第4話 友永家にて

 そこは、閑静な住宅街に佇む一軒家だった。道に面した玄関からは、きれいに手入れされた庭と輝きを放つ青いスポーツカーが見えた。白水がインターホンを押すと、明るい声での返答があった。倒壊事故で亡くなった友永鈴音の母・友永幸恵ともながゆきえの声だ。

 幸恵は玄関から愛想よく顔を覗かせると、手際よく三人を迎えてリビングに通した。リビングにはローテーブルを囲むようにソファが並べられていて、幸恵が指定された場所に三人は座った。右から順に、葵・白水・西田の順だ。

「もうすぐ旦那が来ると思いますので、こちらをお飲みになってお待ちください」

 そう言いながら、幸恵は三人にお茶を差し出した。何故か葵にだけ茶菓子もセットでつけられていたが、それに誰も文句を言うものはいなかった。きっと葵と鈴音さんを重ねて見ているのだと、そこにいる全員が気付いていたからだ。

「お待たせして申し訳ありません。友永雄也ともながゆうやです」

 お茶を半分ほど飲んだ頃に、友永鈴音の父・友永雄也が姿を現した。顔は少し強面だが、声からは優しさが滲み出ていた。手や頬などに刻まれたしわは、その人生が決して順風満帆ではなかったことを物語っていた。

 早速白水は、件の倒壊事故とその示談の経緯について、現在自分たちが聞いたことの真意について尋ねた。友永は顔色を一切変えることなく、淡々と答えた。

 それらはすべて事実である、と。

「詳しくお聞かせ願えますか」

「詳しくも何も、今あなたがお話しした通りですよ。あの会社とクソ弁護士は結託して私たちをはめた。それだけのことです」

「代理人と言えど、依頼人の同意なしに示談は成立させられないと思いますが」

「だからあいつらは、最初私たちに偽の示談条件を見せたんですよ。その条件にも私は不服でした。こちらは娘の命が奪われたというのに、お金だけ払って許してくれなんて虫のいい話だと思っていましたから。でも、他の被害者の方々はその示談条件で良いと仰りましたし、弁護士からもこれ以上の条件は難しいだろうと言われましたから、その言葉を信じて同意しました」

「ところがその後、書類が改ざんされた」

「そういうことです。この家を見てもらえば分かると思いますが、私たちはお金に困っているわけじゃありません。だから示談金の額で文句が言いたいわけじゃない。それよりも、誠意を欠くようなその対応に起こっているんです」

 友永は、眉間にしわを寄せながら言った。その迫力たるや、Vシネに出てくる借金取りそのものだった。出演経験があると言われたところで、何も驚かないだろう思えるほどだ。

「分かりました、ご協力ありがとうございました。最後に確認なのですが、昨夜の午後十時から午前一時までの間、どちらでなにをしていましたか」

「当然、家に居ました」

「それを証明できる人は」

「いません。妻も、昨日は外泊していましから」

「奥さんが外泊。それはどちらに」

「友達の家だと言っていましたが、詳しいことは何も」

「奥さんに確認させていただいてもよろしいですか」

「それは勘弁していただきたい。妻は鈴音の件以来、しっかり精神が参ってしまっているんです。彼女の中では、今も鈴音は生きている。だから昨日外泊に行く際も、鈴音の分の着替えまで持っていっていました。正直、まともに証言できるかどうかも分かりません」

「そう……ですか」

 白水が供述内容をメモしていた警察手帳を閉じ、別れの挨拶をしようとすると、葵が突然話始めた。

「あの、鈴音さんの仏壇に手を合わせてもいいでしょうか」

「……構わないけど、どうして。鈴音の知り合いなのかな」

「あ、いえ。そういわけではありません。ただ、私の家は神社なので、そういったことは必ずするようにしていると言うか、しないと落ち着かないというか……それに、奥さんがいない今なら、あそこを開けても大丈夫ですよね?」

 葵はリビングの右手に見える襖の方を指さしながら言った。すると友永は驚いたように、何故そこに仏壇があると分かったのかを尋ねた。

「まあ、なんと言いますか……私には分かると言いますか……その……」

「葵には、お化けが見えるんですよ」

 葵がどう伝えるべきか迷っていると、空気の読めない西田があまりにも直球に伝えた。葵は慌てて取り繕おとするが、友永の開いた口が塞がることは無かった。そして口はそのままに、目が胡散臭いものを見る目に変わっていった。

「刑事さん。子どもの捜査協力というだけでも頭がパンクしそうなのですが、この子たちは本当に信じていいんですか。今、あなたの身分も確認したくて仕方なくなってきたのですが。悪質な霊感商法などではないでしょうね」

「決してそんなことはありませんし、私の身分を調べるなら調べていただいて結構です。こちらの番号をメモしてください。私の所属や個人を識別するための番号ですので、こちらで警察署への問い合わせが可能です」

 白水は警察官の身分を確認することが可能な番号を友永に示した。友永はそれを必死にメモし、窓際に移動して電話し始めた。目だけはこちらを真っ直ぐに見据えながら、不審な挙動をしないか、しっかりと監視したうえで。

 その時、葵たちの背後から幸恵が声をかけた。

「あなた、鈴音のこと知っているの?」

「あ、知っているわけではありません。ただ手を合わせたいなと思っただけで……」

 そこまで話して、葵はまずいことを言ったことに気付いた。幸恵の中ではまだ鈴音が生きているのに、手を合わせると言ってしまったからだ。

「そう」

 幸恵は短くそう答えると、踵を返して二階にあがっていった。怒鳴られると思っていた葵にとっては、それは拍子抜けするほどあっさりとした反応だった。精神が参っているというのは、どうやら本当のようだった。

 やはり友永雄也が、今回の事件の一番の容疑者であることは疑いが無いようだ。一つの事故がきっかけで、大切な妻と娘を同時に失ったようなものだ。そしてその原因を作った奴らは、今もぬくぬくとした生活を送っている。動機から考えれば、疑う余地などなかった。

「白水さん。あなたのことが確認できました。疑ってしまい、申し訳ありませんでした。あの一件以来、中々人を信用できなくなってしまって」

「あ、お気になさらなくて大丈夫ですよ。そりゃああんなことがあれば、疑り深くもなりますよね」

「君たちにも、失礼なことを言ってしまって申し訳なかった。さ、こっちで鈴音に手を合わせてあげてくれ」

 そう言うと友永は襖を開け、中に三人を招いた。葵が仏壇の前を陣取り、慣れた手つきで諸々の儀式を済ませる。白水と西田には何をしているのか分からないものもあったが、とりあえずじっと待ち、葵の合掌に合わせて合掌した。

 合掌を終えて葵が目を開けて振り返ると、まだ白水と西田は合掌をしていた。その後ろに、数珠片手に合掌する友永の姿もあった。

「あ……」

 葵が思わず声を出したことで、友永も含めた三人は合掌を止めて目を開けた。

「どうしたんだ、葵」

「あ、いや。なんでもないの」

 西田が気をかけて話しかけてきたが、葵は誤魔化して答えた。そして白水の方にこっそり目配せをし、後ろを見るように促した。後ろを振り返ると、その真意はすぐに分かった。

 そう。友永の手には黒い数珠が握られていたのだ。葵は実物を見たことが無いので確証が得られなかったようだが、白水には分かった。

 あの数珠だ。数珠繋ぎ殺人の現場に必ず残される、あの数珠だ。

「……友永さん。その数珠はどちらで買われましたか?」

「……なぜ、そのようなことにお答えしないといけないのでしょうか。事件と関係がありますか」

「いえ、そういうわけではありませんが……」

「では、お答えすることはなにもありません」

 友永はそう言うと、手を襖の方に向けた。そろそろ帰れと言う意味だろう。

 だが、白水はすぐに帰ろうとはしなかった。当然である。その数珠を持っているということは、今回の事件の犯人が友永雄也であることを示しているし、黒幕にも近づけるかもしれないのだから。この機を逃す手はないと思われた。

 その気配と強い眼差しを察知したのか、友永は少し険しい顔になった。

「刑事さん、いい加減にしてください。私だって、貴重な休みの時間を割いているんです。そろそろお帰りください。それに、なんですかその目は。まるで私を犯人扱いしているように見えますが、この黒い数珠を持っている人間が犯人なのですか? 黒い数珠を持っている人間なんて、探せば国内だけでどれだけいるか分かりませんよ。そんな薄弱な根拠で私をこれ以上疑うなら、こちらも、それ相応の対応をしないといけなくなりますが」

 白水は拳を強く握りながら、葵と西田を引き連れて家を後にした。

 三人が帰った後、友永は鈴音の仏壇の前に跪いて言った。

「鈴音。お前は今の父さんのこと、どう思ってるんだ。さっきの子に聞けば、それが分かったのかな……」

 静寂が、家を包んだ。

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