第27話 悪女呼びの由来

 残されたルドヴィカはくるっとルフィーノの方をみやった。


「さて、ルフィーノ殿。さっきあの子たちがいっていた監視とは何ですか?」


 誤魔化そうとしてもそうはいかない。

 協力をお願いしている立場とはいえ、ルドヴィカは大公妃である。

 立場としては彼よりも上なのだ。


「皇帝側の間者が潜り込んでいる可能性があり、疑わしい者の捜索と監視をあの二人に任せていたのだ」


 観念したルフィーノがようやく口にした。


「魔法棟の研究室に引きこもっていたあなたが?」

「正確にはオルランド卿からの依頼だ。間者も子供相手であれば警戒しないだろうとあの二人を指名したいということだった」


 駄賃を受け取り、二人はやる気に満ち溢れていた。


「私としては日ごろ煩い二人が留守になってくれる方が助かるし」

「さすがにそれは危険なのでは? 子供でしょう」


 ルドヴィカは机を叩いて、ありえないと叫んだ。

 皇帝側の間者については少し驚いたが、考えてみればいても不思議ではない。

 前世で、ジャンルイジ大公が崩御した後、まるで狙ったかのようにビアンカ公女の周りは奸臣で固められていた。

 気づけば彼女は長い間つくしていた賢臣たちを遠ざけていった。

 オルランド卿やパルドンといったしっかりした者たちが大公城にいながらどうしてそんなことが起きてしまったのか。

 今この時に、既に大公家没落を狙う皇帝家が手先を仕向けていたのだ。


「深追いはさせないことと、いざとなれば緊急時用の回避、遁走の道具を持たせてあります。オルランド卿が毎日報告を聞き危険性高ければストップをかけています」


 そうはいっても危ないだろう。

 ルドヴィカは同じ感想を述べた。


「大公妃はやはり皇帝家の間者ではないのですね」


 ルフィーノの言葉にルドヴィカはかぁっと頭にきた。


「当たり前でしょう。私がカリスト皇帝の手先? あまりに酷い侮辱だわ」


 ルドヴィカを卑しい鼠色(ブルーグレイ)の髪と嘲笑し、婚約破棄を下した男。いくらアリアンヌの魔法にかかっていたとはいえ、その前から彼女を見下していたのをルドヴィカは知っている。

 あそこまでルドヴィカを無下に扱う男の為に何故動かなければならないのだ。


 思い出しただけで腹が立つ。


 婚約破棄だけではない。

 ビアンカ公女処刑が決まる寸前の時のこともルドヴィカは怒りに震えた。

 ビアンカ公女処刑後、ルドヴィカはジャンルイジ大公が遺言で残してくれた資産をカリスト皇帝夫妻に奪われ貧しい修道院へと放り出された。


「もしかして、私を怪しんでいたのですか?」

「一応、アリアンヌの姉だし」


 ルフィーノの言葉にルドヴィカは頭を抱えた。


「疑っていたのは大公妃に会う前です。実際会ってみて、違うなと……オルランド卿も同じ答えです」


 オルランド卿の名を聞きルドヴィカは次会ったらどうしようかと考えた。

 何かと相談に乗ってくれて頼れると思った自分が空しくなる。


「疑いが晴れたのはどうして?」

「ジ……大公殿下の状態が快方に向かっていたから」


 ルドヴィカがもし大公家を没落させるために現れた間者であればジャンルイジ大公をよくしようとは考えなかっただろう。

 あのまま部屋から出ることも、ベッドから起き上がれないことが都合がよかったはずだ。


「疑いが晴れてようございました」


 ルドヴィカはつーんとそっぽ向いた。

 確かにルドヴィカは立場上疑われても仕方ない。

 大公の元へ嫁いだのは皇帝の命令であり、その前の花嫁候補だったアリアンヌはルドヴィカの妹である。

 そのアリアンヌのやらかしも含めれば、ルドヴィカの立場はだいぶ不安定なものであった。ジャンルイジ大公がルドヴィカを冷遇していれば、ルドヴィカの生活は苦しいものであっただろう。


 とはいえ、気分がいいものではない。

 相手がルフィーノでなければもう少しちくちく言って困らせてやろうかと考えてしまった。

 こちらから妥協案を出しておこう。


「ルフィーノ殿が私に少し申し訳ないと思うのであれば、あの二人の少年をしばらく私に預けてください」

「どうするのです?」

「お使いを頼みたい少年従僕がちょうど欲しかったのです」


 ジャンルイジ大公の治療計画を勧めながら、大公妃の仕事をして、技術者の元へ訪問するのも大変だ。

 来週はチャリティーパーティーの参加、孤児院、養護施設の訪問も控えてある。

 何かとこまわりの効く少年従僕の提案は以前よりパルドンから受けていた。

 ルフィーノへの伝言もスムーズに行えるし、何かと便利そうだ。

 もう少し無理難題な要求が来るかと思っていたルフィーナはしばらく考え込んだ。


「二人がいれば大公妃の魔法学の勉強の役に立ちそうか」


 ルフィーノはぼそっと呟いた。

 こうしてルドヴィカの執務室は賑やかなものとなった。


 ◆◆◆


 ルドヴィカは大公の減量計画、大公妃の執務を行いながら、二人の少年にお使いを頼んだ。

 二人は駄賃や菓子を与えれば素直に任務を遂行してくれる。

 口の悪さが難点であり、ルルとパルドンが何度も注意して少し改善が見られるようになった。


 お使いだけではなく、二人はルドヴィカの魔法学の勉強も支援してくれる。

 ルフィーノ、バルドが選択した教材がわかりづらい為、オリンドが作ったノートを提供してくれた。

 正規の教材に比べて優しい言葉で描かれていて、しかも絵や図も描かれていてわかりやすい。フローチャート式で書いてくれるのはありがたかった。

 ノートはヴィートの為に作成させたものだという。後輩、弟分ができると人は想像以上の成長を発揮することがあり、オリンドはそのタイプのようだ。


「こんなこともわからないのか。しょうがないなぁ」


 オリンドは既にルドヴィカを妹弟子と認定して、あれこれと教えて来た。ルフィーノよりもわかりやすい。

 自分よりずっと年下の少年に教えられるのは抵抗感が少しあるが、実際オリンドは良い教師なので文句言えない。むしろありがたいと思うべきだろう。

 おかげで以前より魔法理論について理解できた。


 ヴィートももちろんルドヴィカの助けになった。

 ルドヴィカの透視魔法の特訓はヴィートが一緒にやってくれる。

 魔力はルドヴィカと同程度であったが、2年前からの修練の成果で魔法はルドヴィカよりもきめ細やかであった。

 その為、自分の何が足りていなかったかと確認しやすくなった。


 数日後、ルフィーノが確認するようにルドヴィカの魔法の進み具合を確認した。

 ルドヴィカは思い出したようにルフィーノに確認した。


「ところであの二人が私を悪女と呼んでいるのはルフィーノ殿の影響ですよね?」


 ルフィーノの表情をルドヴィカは見逃さなかった。

 まさにばつの悪そうな表情であった。

 ルドヴィカはきっとルフィーノをみた。


「私のこと、悪女と呼んでいたということですか?」

「大公妃を悪女と呼んだ覚えはありません。妹のことは悪女と呼んだことがありますが」


 1年半前、彼女が滞在中に追い掛け回されて研究が滞り苛立ち何度も「悪女」と人知れず悪態をついていたことはあった。

 それを二人の弟子は見ていてアリアンヌを悪女と考え、アリアンヌの姉であるルドヴィカも悪女だろうと暴走して突っかかったのである。

 子供は意外に大人の言動をみているという例である。


「とりあえず今後の為に安易に人に悪女と直呼びしないように教育をしなければ」


 あのまま研究室でルフィーノだけに養育を任せるととんでもない大人になりそうだ。

 自分が大した大人だという訳ではないが、最低限の礼儀は覚えさせなきゃいけない。

 一般教育については後日パルドンに相談するとしよう。

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