第4話 上司への聞き込み

 捜査の主導権は金田に移った。その金田の提案で、次は大和川の上司である田村に話を聞きに行くことになった。田村は大川の水泳教室の前売り券を買って、既に入場していたお客たちの対応を捜査員と共に手伝っていた。

「田村さん、少しお話を聞かせていただきたいのですが」

 金田が優しく話しかけると、田村は近くの捜査員に声をかけ、了承を得たうえで問いかけに応じた。雑踏から少し離れたところで、立ち話をすることになった。

「それで、話というのは何でしょうか。まさか、その子どもたちが今回の事件の犯人とか……」

「へえ。田村さんは大川選手の件、事件だと考えているんですか」

 金田の鋭いツッコミが、田村の喉元を捉えたようだ。田村はなにやら誤魔化すようにごちゃごちゃと話しているが、その言い訳が的を射ておらず、何かを隠そうとしていることは明白だった。

「田村さん、本当のことを言ってください。あなたはどうして、今回のことが事件だと思っているんですか。知っていることがあるなら、素直に話してください。でなければ、私たちはあなたのことを最重要参考人だと考えて動かなければいけない」

「あ、いや。そんなに重要なことではないんですよ。ただなんとなく事件なんじゃないかなと思っただけで、直感と言いますか、虫の知らせと言いますか」

「あなたが殺したから事件だと分かると」

「だから、違いますよ! ああ、もう。分かりました。全部話しますよ」

 そう言うと田村は、ズボンの右ポケットから自分のスマートフォンを取り出して、ブラウザアプリを起動した。そして最初に開かれたページを金田たちの方に向けた。それは、数珠繋ぎ殺人の秘密が公表されたあの記事だった。

「公開された時、この記事をすぐに読んだんです。どうせ飛ばし記事だろうと思っていたら、こんなことになるなんて……」

「どういうことでしょうか」

「今日私が出勤した時に投函されていたんですよ。この施設宛ての郵便で、この黒い数珠が!」

 田村の思いがけない証言に、金田と葵、西田は面喰った。あの黒い数珠は、五十メートルプールの脇にある更衣室から発見されたはずだ。それも、亡くなった大川選手の荷物の中から。それが元々この施設に郵送されており、田村が一度手にしていたというのだ。これは一体、どういうことか。

「その黒い数珠は、一体どうしたんですか」

「うう。怖くなっちゃって、どうしようか迷ったんです。でも迷っても答えが出なくて、そしたらあんなことになったんで、この数珠は無差別殺人の合図じゃなかっただと安心したくて、大川選手荷物に紛れ込ませようとしたんです」

 田村の証言は心の動揺もあり、支離滅裂な部分があった。その後粘り強く証言を続けてもらい、十分ほどかけてようやくその要領を得ることができた。

 要するに田村は、郵送された黒い数珠を見て、最初に無差別な連続殺人が決行されるのではないかと危惧したそうだ。記事では連続殺人の現場に残されていたことしか明かされていないから、細かいルールなどは分からなかったのだろう。

 とにかく無差別殺人のことを恐れた田村は、今日は施設を閉館しようと思って、運営会社の本部に連絡を取っていたらしい。しかしただの悪戯だとして相手にされず、議論は平行線のまま終わり、結局施設を開館させざるを得なくなった。そんなやり取りをしていたために、大和川の待つ打ち合わせに遅れて現れたのだ。

 その後大和川達と一緒に大川選手の遺体を発見し、大急ぎで事務所に戻って通報する際に、ふと机の引き出しに仕舞いこんだ黒い数珠の存在を思い出した。

 これが事件現場で見つかれば、大川選手は事故ではなく何者かに殺害されたことになる。そうすれば施設側は被害者のスタンスでマスコミ対応などをすることができ、オリンピック選手が事故死するほど危険なプール、などという不名誉な称号を得ずに済むと考えたのだ。

 そのため通報後に再びプールに戻り、心肺蘇生をしている大和川やコーチの存在を横目に、こっそり更衣室に侵入したのだという。

「じゃあ、あなたが大川選手の荷物に黒い数珠を入れた。そういうことですね」

「違うんです。そうしようと思ったけど……もう入ってたんですよ」

 そう言って田村は、ズボンの左ポケットから黒い数珠を取り出した。一行はますます混乱した。この施設には、郵送されたものと大川選手の荷物に紛れ込まされていたものの二つの数珠があった。

 これまで殺人事件一件につき一つしか数珠は無かったため、これは異常事態だ。まさか、まだこの中で殺人事件が起きるとでもいうのだろうか。

「田村さん、一つだけ確認したいことがあります。このプールで人が亡くなったのは、今日が初めてですよね」

「いえ、実は二週間ほど前に一人亡くなっている方がいるんです」

「それは事故ですか」

「はい。こちらもしっかりと捜査が行われ、薬の飲み合わせが悪く、遊泳中に意識を失ったゆえの事故死だと結論付けられました」

「そうですか、ありがとうございます。では最後に、その事故についての資料と黒い数珠が入っていた封筒を提出してくださいますか」

 

 金田は田村から受け取った封筒を眺めながら、五十メートルプールのプールサイドをぐるぐると歩き回っていた。葵と西田もそれに続いて、ぐるぐると歩き回っている。かれこれ三十分ほどこの状態のままだ。

「三神葵さん、この謎についてどう思いますか」

 金田が唐突に、葵に問いかけた。葵は少しドギマギしながらも、努めて平静を装って答えた。

「数珠が二つある件ですよね。単純に考えるなら、二週間前の事故と今回の事件は繋がっていた。つまり、どちらも数珠繋ぎ殺人の被害者であることを暗示しているということになります」

「じゃあ、この先どうすればいいと思いますか」

「この仮説が正しいなら、二人の接点をあたるべきだと思います。ただ、事はそう単純ではなさそうです」

「ほう。どうしてそう思いますか」

「そんな単純なことなら、金田さんがこんなに悩むことがありません。きっとその封筒に、この仮説を棄却するのに十分な根拠があるんじゃないでしょうか」

 葵がそう言うと、金田は無言で数珠が郵送されてきた時に使用された封筒を手渡してきた。葵はそれを受け取り、しばらく観察した。そして、金田の言わんとしていることが分かった。

「送り主の情報が書かれている」

「そう、ご丁寧に住所までばっちりだ。もちろん偽名の可能性も考えられるが、少なくとも実在する住所が書かれている。もし本当に数珠繋ぎ殺人をほのめかすための、いわゆる怪文書だとしたら、わざわざそんなことはしないだろう」

「この住所や人名について調べたら、何か分かるかもしれませんね」

「ええ、それは警察に任せようと思います。葵さん、富田林さんに依頼してきてくれますか」

 金田が手を合わせて頼み込むと、葵は満面の笑みで富田林刑事を探しに行った。残された西田が、気まずそうにしている。

「君、三神葵さんのパートナーって噂の子だよね。名前は?」

「はあ、西田勘二郎にしだかんじろうです」

「そうか、西田君。君に一つ確認しておきたいことがあるんだ」

「え、な、なんでしょうか」

「君は、葵さんのことが好きなのか」

「は、はあ!? 突然何を言ってるんですか。訳の分からないことを言わないでください」

「そんなに意味不明なこと言ってないでしょ~。なになに? あ、ひょっとしてもう恋人同士だけど、恥ずかしいから黙ってるってやつ? 絶対そうだ。なんだそう言う事か。それなら任せてよ、俺口は堅いからさ」

「だから違いますよ! 俺はただ――」

 そこまで言って、西田は言葉を濁した。金田は小さく溜息をついた後、声のトーンをいくつか下げて、ゆっくりと西田に語りかけるように言った。

「彼女の、何をそんなに心配してるの」

「……あいつ、多分迷ってると思うんです。この事件の捜査をすることを」

「どういうこと?」

「数珠繋ぎ殺人は、かつて何らかの被害を受けた人間がその復讐のために、事件関係者を皆殺しにする手口です。だからその殺人事件を未然に防ぐということは、被害者の無念を晴らすことを妨害すること。そして、悪人を野放しにすることに繋がる。葵はきっと、そう考えているんです。だから葵は、そのことに悩んでいるせいで本来の実力を発揮できていない。事件解決も、どんどん遅れるようになってきている。そんな気がするんです」

「なるほど、そういうことか」

「金田さん、きっとあなたなら葵の悩みに答えを出してあげられる。そんな気がするんです。あいつのこと、助けてあげてください」

 西田は頭を下げたが、金田からの返事は無かった。

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