第3話 会社関係者への聞き込み
「弁護士の買収? マスコミたちへの圧力? 挙句の果てに、邪魔者を消したなんて……はっはっはっはっは。天下の大阪府警の刑事さんともあろうお方が、そんな噂を信じるなんてね。そんなことできるわけないでしょ。我々は、ただの一企業にすぎませんよ」
疑惑を追及したことに関する関西一円建設株式会社の社長、
「しかし、驚きましたよ。そんなゴシップ雑誌が取り上げた内容を確かめるためにこちらにいらしたんですか。我が子を捜査に連れてくるというだけでも驚いたのに……はっはっは」
三舟の豪快の笑い声は、社長室の窓ガラスを大きく揺らした。さすが大手建設会社ということもあって、社長室はビルの最上階。その高さから下にいる人間を探すなど、もはや針で紙にあけた穴を見つけるより難しいように思われた。
当然、西田はその景色に夢中になり、聞き込みなどそっちのけだ。
「この子たちは、私の子どもではありません。この子たちには、捜査に協力してもらっています」
「はあ。子どもの探偵というのはフィクションの世界だけだと思っていたのですが、実際にいるのですね。これはこれは、お会いできて光栄です。お嬢さん、お名前は」
「あ、ご丁寧にありがとうございます。三神葵です」
葵と三舟は、固く握手を交わした。
歓迎されるとは思ってもいなかったので、さすがの葵も緊張してしまった。握手する手に、思わず力が入る。
そんなことをしていると、白水が大きな咳払いをした。それに気付いた葵と三舟はにこやかに手を離し、再度白水に注目した。
「質問を変えます。昨日の夜十時から午前一時の間、三舟社長はどちらにいらっしゃましたか」
「ほー、ドラマなどでよく見るアリバイを確認する質問。本当にするんですね。ということは、私は疑われているのでしょうね。まあ、隠す必要もないので答えますが。その頃は、
「……なるほど、分かりました。ご協力感謝します」
白水はそう言ってすぐに席を立ち、窓際で跳ね回る西田を引きずって部屋を出た。葵もそれに続いた。
部屋に残った三舟は、一度社長室のドアを開けて誰も居ないことを確認した後、誰かに電話をかけていた。
社長室を出てしばらく廊下を道なりに進むと、大勢の社員が働いている姿を見ることになる。作業着で何やら段ボールを抱えて走り回る人もいれば、スーツ姿で携帯電話片手に頭を下げている人もいる。清掃員だって、広いオフィスをくまなく掃除するのに忙しそうだ。誰も葵たちの方に目をやる余裕のある人などいなかった。
「みんな忙しそうだな。こんなの見ると、俺働く気力がなくなりそうだ」
「あんたみたいな社会不適合者がいない方が、世界は幸せだと思うよ」
「そういうお前もたいがいだぞ?」
西田と葵はそんなやり取りをしながら、白水は電話で捜査報告をしながらオフィス内を出口に向かって闊歩していた。
「お前ら、いい加減静かにしろ。働いている人たちに迷惑だろ」
そう言って電話を終えた白水が後ろにいる二人に注意していると、前から走ってきた男と白水がぶつかってしまった。丁度曲がり角だったので、相手は白水の姿が見えなかったようだ。
「あ、すいません。大丈夫ですか?」
ぶつかってきた男が素早く立ち上がり、白水に手を差し伸べた。白水はその手を取り、感謝の言葉を言いながら立ち上がった。
「……警察の方、ですか」
男は、ぶつかった衝撃で地面に放り出された警察手帳を見て、白水に向かってそう呟いた。白水は肯定した。
「きっと、冴島さんの件ですよね。今朝から会社内はその話題で持ちっきりです……社長からは、警察が来るだろうけど余計なことは話すなって言われています」
「なるほど、道理で誰も目を合わせてくれないわけです。ところで、あなたは私たちと話してもいいんですか?」
「駄目でしょうね。でも、もういいんです。私の出世の道は閉ざされていますから。今更社長から嫌われようが、何の問題もありません」
「では、詳しくお話を聞かせていただきたいのですが――」
白水がそう言うと、男は手の平を白水の方に向けて差し出した。それ以上先の言葉を言うな、ということだろう。
「但し、あなたたちの質問に答えるとなると、私も大きなリスクを背負うことになります。なので、私はその先にある休憩スペースで独り言を話しますが、絶対に盗み聞ぎしないようにしてくださいね」
そう言うと男は、三人の間を通って休憩スペースの中に入っていった。三人の間を通る際、男は名刺を葵の前に見えるように落としていた。
葵がそれを拾い上げると、営業部課長・
「しかし、会社も危ない橋を渡ったよな。耐震偽装して建物を倒壊させたうえに、その被害者と無理やり和解しちゃうんだもん。相手方の弁護士も、こんな悪徳会社から賄賂受け取って依頼人を見捨てるんだから、ただの屑だな。それに、あの安久路田とかいう政治家。あいつが四方八方に圧力かけたせいで、被害者救済なんてどこ吹く風。誰も背を差し伸べる人間なんていなくなったよな。挙句の果てには反社と手を結んで、邪魔者を始末するんだもん。怖いよなー。それを指示した当時の上層部も、実行した冴島さんもさ。実行犯だもんな。そりゃ最初に狙われるよ。どうしたもんかな、やっぱり友永さんとこの人がまだやりきれない気持ちでも持ってるのかな。そりゃそうだよな。友永鈴音ちゃんは、当時十歳。人生まだまだこれからだったんだもんな」
長々とした独り言を終えると、島田は自販機で缶コーヒーを購入してオフィスの方に戻った。それに合わせて、三人も会社を後にした。
「随分、物騒な話だったな」
西田が言った。この男がこんなに落ち込んでいるのを見るのは、葵にとっては初めての経験だった。
「あれが本当かどうかはまだ分からない。決めつけるなよ。まだ友永さんたちが犯人だと決まったわけじゃない。さっきの島田ってやつが犯人の可能性だってあるんだから」
「白水さん、それは無いと思います」
珍しく葵が、白水の意見に異を唱えた。
「葵さん、どうしてそう思うんだい。理由を教えてくれるかな」
「……あの人に必要なのは、捜査ではなく警護だからです」
「それじゃあ……」
「あの会社の中で手が見えたのは、社長の三舟さんと島田さんです。二人に警護をつけてあげてください」
葵は真剣なまなざしでそう訴えた。白水は、すぐさま捜査本部に連絡を取って、二人に警護をつけるように告げた。
しかし、西田はどこか不満げだ。
「あの騒動以来社長になった三舟さんは狙われるとして、どうして営業課長の島田さんまで狙われるんだろう」
「それは分からないけど」
葵が答えに窮していると、白水が冷静に話した。
「もしさっきの島田の独り言がすべて真実だとすると、あいつは何でそんな細かい事情まで知っているのかという話になる。要するに、騒動の隠蔽に直接関わっている可能性があるってわけだ。まあ、それも調べてみる必要があるがな」
白水の答えを聞いて納得したのか、西田はまたいつものお惚けキャラに戻った。本当にこの男は、勘所が分からない。
「さて、次は何処に行くか」
「友永さんのところに行きましょうか。今のところ、一番の容疑者ですし」
「……決めつけるなって、何回言えばいいんだろう」
白水は少し呆れながらも、車を走らせた。
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