて来れば満足するってわけ?」
「おいやめろやめろ!!」
オレは堪らず優妃を羽交い絞めした。身長差のせいで爪先立ちだけど、それでもこいつの暴走をこれ以上傍観しているわけにはいかない! 白石もまだ到底学校には来れる状態じゃないだろうけど、この場でその名前を聞くと更に胃が痛くなるんだよ本当に!!
「あんたのためにやってんでしょうが!!」
「そうだろうと落ち着けって! オレだってまだこの環境を飲み込めてねえんだよ!!」
羽交い絞めしながら頑張ってピョンピョン後ろに飛んで駅長室からさよならする。駅員さん達に露骨に嫌な顔されるし、優妃にはビンタされるしで今日も散々な登校となった。
とりあえず三日前の自分に言いたいことがある。
信じてくれるかどうかは分からないが、どうかこの事実を受け止めて欲しい。
撫子になっても誰もお前を受け入れないぞ。
「………………」
このクラスだけの話じゃ無い。
三葉全体がオレを、新撫子を受け入れようとはしていないのだ。
まずオレの半径2m以内に人が寄り付かない。
定位置だったはずの前の席の女子四人グループは忽然と姿を消し、規則正しく並べられていたはずの教室机もまるで小学生が虐めでバイ菌扱いするかのようにオレの両サイド、前がずっっと遠くに引き離されている。
無論オレが席を立てば皆も席を立つ。そんな半泣き案件が三日後のお前だ。
(悪化、悪化しているよ…………。)
元々そういうの気にしてなかったけれど、露骨にここまでされると精神的にきやがる。
撫子って皆に尊敬されるなり、最悪怖がられるも気を遣われるもんじゃねえのかよ!!
こんなの詐欺だよ! 詐欺詐欺詐欺!! こっちは校長にも許可取ったんだぞっ!!!
なんて頭の中でいくら抗議しようとも、まだ二限の休み時間と時の進みは残酷だった。
「あと現国と科学、早く終わってくれ……。今日を乗り切れば明日は永遠と寝れるんだ」
このままでは撫子が五月病になるなんていう前代未聞レベルの三葉伝説を作ってしまう。そこだけ後輩たちに何年も語り継がれてしまうのはオレとて白石とて不本意だろうに。
大介も派手にやられたせいで来週一杯は出て来れないっていうし、優妃も優妃で肝心な処は自分でなんとかしろとか言って助け舟も出さねぇし、ギターも会話もできねぇときた。
「そんなに君らはオレのことが嫌いなのかい?」
試しにイタいことを呟いてみても反応は0。自分の息を吸う音さへ嫌になってきた。
おかしいなぁ。白石に勝った直後は男子達や校舎からも声援の一つや二つ、いやそんな寂しい規模じゃない黄色い声援がオレの背中に届いてきたというのに…………。
どうしちゃったのかな? 集団無視系のドッキリとかならそろそろやめて欲しい。
なんて考えてたらついキモい笑い声が出たけれど、それもしっかりと無視されました。
「あ、アリサ先輩。今日よかったらいつものところで待ってまスんで~~」
「小野田ぁ!? うん! 行く行く! ほら、せっかくだしそんな廊下になんていないでこっち来いってぇ!!」
なんてテンションの上げ方をしてしまったのだろう。廊下から急にオレを呼ぶ声がしたもんだからつい立ち上がって応えてしまった。ほら皆して引いてる、小野田さへも、、
「えっと、んじゃよろしくッス~~」
無言で立ち去らなかっただけとてもできた後輩だと思う。オレは静かに席に着いた。
「せっかくの土曜なのに、午前授業だけなのにオレは何をやってんだ……」
授業が終わったらさっさと帰宅するつもりだったのに。それだけ会話に飢えて弱っていた自分に腹が立ちながらも、まぁそこまで悪い気はしないのだった。が、、
「撫子になっても売女かよ」
そのどこからか聞こえた声に、誰と特定するよりも焦りと不甲斐なさを覚えた。
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