第7話 少女たちは犯人と対面する
第一の犯行現場付近にある港。大きなコンテナに囲まれた海風吹き付けるその場所に、スーツ姿の男が一人立っていた。葵たちに隠蔽の裏事情を漏らした、島田幸之助だ。誰かと待ち合わせでもしているのか、頻りに腕時計で時刻を確認している。
その時、島田は突然振り返った。
足音だ。こちらに近づいてくる足音が一人分、島田の耳にはっきり聞こえた。音の響き方から、相手が履いているのが革靴などの堅い靴でないことが分かる。
島田は身構えた。田辺が何者かに命を狙われたことは社長の三舟から聞いていたので、自分もそいつに狙われているのだと考えていたからだ。
しかし、足音は止まった。島田の目の前にあるコンテナの影に隠れる形で、音の主は歩みを止めたようだ。沈黙。音の主は呼びだしておきながら、一言も言葉を発しなかった。ただ黙って、その場に立っているだけだった。
島田はそれに苛立ち、大きな声で話し始めた。
「あんた、友永さんだろう。田辺さんを殺し損ねたからって、次は俺を殺そうっていうわけか。次はどうやって殺す気だ。また石ブロックか?」
返答はない。島田は更に続ける。
「おい、返事しろよ! 言っておくがな、俺はあんたに殺される筋合いは無いぞ。俺は事故が起きてから、耐震偽装の件を知ったんだ。そしてそれを隠蔽するよう言われたが、マスコミに証拠と共にリークした。俺がリークしなかったら、あの問題が明るみに出ることは無かったんだ! その後の結果は散々だったけど、下っ端ができる唯一にして最大の抵抗だと思わないか」
「なぜリークしたんだ」
地の底から響くような低音での返答。その声を聞いて、島田は話している相手が友永雄也であると確信を持った。これほど低音で響きのある声の持ち主は、そうそういない。
島田はゆっくりと歩き、声の主がいると思われるコンテナの方に近づいていった。そして、徐々に声を潜めた。
「あんたの娘さん、友永鈴音ちゃんのことを思ってだよ。真実が隠されたままじゃ、鈴音ちゃんに顔向けできないと思ったのさ。俺は、自分が正しいと思うことを貫いた。それだけだ」
「他には、なにかしたか」
「……当時の俺には、何もできなかった。マスコミにリークしたのが俺だとバレて、閑職に回されちまったからな。その後の社内での動きは、全く分からなかった。分かっていたら、少しは妨害だって出来たのにな」
それを聞いて、声の主は押し黙った。島田は今がチャンスだと言わんばかりに、コンテナの影から素早く飛び出して、声の主の前に躍り出た。
そこには、声の主である友永雄也――の後ろには、白水と葵、西田の三人もいた。
「なんで……あんたらが」
「協力していただいたんですよ、友永さんに。犯人確保のためにね」
「犯人確保のためって、いったいどういう意味だよ」
島田はすごんで話しているが、その声は明らかに震えていた。目は泳ぎ、額からは汗を吹き出させ、両の拳を強く握っていた。それはそれは強く、手に爪が食い込むほどに。
「冴島巖さんを殺した犯人はあなたですね、島田さん」
葵が、島田を真っ直ぐ見つめて言った。島田は葵を睨み返そうとしたが、その自分のすべてを否定しているかのような軽蔑した目つきを見て、咄嗟に目を逸らした。
「俺が犯人なんて……証拠はあるのか」
苦し紛れにそう言うのが精いっぱいだった。
「物的証拠は、この後あなたが提出することになります。犯行現場から犯人のものと思われる髪の毛が見つかっていますから、それとあなたのDNAが一致すれば、これ以上ない確定的な証拠となります」
島田は、無意識のうちに頭を押さえた。今すぐその黒い邪魔者をすべて抜き取り、海にでも投げ捨てたい気分だった。
「いつから、俺のことを疑ったんだ」
「……正直に言うと、ついさっきまで全く疑っていませんでした。失礼ですけど、友永さんが犯人だと決めつけている自分がいたんです」
葵は友永の方に目をやり、申し訳なさそうに頭を下げた。友永の方はそれを一瞥したが、特に何の反応もせず、腕を組んで背中をコンテナに預けた。今まで友永に半分隠れていた島田の姿が、葵の目からはっきりと確認することができるようになった。
「ですが、友永さんが犯人だと考えると疑問が残るんです。それは、友永さんがどうやって隠蔽に関わった人間を調べ上げたのかということです。警察の中ですらタブー視され、決定的な証拠が得られても、なお横やりを入れられるような一件です。一般市民の友永さんが、それを調べ上げるのは難しいでしょう。となれば、答えは自ずと絞られてきます」
「なるほど。最初からその隠蔽に加担し、すべての裏事情を知っている人間が犯人というわけだ。それで俺に目星をつけたのか」
「ただその条件だけでは、現社長の三舟さんも当てはまります。当時の経営幹部たちが、辞めさせられた腹いせに事件を起こした可能性だって考えられます。ただ、あなたは一つだけ不自然な言動をしたんですよ」
葵は、そこで息を継いだ。島田の方を見てみると、随分と柔らかい表情で立ち尽くしているのが分かった。どうやら、観念したようだ。
「あなたはあの時の独り言の中で冴島のことを言ったとき、こう言ったんですよ。冴島さんは実行犯だから、最初に狙われるよ、ってね。あの時点で、この一件が連続殺人だと知っていたんです。そんなこと、犯人にしか分かりませんよ」
葵が話し終わると、拍手の音が前から聞こえてきた。島田のした、力のない拍手の音だった。
「そんなこと、よく覚えてましたね。しかし、分からないことが一つあります。なぜ今、友永さんを使って私に罠を仕掛けたんですか。意味の無いことのように思えますが」
「いえ、意味ならあります。あの会社での独り言は、内容に集中するあまり録音するのを忘れていました。だから、客観的な証拠とは言えません。だから色々な人に協力してもらって、あなたから言質をとろうと思いました」
「色々な人。つまり、友永さん以外にも協力者がいると」
「はい、三舟社長です。三舟社長に頼んで、島田に連絡してもらったんです。田辺弁護士が、冴島さんと同様の手口で殺されそうになったって。そしてあなたはさっき、田辺弁護士が石ブロックを使って命が狙われたと言いました。これは、あなたが冴島さんか田辺さんの事件のどちらかの犯人でないと、辻褄の合わない発言です。さっきの独り言の件も含めて、冴島を殺害したのがあなたです」
葵の話を聞き終えると、島田が俯いて、肩を上下に振るわせた。
「そうかそうか。いきなりあんな電話がかかってきたからどういうことかと思っていたけど、君たちの仕掛けた罠だったか。残酷なことをするね。あの電話を受けて、僕は少し嬉しかったんだよ。そんな情報を僕に教えるということは、僕の身を案じている。僕が見捨てられていないことの証明だと、そう思ったからね。次に三舟を殺そうと思っていたけど、ここで立ち止まってもいいかしれない。そう思ったんだけどね」
声を震わせながら語る島田の姿には、どこか見る者の心に訴えかける何かがあった。
そのためか、ここまで傍観者の立場を貫いてきた友永が、島田に話しかけた。
「自分を閑職に追い遣らせた上層部への復讐。それが動機か」
「違う。俺は本当に、あんたの娘のことを思ってこの事件を起こしたんだ。あいつらが許せなかった……人の命を安く買いたたくだけの銭ゲバたちが……」
涙ながらに語る島田を見て、友永は肩を抱いてやろうと近寄った。
「あの、嘘つくの止めてもらってもいいですか」
しかし友永が島田の目の前まで近づいたところで葵がそう言ったので、立ち止まった。そして葵の方を向き直り、その先の言葉を待った。
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