第10話 疑問
「いつから私を疑っていたの」
白水の呼んだ応援を待つ間、美月が葵に尋ねた。
「昼間にこの家を訪ねた時、幸四郎さんは私たちにこう言ったんです。美月さんは事件のことを何も知らないから、くれぐれも内密にって。でも美月さんは、私を部屋の中に招き入れてすぐに、警察のパパの付き添いで捜査に連れてこられるなんてと言いました。事情を説明する前から、白水さんが刑事であることを知っていた。事件があったことも知らないはずなのに。そこで、美月さんは事件のことを知っていると分かりました。幸四郎さんが、美月さんのことを庇おうとしていることも」
「最初から疑われてたなんて……はあ。私、探偵の相手役としては力不足だったのね」
美月が力なく笑った。それ以降、五人の間で会話は無かった。あの空気の読めない西田でさえ、一言も発しなかった。
パトカーが二台もやってきたことで、天海幸四郎・美月の住むマンションの前には人だかりができていた。一台は数珠繋ぎ殺人の容疑者天海美月を、もう一台は数々の余罪がある天海幸四郎を乗せるためのものだ。二人の犯罪を証明する物証は今のところまだ見つかっていないため、自首という扱いになっている。
「いやー、最初から上出来だ。数珠繋ぎ殺人を未然に防ぐことができたんだからな」
連行される二人を見送りながら、白水が胸を張って言った。どう考えても葵たちの手柄なのだが、協力を依頼した自分の手柄であると主張したいようだ。
「今回の件で警察の中でも、少しは、君たちを見る目が変わると思うよ。このまま実績を積み上げて、確固たる地位を築いてしまおう。うん、そうしよう」
誰も賛同者が居ないのに、白水は一人で頷きながら、大きな声で話している。
その話し方はどこか芝居がかっていて、野次馬たちがスマートフォンで動画を撮影していることを意識していることは確実だった。だが、それらのレンズが白水のもとに向かうことはなく、連行されようとしている二人の方だけを向いていた。
パトカーに乗る寸前、美月はふと立ち止まり、葵の方に目をやった。そしてどこか儚げな笑顔を見せてから、車内に姿を消した。
「今の笑顔って、確実に俺に向けられたものだよな。要するに、俺のこと好きってことだよな。っかー! モテる男ってのは、どうしてこうも業を背負ってしまうのかな。自分に惚れた人間を警察に引き渡すなんて」
「あんた、その内ストーカーで捕まりそうだね」
「お、なんだ葵。嫉妬か。嫉妬なんだろう。安心しろ、俺という可憐で美しい鳥は、最後には必ずお前の下へ帰って来るから」
「そう。焼き鳥の練習しとくね」
「食べる気!?」
西田と葵がつまらない問答をしていると、ようやく自分の話を聞いていないことに気付いた白水が、二人の間に割って入って声を張り上げた。
「聞いてるのか、お前ら! これで数珠繋ぎ殺人防御数に、記念すべき最初の数字が刻まれたわけだ。今のところは、殺人防御率百%。このままの調子で、数字を維持するぞ。分かったか!」
白水の声があまりに大きかったので、葵は咄嗟に耳を塞いだ。だが、それでも映画館で見る交通事故のシーン並の音量で鼓膜が揺れた。西田は咄嗟過ぎて反応できなかったのか、呆然としている。
「よしっ。それじゃあ、次の数珠繋ぎ殺人が起こるまで、お前たちは学業に専念しろ。一応、お前たちの本分は勉強だからな。はっはっは」
白水が機嫌よく高笑いをすると、空気を読めないでおなじみの西田が話に割って入った。
「なに言ってるんですか、白水さん。数珠繋ぎ殺人の犯人なら、今逮捕されたじゃないですか。これで事件解決、僕たちはお役御免ってやつでしょ」
西田のなにも理解していない発言に、葵が呆れながら答えた。
「あんた、その理解度でよく捜査に協力するとか言ったよね。いい? 数珠繋ぎ殺人は、いわば最近の流行手口。この関西圏で頻発している、残酷な手口なのよ。私たちは、そのうちの一件を解決したに過ぎないの」
葵の言葉に、白水が大きく頷く。だが西田は、どこか腑に落ちないような表情だ。
「なにあんた、こんなに分かりやすく言っても理解できないの」
「いや、それっておかしくないか?」
「なにがおかしいのよ」
「数珠繋ぎ殺人の現場には、必ず黒い数珠が落ちているんだよな」
「そうらしいね」
「でもその情報は、公表されていない。そうですよね、白水さん」
「そうだ」
「じゃあ犯人が一人で、次々と現場に数珠を置いているってことでしょ。じゃないと、なんで別々の犯人が、公表されていないはずの黒い数珠を現場に残せるのさ」
盲点だった。西田の言う通り、公表されていない黒い数珠が現場に必ず落ちているということは、犯人が同一犯か、誰かが後ろで糸を引いていなければおかしいのだ。
葵と白水は、顔を見合わせた。
「数珠繋ぎ殺人には、黒幕がいる」
白水が言ったその一言の重みを、この時は誰も理解していなかった……。
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