第4話 少女は聞き込みをする

 二年前の事故を調査すべく、白水、葵、西田は事件現場に鉄工所を訪れていた。被害者候補である富田と北田に話を聞き、事故に関して何か隠していることはないかを問い詰めるためだ。

 その道中、葵と西田は今回の事件についてのあらましを、白水から教えられた。被害者は車善蔵くるま ぜんぞう二十五歳で、死因は失血死。おそらく工場内の二階にある足場から何者かに突き落とされ、あらかじめ下に用意されていた鉄パイプに串刺しにされたものと思われるという話だった。

 被害者を貫いた鉄パイプは、翌日の作業を短縮するために作業員がわざと残したものだということが判明している。犯人は現場に残された鉄パイプを見て、そこに刺さるように被害者を誘導した。もしくは、鉄パイプに刺さったのは偶然だった。どちらの可能性も考えられた。

 現場からはいくつかの足跡や指紋などが採取されたが、工場は人の往来が激しいため、犯人のものを判別することはできなかった。近隣住民の目撃情報はなし。防犯カメラも故障中だったため、犯人の手がかりはなく、捜査は手詰まり状態だという。

 被害者の遺留品はたくさんあったが、その中に現金五十万円の入った封筒があった。銀行の記録から、その日の昼に卸されたことが確認されている。

「着いたぞ」

 白水はそう言うと、運転席から降りて事務所に向けて歩き出した。葵と西田の二人も、それに続く。

 受付で事務員と思しき女性に用件を伝えると、先週関係者を集めていたあの手狭な部屋に案内された。

 一度下がった事務員さんが再度部屋に入ってお茶を差し出してから五分ほど待つと、富田と北田が入ってきた。富田は不機嫌そうで、北田の顔には緊張の色が走っている。聞きたい内容は、事前に電話で伝えてある。その上で、この反応なのだ。

 やはり、何かを隠している。

 三人は、そう直感した。

「刑事さん、捜査の方はどうですか。こうしてお越しいただいたということは、何か進展があったんですよね」

 北田が椅子に腰かけながらはぐらかすような笑顔で、しかし事故のことに触れるなという確かな圧力を放ちながら、そう言った。

「いや、これがどうしてさっぱりなんですよ。そこで、お二人にご協力いただきたいことがありまして――」

「ちょっと待て、なんでこの前のクソガキがそこにいる。あんたが連れてきたんだよな。けっ、今話題のイクメンってやつか? だったらなんで先週は隠したんだ。訳アリか?」

 白水が北田の牽制を交わして本題に入ろうとしたところ、富田がまるで鬼の首でも取ったかのように葵たちのことに触れた。弱みを見つけたとでも思ったのだろう。

「この子たちには、正式に捜査協力をしています」

 白水のその言葉に、その場にいる誰もが耳を疑った。葵と西田は自分たちのことを公表してもいいのかと、富田と北田は警察が子どもに捜査協力とはどういうことかと、同時に感じたからだ。

「……はっ。天下の大阪府警様が子どもに泣きついて助けを求めるとは、こんな笑い話があるか。マスコミに流して、大阪府警の評判を地の底にでも沈めてやろうか」

「やりたければ好きにしろ!」

 机を叩いての白水の恫喝に、さすがの富田も口を噤んだ。更に白水は立ち上がってすごみ、言葉を続けた。

「私は捜査に役立つと思ったら……市民を守るのに有効だと考えられるなら、たとえ子どもだろうが、犬だろうが、ロボットだろうが、なんでも活用する。職務を全うするのに必要なら、助けも求める。そのことに恥など感じない、公表したければすればいい! そんな脅しで、あんたらへの追及を止めると思ったら大間違いだぞ!」

 白水が話し終えたところで、尚も富田が食って掛かろうと立ち上がったが、北田がその手を掴んで首を横に振った。それを見た富田は大人しく椅子に座り直し、乱れた作業着の襟元を整えた。

「お騒がせしました。私たちは、警察の方と争いたいわけではありません。ただ、二年前の事故のことは、私たちにとっても早く忘れたい出来事なんです。だから、正直に言ってしまえば話したくない。それに、詳細は報告書に書いてある通りです。それではいけませんか」

「申し訳ありませんが、今回の事件を解決するためには、より詳細に確認させていただく必要があるんです。嫌な記憶でしょうが、お話しください」

 北田は、富田の肩を叩いて話すことを促した。富田はこれまで聞いていたのとは違う、落ち着き払った口調で話し始めた。

「二年前の五月十八日、あの日は雨でした。だから外からの資材の運搬作業なんかをした後は、靴の裏を乾いた雑巾で拭く必要があったんです。でないと、滑って危ないですから。……いちいち拭くのが面倒だな、なんて自分と車が話していたら、後ろから突然鉄パイプの倒れる音がして。駆け付けてみたら……天海があんなことに」

「現場に駆けつけた時、他に誰かいましたか?」

「いえ、天海だけでした」

「事故の原因は、なんだとお考えですか」

「床が濡れていたんです。だからきっと、外に出た後に靴の裏を拭かなかったんだと思います。それで滑って転んで……あとは、運が悪かったとしか言いようがありません」

「そうですか」

 白水が次の質問をしようとした時、葵が割って入った。

「富田さん。一つ訊きたいのですが、その天海さんという方はどんな方でしたか」

「どんなと言われても。話している限りは気さくで、明るい奴だったよ。プライベートではあまり交流が無かったから、よく分からんけど」

「では、天海さんと仲が良かった人は誰ですか。プライベートでも交流を持っていそうな人は」

「……まあ、車かな。街中でその二人が仲良く歩いてることは、何度か見たことがあるよ」

「そうですか。ありがとうございます」

 葵が話し終えると、また白水が話し始めた。

「続いて、北田さんにお伺いします。二年前の事故報告書は、どうしてあなたが書いたのですか。他の報告書は、すべて発見者の人が書いていますよね」

「事故が事故なだけに、責任が重大だと思ったんです」

「他の事故の責任は自分に無いと?」

「事故の責任は、常に私にあります。ただ、天海くんの件では、その命すら危ぶまれたんです。いつもよりも、重く責任がのしかかるように感じました」

「本当は、何か隠蔽したかったことでもあるのでは?」

 白水のその発言で、富田と北田の顔が一瞬強張った。だが、北田はすぐに緊張をほぐし、大きな声で笑ってみせた。

「はっはっはっはっは。神に誓って、そんなことはありませんよ。もうよろしいですか。ただでさえあの事件のせいで納入遅れが出ているのに、これ以上は損害が出てしまいます。勘弁していただきたい」

「そうですか。それでは、今回はこちらで失礼します。捜査にご協力いただき、ありがとうございました」

 そう言うと白水は、葵と西田を先に行かせながら部屋を後にした。だが、三人はすぐには車に戻らず、ドアの前で聞き耳を立てた。

「北田さん、このままじゃまずいですよ。天海のことだけでも不安なのに、警察まで絡んでくるなんて」

「落ち着け、もう二年も前のことなんだ。その間も、この工場はフル稼働していた。今更新しい証拠なんて出てくるわけがないし、天海が警察に駆け込むこともない。すべては、闇に葬られるんだよ」

 部屋の中からは、随分と物騒な話が聞こえてきた。三人は顔を見合わせた後、忍び足でその場を去り、車に戻った。

「やはり、あの事故の裏には何かありますね」

「ああ、間違いない。だが、被害者の天海も何故かそれを隠している。その理由が分からない」

 白水と葵の二人が悩んでいると、西田があっけらかんと意見を述べた。

「じゃあ、直接聞いてみればいいじゃん。その人のことも調べたんなら、住所も知ってるでしょ」

 白水はすぐに天海幸四郎に連絡し約束を取り付けた後、車を走りださせた。どうやら、このまま直行するようだ。

 あ、貴重な休みがつぶれる。

 西田はそう思ったが、声には出さなかった。

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