第6話「戦闘」
「アニキ~。本当にここなんですか?」
アニキと呼ばれた男が振り返る。
「アニキじゃねぇ、サーム。俺の名は?」
「ビルのアニキ」
「ん~まぁ。よしとしよう」
頬に大きな傷があるビルは頷いた。背中には彼の長身と同じほどの鉄製大剣、グレートソードが背負われている。
サームと呼ばれた少年は、群青色の短髪を掻いた。
「いいか、サーム。お前は荷物持ちだ。いつも通り俺らの後ろで隠れてろよ? 相手は獣人らしいからな」
「了解です! アニキ!!」
まだ若いこの子を前線には出せない。ビルは強面の顔を向け釘を刺しておくと、もうひとりの仲間に声をかけた。
「ツヴァイ。どうだ?」
ツヴァイと呼ばれた鈍色の
「……気配はなし」
スラっとした手足と長身。そして長い耳が特徴的なエルフ族の男は、淡々とした口調で報告した。
彼の自慢である緑の長髪が風で揺れ動いている。
「……随分と森の奥に来ている」
「うーん。あの親父さん、「娘のお気に入りの場所」って言ってたしなぁ」
だが湖周辺には誰もいなかった。
「当てが外れましたね、アニキ」
「まだわからねぇよ。もう少し探索しよう。この仕事は失敗できねぇぞ」
「久しぶりの大仕事ですもんね!!」
サームが両手をグッと握りしめた。
「……大金が手に入る」
「うん! 家庭菜園がまた豪華になるね、ツヴァイのアニキ」
「……楽しみだ」
「おい。浮かれんのが速ぇぞ。この仕事は長丁場になるんだからな」
人の気配はない。だがツヴァイが言うには「風が乱れている」らしい。
それはつまり魔物が徘徊しているということだ。ビルは下唇を舐めた。
人間が
だが、ラスティ・レイクアッドの顔は真剣だった。それに加えて、渡された莫大な前金が真実味を増している。
「ただ人狼を、なぁ」
大柄な体とは不釣り合いな、慎重な性格をしているビルは不安に駆られた。そんな彼を元気づけようと、サームが声を上げようとした。
瞬間。
「────サーム!! 伏せろ!!」
「え?」
ツヴァイが困惑するサームを抱きかかえて伏せる。突風が吹き木々を揺らした。
ビルは大剣を抜き、大木に切先を向ける。
そこには右手を獣の腕にし、爪を木に突き立てぶら下がっている少年がいた。
「……人狼?」
「やっぱ傭兵か! 何の用で来た!!」
「
「黙れ! 質問に答えろ!」
黒髪の少年が、怒りのこもった声を上げる。
「こっちも人を殺したくはないんだ! 答えによっては見逃してやる!」
「そうだな、坊主。お前なら知ってそうだ。ここら辺で人狼を見なかったか? 高いドレスを着ている女だ」
「やっぱり、あの女が狙いか」
ビルは口角を上げた。早速当たりを引くとは。
「言っとくが教えねぇ。お前ら、あの人殺すつもりだろ!」
「それは────」
「釣りの恩義があるんでね。邪魔させてもらうぜ!」
少年は吠えると姿を消した。
ビルは足下を見る。既に少年が構えていた。
ビュッ、という風切り音と共に、巨大な爪を広げて右腕を突き上げた。
後ろに飛び退いたが、五指による突きは避けられなかった。ビルの頬が裂ける。
「ビルのアニキ!!」
サームが叫んだ。ツヴァイが立ち上がり腰から曲剣を抜き、一気に距離を詰め斬りかかる。対し少年が腕を振った。
半円を描くような刃と白銀の爪がぶつかり、火花を散らす。
「変な剣だな!」
「……シャムシールという名だ」
「は、使い手も変な奴だ。お似合いだよ」
少年が身を屈める。爪先で相手の股間を蹴り上げる。ツヴァイが顔をしかめた。
一瞬の隙を突くように、左腕も獣化し巨大な拳を作る。そのままアッパーカットの要領で振り上げた。
顎に打たれ首から上を天に向けたツヴァイが吹っ飛ぶ。
「野郎!」
ビルが剣を振った。少年は横薙ぎの一閃を伏せて避ける。
舌打ちすると、ビルは続けざまに剣を縦に振った。剛腕から繰り出される一撃は木を真っ二つに引き裂き地面を吹き飛ばした。
「どうだ」
立ち上る煙に視線を向ける。
「すげぇ、斬撃を魔法で強化したのか」
振り下ろされた剣の上に、少年が降り立った。
ビルは慌てて腕を振り上げる。
「おせぇよ」
よりも速く。少年の飛び膝蹴りがビルの鼻っ柱に突き刺さった。
「ぐあっ!!」
仰向けに倒れた相手に跨ると爪を突き付ける。
「あんた普通に強いよ。けど人狼との喧嘩が下手すぎだ。自分の腕の無さを恨めよ」
「────ったく。話聞いてくれそうにないな」
ビルが膝を上げた。背中に衝撃が走った少年が目を丸くしバランスを崩す。
「うわっ!」
両手をついたのを見て、ビルは片手を伸ばし少年の耳を掴んだ。
そのまま横に引っ張る。凄まじい力で引っ張られたため体のコントロールを失ってしまう。
マウントポジションを解かれた。
「獣人は掴みやすい耳してんな!」
手を離したビルは素早く膝を伸ばすと、立ち上がろうとする少年の足を蹴飛ばした。
尻餅をついた相手に対し大剣を振り被る。
「やば────」
少年が顔を青くした。
直後だった。
漆黒のドレスを身に纏う獣人が、両者の間に入った。
「えっ」
「あ、もしかしてあんたっ!?」
アンジェがビルに向かって右手を突き出す。
「クソッ!!」
ビルは腕の力を強め、上体を斜めに向ける。
「来ないで!!」
叫びと共に、右手から雷を放った。
濁流の如く押し寄せてくる電撃の塊を浴びたビルは、
「うぉおおおっ!!?」
叫び声と共に空に吹っ飛んでいった。
「あ、アニキィ!!」
サームが叫びながら吹っ飛んだ方へ走っていった。
ヨロヨロと立ち上がったツヴァイが、アンジェに視線を向ける。
「に、二度とここには来ないで! 次は……こ、殺すからっ!!」
足が震えている相手を見て、ツヴァイは首を縦に振ると、踵を返してユチの後を追った。
静寂が訪れた。アンジェは長く息を吐き出し両膝を地面につける。
「すげぇ……あれ、魔法か」
少年は立ち上がってアンジェに近づく。
「大丈夫か? ありがとよ。助かっ」
少年は言葉を止めた。
アンジェは安堵から膝をついたわけではなかった。
「ウッ……ウッグッ……」
口の端から零れ落ちている涎と血走った眼を見て、少年は血相を変えた。
「は……? え、ちょっ────」
「ウグァアアアアアア!!!」
声が届いていないアンジェは激しい叫び声を上げた。
「マジかよ。人を食うどころか、血すら吸ってないのか!?」
再び、咆哮。
アンジェは完全に暴走していた。
獣人は定期的に人間の血肉を吸わなければ理性を失うという特性がある。アンジェ自身もそれを書物で見ていた。
だが所詮は見ていただけだ。
「ウグァァァァアァァァッァアッ!!!」
「やばいなこりゃ」
少年の背に冷汗が伝う。下手すると公道に出て手当たり次第に人を殺してしまう。
「仕方ない」
溜息を吐くと、少年は先程の戦闘で爪に付着した血を左肩に塗りアンジェを正面から抱きしめた。
「いいぞ。食って」
優しく告げる。
同時にアンジェは大口を開け、少年の肩に齧り付いた。
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