第一話『右十字のアリサ』 その⑨翌日、曇り
翌日、曇り。
昨日の雨の影響もあり四月にしては肌寒く、そんな気温のせいもあってかどこか皆ぎこちのない空気の中で授業を受けていた。
なんてのは嘘だ。理由は白石桜花に決まっている。
野球部の廃部。ニ年の杉浦君(突かれた彼)が退学。白石桜花が手下共を引き連れて、朝っぱらから反乱者がいないか校内の見回りを強化中などなど。
そんな話題に声を潜めながら、廊下に偵察兵を出し、こぞって誰も彼女もが情報交換に励んでいた。女子にはやや面白がっている者もいたが、男子は本格的に縮こまっている。
「どうしたもんかねえ」
でもオレには話し相手がいないうえに一番後ろの席なので、三限の休み時間になってもこんな独り言を呟いてみる程度の過ごし方で。前の席の女子四人グループの一番地味な子にチラ見されたが、それで終了。これはクラスに馴染む気のないオレが全面的に悪い。
なんか優妃とも昨日の夜から話し難いし、大介はまたサボりなのか今日もいないしで、まさか二日連続で匂い嗅がれなきゃならんのか……とか思っていたら教室扉が雑に開いた。
「あ、佐久間君!」
細い声の男子が大きな声を出す。大介は今時珍しい硬派さのある男なので、男子達からの人望が厚い。昨日いなかったし、そこにいるだけで男子達にとっては心強いのだろう。
「杉浦……、全治一週間だってよ」
それだけ言って大介は音を立てながら席に着いた。当然のようにザワつく教室内。次の休み時間には全校に広まる情報なのだろう。あ、早速一人出て行きよったわ。
不機嫌丸出し。でも病院に寄ってきたから遅刻したのか。大介も律儀なやっちゃなあ。顔が広いとそういうこともせなあかんのかい。
「あ、そうだ。甲本」
「はいぃ!?」
嫌味な事を考えていたからドキッとした! しかもなんか怖い面で振り向いてきやがる。
「今日も昼休みギターできねえわ。悪いな」
「……ああ、いいよ別に」
嫌な予感がした。
ほらね。
嫌な予感は的中。事件はまたも昼休みに起こった。
「アリサ、あんたも行ってあげたら?」
「どの立場でだよ。今回は女と男の問題なんじゃねえのか」
「どうだか」
大介が、いや、大介を筆頭に野球部含む男子が五十名ほど。コンテナ茶室前に集結していた。オレらはその様子を二階教室窓から眺めている。
殴り込みというやつか、四限の休み時間を利用して大介が声を掛けて仲間を集めたのだ。学年関係なく、色んな部活の男子達。停学や退学、部活停止云々。そういうのを恐れない連中が覚悟を決めて校庭に出て行っている。校舎に残っている男はヘタレか賢い奴だ。
だが、そんな奴らもこの空気に感化されてか、次々にポツポツと校庭へ出て行った。
その中で先頭に立ち続けるにはどれ程の意志が必要なのだろう。やけに大きく見えるぜ。
「昔からやる時はやる奴だったからなぁ」
「どっかの誰かさんとは違うのね」
「…………」
男の塊が百を越えた頃、ようやく白石桜花が動いた。
男の塊の背後、校舎から部活着を纏った女生徒が続々と出てきたのだ。
女子薙刀部、女子剣道部、女子柔道部、対男子用マーシャルアーツ部の面々。
その部活動ごとの集団が円になり、男の塊を取り囲む。数にして五十人を超えていた。
無論、薙刀部には電磁薙刀。剣道部には電磁竹刀。対男子用マーシャルアーツ部には電磁模擬ナイフと電磁グローブが装備されている。ステゴロは女子柔道部だけだが、あいつらはその体重がモロに護身具と言ってもいいだろう。
女男比が1対2と、数が倍あろうともぶつかればどちらが勝つのかは明白だった。
包囲が完了し、気弱な男子から兎のように震え始め、ようやくコンテナ茶室の扉が開く。
今日は華道着ではなく、例の桜柄の袴だった。
「おやまあ、こないにぎょうさんどうしはったの??」
白々しさマックスの白石。大介は一歩も引かずに答えた。
「白石さん。いち男子としてこの二年、佐久間大介からお願いがあります」
「そないに改まれても、わて緊張してまうわー」
なんだその照れ仕草は。なんてオレが脳内でツッコミを入れていると、大介は膝を畳み、額を地に着けた。まだ砂利は乾いていないようで、、
「野球部の廃部と杉浦の退学の件! どうか今一度考え直してやってください!!」
他の男子も大介の迫力に圧倒されて続く。ドミノのようにパタパタと膝が折れていく。
これで今年度白石が土下座させた男子の数は軽く百五十を超えた。
「それは難儀な話やなー。今朝方校長に言うてしもたし」
それでもどうかお願いします。と、大介は声を荒げた。校舎の窓が震える声量で、、
お願いします。お願いします。お願いします。
まるで蛙の合唱のように男子が順に声を上げる。校舎に残った連中も堪らずに叫んだ。
白石桜花は何も言わずに、ただはんなりと笑う。
薙刀部、その他部活の連中はゲラゲラと品もなく笑った。
「優妃。オレ行ってくるわ」
「遅すぎんのよあんたは」
その通りだ。だけど、まだ間に合うのかもしれない。
言葉にならない感情を抱きながら、それを振り払うように、オレは全力で廊下を走った。
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