第2話 能力の活用
現場は大阪府内にある鉄工所だった。入り口から見て手前には大きな資材置き場の倉庫やフォークリフト等の働く車たち、奥には簡素な事務所があった。
葵の目の前には、刑事ドラマでよく見る光景が広がっていた。黄色い規制線にブルーシートの覆い、忙しく行きかう頭と靴をビニールで包んだ鑑識らしき人。不純物があるとすれば、勝手に相棒認定されてここにいる、場違いのお惚け者だけだった。
「葵、お前なら来ると思ってたよ。一緒に事件を解決しような。相棒として」
「あんたを相棒だと思ったことなんて無いけど」
「冷たいこと言うなよ。一緒にあの苦境を乗り越えた仲だろ」
「あんた、パンツ一丁で寝てただけじゃん」
「言い方!」
「喧嘩なら、外でやってくれ。ここは神聖な現場だ」
小競り合いをする葵と西田に、白水がお灸を据えた。それで肩を落とす西田を見て、葵は内心ざまあみろ、と思った。
「じゃあ、早速中に入りましょうか」
西田が気前よく言うと、白水が片手で静止した。
「君たちが現場を見る必要はない。そっちの捜査はこちらに任せてもらう。君たちはあくまで、次の被害者を探す係だ。聞き込みへの同行以外は控えてもらう」
「えー、話聞くだけ? なんかあんまり探偵っぽくないな」
「コラッ、遊びに来てるんじゃないの! 白水さん、なんでこいつ連れてきたんですか? この通り、面倒で役に立たない、ただのでくのぼうですよ」
「でくのぼうだと、なんだそれ!」
「そのうち分かるよ。それより、早く行こう。次の殺人は、いつ起きるか分からない。こうしている間にも、誰かが狙われている可能性だってあるんだから」
白水はそう言うと、二人に背を向けて歩き始めた。覚悟を決めてから、葵もそれに続く。覚悟を決めた葵には当然、後ろからなされるアホな問いなど聞こえるはずもなかった。
「おい、葵。でくのぼうってなに。どういう意味?」
これまた、刑事ドラマでよく見る光景。手狭に感じられる事務所の一室に、関係者が集められている。その前には刑事と思われるガタイが良くて強面のおじさんたちが、腕を組んで輪を作っていた。どうやら、白水の到着を待っていたようだ。
「遅いですよ、警部。この工場で働く人は、ここにいる人で全員です。私たちが大まかな情報は聞きましたし、皆さん随分待たれたので、手短に済ませてあげてください」
「悪いな、神原」
神原と呼ばれた刑事は、強面のおじさんたちを連れて部屋を出て行った。その際、葵はちらりと軽蔑の目を向けられた気がしたが、すぐに目を逸らされたので、気のせいかと思って気にするのを止めた。
「あの、刑事さん。私たち、もう話せることはすべて話しました。早く解放してくれませんか。取引先に、納入遅れの連絡をしないと」
「あなたは?」
「あ、工場長の北田です」
「ああ、あなたが第一発見者の方ですね。その時のこと、教えていただけますか」
「ですから、それはもうお話ししました」
「簡潔に、で結構ですので」
白水が引き下がる気が無いのを察知して、工場長は話し始めた。
「私は工場長という立場ですから、操業開始の二時間前には出勤するんです。今日もいつも通り七時に出勤したところ……鉄パイプで串刺しになった車君を見つけました」
「鉄パイプで串刺し!?」
後ろで話を聞いていた西田が驚き、思わず声を上げた。
「どっから入ってきた、このクソガキ! こっちは真剣な話してんだ、帰れ!」
「ま、まあまあ。富田君、子どもにいきなり大声を上げるんじゃないよ。君たち、何処から入ったんだい? ここは危ないから、警察の人に言って、家まで送ってもらいなさい」
西田を大声で怒鳴った富田という従業員を窘めながら、工場長の北田が優しく二人に忠告した。富田の口調は如何にもアウトローな人間の口調だったが、工場長は仏かと思えるほど優しい口調だった。
白水は、さも今気付いたかのように白々しいリアクションをして、葵たちの方を振り返った。そして、何やら目配せをしている。
葵にはさっぱり意味が分からなかったが、三度目の目配せを見た西田に耳元で、まだ時間稼ぎが必要か聞いてるんじゃないと言われてその真意を悟り、首を横に振った。
「あ、失礼。どこからか子どもが紛れ込んでしまったようですね。皆さんもたくさんお待ちになって疲れたでしょうから、今日はお帰り頂いて結構です。私は彼女らを送り届けますので、お先に失礼します」
白水はそう言い、葵と西田の肩を抱いてそそくさと車に戻った。
車でしばらく待っていると、謝罪に回るのであろう従業員たちが、自転車や車に乗って工場から出て行くのが見えた。工場長は出てきていないので、今は電話対応で大変なのだろう。
従業員たちを見届けた後、白水は葵の方を向いて話し始めた。
「葵さん。従業員たちの中に、視えた人間はいますか」
「はい、あのガラの悪そうな富田さんと工場長の北田さんです。あの二人に、血染めの手が視えました。どちらかは、おそらく……」
葵が、視線を落とした。釣られて、白水も葵から視線を逸らした。
「え、血染めの手? なに言ってんの、葵」
能天気なのは、何も知らない西田だけだった。葵は呆れながらも、自分の能力について話した。自分には成仏し損ねた人が、生前の姿で見えること。これから災厄の降りかかる人の頭上に、血染めの手が見えること。
西田は口を半開きにした間抜けな顔で聞いていたが、おそらく話の半分も理解できていないだろう。だが、どうやら今理解してほしい後者については理解できたようだった。
「それで、関係者が災難な目に遭うと分かってどうなるんだ?」
「それはまだ分からない。でもその前に白水さん、確認したいことがあります」
「なんだ」
「今回の事件が、警察署で話してくれた数珠繋ぎ殺人だという確証はあるんですか? あの人だけが狙われていて、これで事件は終わりということも――」
「数珠だ」
「え?」
「今回の現場に、黒い数珠が落ちてた。これは、数珠繋ぎ殺人の現場に共通したことなんだよ。だから、今回もまだ被害者が生まれる可能性が高い」
「そんなものが残されていたなんて、初めて知りました」
「これも公表されてないからな」
白水がそう言うと、葵は納得したように頷いた。だが、隣に座る頭の鈍いとこは、全身から白い煙を出しながら放心状態だった。
「白水さん、これからどうするんですか。やはり、狙われている可能性のあるあの二人を警護して、ノコノコ現れた犯人を逮捕するんでしょうか」
「もちろん、それもする。だが、待っているだけじゃ事件は解決しない。受動的な捜査だけじゃなく、能動的な捜査もしないと」
白水の言葉に葵が首を傾げていると、横に座っている空気の読めない男の間抜けな声が車内に響いた。
「あ、刑事の勘ってやつだ。もう犯人が分かってるんですね」
「でかい声出すな! びっくりするだろ!」
初めて白水が怒鳴ったことで、西田は借りてきた猫になった。葵は怒鳴る白水の姿を見て、やはり刑事というのは声で威嚇できないといけないのだと、しみじみ感じていた。
「葵さんに協力を仰いだのは被害者候補を警護することと、もう一つの目的があるんだ。それは、被害者の共通点を探って容疑者を絞り込むこと。通常は連続殺人が起こってからしか見えてこない共通点が、葵さんの能力を使えば事前に分かるかもしれないと思ったんだ」
葵は、自分が思いがけない能力の活用法を見出した白水に、羨望の眼差しを向けた。西田は、まだ借りてきた猫のままだった。内心は工場で聞いた串刺しのことについて聞きたい気持ちでいっぱいだったが、その疑問は胸にしまうことにした。
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