殺人防御探偵・三神葵
佐々木 凛
第一章:串刺し
第1話 捜査依頼
「あなたの能力を使って、人助けをしませんか。捜査に協力していただきたいのです」
先日巻き込まれ、解決に貢献した隠鬼の島での島民消失騒動。そして、一件の殺人事件。その聴取と称して、三神葵は幾度となくこの無機質な取調室へ呼び出されていた。
最初はあった緊張感ももはや消え失せ、聴取を担当する警察官とも、もはや顔馴染みとなっていた。無機質な取り調べ室も慣れてみれば洗練されたデザインに思え、葵はどこか神社の造りと近しいものを感じていた。
そんなこともあり、葵はより困惑した。
いつもの顔馴染みで、制服を着こなした警察官とは違う。スーツ姿で胸板が厚く、立っているだけで威圧感を放つ四十代ほどに見受けられるその男が入ってきただけでも緊張感が走ったのに、第一声が捜査協力の申請だった。
葵は、何一つ状況が理解できなかった。
これは、先日の事件の聴取ではなかったのか。
なぜいつもの人は違う、この男がここに来たのか。
そして何故、その男は名も名乗らずに突然、捜査協力を持ち掛けてきたのか。
何故、中学一年生の自分に捜査協力などという大それた依頼が来たのか。
葵の頭の中は、一瞬でクエスチョンマークで埋め尽くされた。疑問を言葉にしようにも、頭の中のクエスチョンマークが邪魔をして、言葉を紡ぐことができなかった。
「申し訳ない。突然すぎて、驚かせてしまったね。私は、大阪府警の
「刑事さん……ということでしょうか」
白水は、黙って頷いた。
葵の頭の中は、ようやく邪魔なクエスチョンマークの整理がつき、言葉を紡ぐことができるようになった。そこで、矢継ぎ早に白水へ質問することにした。
「そんなお堅い方々が、どうして私に捜査協力なんかを持ち掛けるんですか。私が中学一年生だということを知ってのことですか。だとしたら、尚更疑問です。それに、私は今回隠鬼の島での件で聴取に協力してほしい、と頼まれたから来たんです。それなのに、なぜそのようなお話になるのでしょうか」
「只野から聞いてたけど、本当に中学生とは思えない言葉遣いと喋り方だな」
「只野さん?」
馴染み深い名前が出てきたことで、葵は思わず反応してしまい、話を逸らされそうになっていることに気付かなかった。
「只野さんと知り合いなんですか?」
「ああ、あいつとは一時同じ場所で働いてたからな。当時から正義感の強い奴だと思っていたけど、それが暴走してあんなことになるなんて……」
「そうですよね……って、話を逸らさないでください。私に疑問に答えて」
葵のその言葉を聞いて、白水は柔和の表情を一転させ、葵に真剣なまなざしを向けた。それは、先ほどの捜査協力が冗談ではなく、本当に依頼されているのだということを示していた。
「葵さん、ニュースは見ますか」
「はい。同年代の子に比べれば、よく見るほうかと」
「なるほど。では、最近よく見る事件報道と言えば……なんですか」
「気のせいであってほしいのですが、殺人事件の報道が増えたように思います。それも、被害者の方が何人もいるような――」
言葉を遮るように、白水が葵に顔を近づける。あまりに圧に、葵は押し黙ってしまった。少し間を置き、白水が話を続ける。
「ここからの話は、まだ公表されていません。他言無用です。約束、できますか」
見慣れたはずの取調室が、いつもよりその圧迫感を増した。洗練されて落ち着きを放つと思っていたそのデザインも、今はただ、心をざわつかせるばかりだった。
これ以上先の話を聞けば、きっと後戻りはできない。そう思ったが、葵は首を縦に振った。
「……近年この近畿地方では、数珠繋ぎ殺人と呼ばれる連続殺人事件が多発しています。その名の通り、被害者の関係者たちが数珠繋ぎにターゲットになる。我々も懸命に捜査を行っていますが、件数が増えすぎて、対応が追い付いていません。そこで、あなたに協力を頼みたいのです」
白水は一呼吸置き、更に話を続けた。
「只野の供述で読みました。あなたは、災厄の降りかかる人間が事前に分かるそうですね。一部の人間しか信じていませんが、私は只野の言うことを信じる一人です」
「まさか、事件の捜査に私が同行して、次のターゲットを特定する。そして、そこを狙いに来た犯人を逮捕する。そういうお話ですか」
「理解が早くて助かります」
「お話は分かりましたが、そんなにうまくいきませんよ。私が見えるのは、あくまで近々災難に見舞われる人です。殺人事件のターゲットになっている人ではありません。事件関係者に近々軽いけがをする人でもいれば、その人にも見えるということです。ターゲットになり得ると思って警護していた人が、全くの無関係だったということも起こり得ますよ。それでもいいんですか?」
「それでも、少しでも状況が良くなるなら、やるべきだと思います」
白水が、真っ直ぐに葵を見つめる。その見つめる瞳に、葵は何故か懐かしさを覚えた。妙に安心するような、不思議な感覚だった。
「……私の能力が本物だと分かった時、只野さんに能力を羨ましがられました。僕もその能力が欲しい。物理的に助けることのできない被害者を精神的に助けることができたのか、それが知りたい……って」
葵は、隠鬼の島で只野正にその言葉を言われた時のことを思い出していた。
確かに只野は、客観的に見れば自らの正義感の暴走で島民三万人を危険にさらした張本人だ。だが葵にとっては、初めてこの恨み続けてきた能力を認めてくれ人間だったのだ。彼の言葉で、忌むべき能力を人助けに使おうと思えた。そして、その恩人の罪を暴いた。
だから、この捜査協力に対する葵の返事は既に決まっていた。
「私で力になれるのなら、喜んで協力します」
「ありがとう。じゃあ、早速現場に行こうか。先に相棒が行って、待ってるみたいだから」
「白水さんは、話が全部急すぎますよ……え、待ってください。相棒って、誰のことですか?」
白水は葵のその質問に答えなかった。現場に向かう車の中でも、無言を貫き通した。葵はその態度に不信感を覚えるも、現場についた途端、全てがどうでもよくなった。
「あ、葵! 今日も相変わらず仏頂面だな」
いつもの挨拶をする
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