第2話 探偵と事件は週末に

 三神葵は、相変わらず突然やって来るパトカーに乗せられていた。葵の家は、厄除けで全国的にも名を馳せている神社であるが、こう何度も警察車両にやってこられては困ってしまう。だから葵は、協力を依頼してきた白水に、次からは自家用車で迎えに来るように頼んでいた。だが、結果はこのざまだ。

「お、葵さん。待ってましたよ。さ、早速捜査の方に」

 白水が気前よく話してきたので、とりあえず挨拶代わりの金的をしておいた。悶絶する白水を冷ややかな目で見降ろしていると、もう一台のパトカーが人を連れてきた。当然、葵が心底鬱陶しいと思っているあのおとぼけキャラである。

「お、葵。先に来てたのか。全く、二週間前の日曜日に事件解決したばっかりだっていうのに、白水さんも人使いが荒いよな……あれ? 白水さんどうしたの。なんか変なものでも食って、腹壊したのか」

「西田、なんであんたがまた来るのよ。あんたなんて何の役にも立たない、さっさと帰って」

「相変わらず扱いがひどいな。だが、俺は知っている。その言葉の裏には、本当は俺を大切に思う気持ちがあるということを。本当は、こんな危険なことに私の大切な人を巻き込むわけにはいかないと思う、乙女心だということを」

「白水さんがこうなってる理由、教えてあげるね」

 強烈な一撃のもとに、白水の隣に西田が沈んだ。


「被害者は冴島巖さん、四十七歳。大手建設会社、関西一円建設株式会社の役員を務めている方です。死亡推定時刻は、昨晩金曜日の午後十時から午前一時までの間ということです。現場には、あの黒い数珠が見つかっています」

 白水の部下である神原が、地面に蹲る上司を軽蔑しながら伝える。子どもに捜査協力などという訳の分からないことを言い出した上司だと思われているのか、念のため使われている敬語以外、敬意を示すような言動は一切見られなかった。また、葵には一度たりとも目を合わせなかった。

「し、死因は」

 蹲りながら、白水がかろうじて絞り出した声で尋ねる。

「いいんですか? 子どもたちにそんなむごいことを聞かせても」

「そんなに恐ろしい話なのか」

「はい。被害者は縛られた状態で地面に放置され、そこに複数の石ブロックを投下されたようです。全身の骨が粉々になっているそうですが、致命傷は頭への一撃のようですね」

 神原は葵たちの方を一瞥することもなく、淡々と答えた。言葉では二人を気遣うようなことを言っていたが、行動はその正反対だった。まるで、二人を居ないものとして扱っているようだった。

「なんかその会社の名前、聞いたことあるな」

 いつの間にかダメージを回復させて立ち上がった西田が、冷静に言った。神原はその発言を無視しようとしたが、これまたいつの間にか立ち上がっていた白水から促されて、仕方なく答えた。

「関西一円建設株式会社は、数年前まで急成長を遂げていた新興企業です。しかし、大阪府で起こった地震で一軒の民家が倒壊すると、そこから耐震偽装などの不正が次々と発覚し、一度は信頼を地の底にまで落としました」

「そんなことがあったのに、大手企業になれたんですね」

 葵の発言は、神原の耳には届いていないようだった。そのため白水が、同じ内容の質問を言い直した。

「どうやら不正に得た利益で各国の政治家を懐柔し、その人たちの権力を使って圧力をかけたようですね。会社としては一応の見舞金を被害者たちに支払ったし、偽装を指示した経営陣などは解雇した。責任も取ったし、生まれ変わったのだからもういいだろう、と言いたいんでしょうね」

ってなんだ」

「不当に安すぎる見舞金だったようです。噂レベルの話ですが、担当弁護士が企業側から賄賂を受け取ったなんて話まであります。その後も被害者救済を訴えた弁護士は、ことごとく不運な目に遭っています。やり方が露骨ですね」

 神原は溜息交じりに話した。子どもに主導権を握られているとでも思ったのか、白水を見る目は冷たい。

「葵、どう思う?」

「この事件の裏に、今の件が関連している可能性は高そうね」

「さすが葵、俺と同意見だ」

「なんで上から目線なのよ。殺すよ」

 葵と西田がひそひそ話をする。それに聞き耳でも立てていたのか、神原が更に大きな溜息をした後にこう言った。

「この事件にそれが関係しているなんて、誰でも分かる話だよ。だから、犯人はもう分かっているも同然なんだ」

「神原、お前にしては珍しいな。逮捕する前からそんなに断定的な口調で言うなんて。もう何か掴んでいるのか」

「まだ確証はありませんよ。ただ、建物倒壊の件が関連しているなら、犯人はその被害者か遺族でしょ。それなら、倒壊したブロック塀の下敷きになって、唯一の死者となってしまった友永鈴音ともながすずねさんの遺族。友永夫妻が最も怪しいと考えるのが自然です」

「お前らしくない。見込み捜査は、現場の刑事が最もやってはいけないことの一つだ。決めつけるな。最後の瞬間まで、あらゆる可能性を考え続けろ」

 軽蔑している上司に注意されて腹が立ったのか、神原は頬を膨らませて俯いている。耳を澄ませば何か呟いている声も聞こえるが、なんと言っているかまでは分からなかった。

「いつまで不貞腐れている。それよりも、現場から何か犯人に繋がる手掛かりは見つからなかったのか」

「……現場からは被害者のDNAとは一致しない髪の毛が数本、ブロック塀の間に挟まっているのが見つかっています」

「ブロック塀の間?」

「犯人は凶器である石ブロックを固定せずに積み上げ、簡易的なブロック塀を作成しています。そこからブロックを落としていき、じわじわと被害者をいたぶりながら殺したというわけです。その作成時に、犯人の髪が抜け落ちて挟まったのでしょう。だから友永夫妻にDNAの提出を求めれば、犯人も確定するということです」

「だから、決めつけるな」

 白水が神原を小突く。

 それに業を煮やした神原は、三人に背を向けてサッと何処かへ去ってしまった。その背中にはどこか、哀愁が漂っていた。

「さあ、まずはどうするべきか」

 神原の背中を見送った後、白水がぽつりとつぶやいた。部下の態度で少し傷ついてしまったようで、その言葉には覇気が伴っておらず、すっかりなで肩になってしまっていた。

 葵はそんな白水の姿を見て、いたたまれない気持ちになった。

 そうなると――

「まずは、会社の人に話を聞きに行くべきじゃないでしょうか。耐震偽装が今回の事件に絡んでいて、犯人がその被害者や遺族なら、会社の人が狙われるでしょう。まずは聞き込みがてら、葵の能力で被害者候補を探すべきだと思います」

 ――お惚けキャラが急にまじめな口調で話し始める。やはり葵に気持ちの波が起こると、西田は途端に落ち着くのだ。葵にとっては、これが何よりも侮辱だった。何故ならこうなれば、白水が必ず余計なことを言うからだ。

「やっぱり、お前たちは名コンビだ!」

 白水を不憫に思った葵の心ははるか遠くの地平線の彼方に消え、憎しみだけが強く残った。そうなれば、もう容赦する必要はない。

「白水さん、その前に一ついいですか」

「ん、なんだ」

 葵の問いかけに答えた途端、白水に激痛が走る。それは当然、強烈な金的によるものだった。

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