第26話 二人の弟子

「ルルを呼んで、ください」


 疲れた様子のルフィーノは丁寧語を言い直してルドヴィカに頼み込んだ。

 何事かと考えたが、だいたいの察しがついた。ルドヴィカは机に置かれた鈴を鳴らしルルを呼んだ。


「ルル、ケーキを盗み食いした犯人だ」


 両脇に抱えられた少年二人をみてルルは首を傾げた。


「うぅ、どうして俺がこんな……師匠ひどい」

「よりによって悪女の部屋へ連行するなんて」


 反省の色のない発言にルフィーノは深く嘆息ついた。


「ええっと」


 赤髪に緑の瞳をした12歳の少年はオリンド、緑髪に金色の瞳の8歳の少年はヴィートという。

 血は繋がっていないが、兄弟同然に育った仲であった。


「どうしてそんなことをしたのかしら」


「決まっている! 悪女が最近企んでいることを調べるためだ」


 悪びれもなく発言する少年たちにルドヴィカはちらっとルフィーノをみた。


「ルフィーノ殿、他人の教育指導をとやかく言うのは憚れるけど……自由にさせすぎではないかしら」


 ルフィーノに出会った時、一度は言わねばと思っていたことですっかり失念していた。

 ジャンルイジ大公の減量計画に夢中になり、色々あったため二人の少年の素行について忘れていた。


 ルドヴィカの指摘にルフィーノは視線を泳がせる。

 彼としてはあまり興味のないことにはとことん放置だったようだ。


「師匠、何でこんな……悪女の姉には注意しなきゃ、て師匠が言っていたじゃないか」

「だから、注意して監視していたのに」


 不満気な少年の言葉にルドヴィカは首を傾げた。


「監視とは何でしょうか」


 ルフィーノは誤魔化すようにオリンドに質問した。


「きなこのシフォンケーキは美味しかったか?」

「美味しかった!」

「不思議な味だった!」


 頬がとろけるような表情を浮かべる二人の少年に、ルフィーノは「そうか」と冷たく呟いた。


「はっ、まさか師匠。あれって師匠の分でもあったのか?」


 ルドヴィカの為の菓子であったが、丁度ルフィーノが魔法学の授業をしてくれていたのでおすそ分けをしようとしていた。

 もしかしなくても結構気になっていたのか。

 そういえば、彼は甘味が好きだった。昔はジャンルイジ大公とよく食べていたと聞く。


「もう、自分のことになってから俺らを捕縛するなんて」

「今更すぎる! 今まで俺らのこと放置だったくせに」


 すっとルフィーノは視線を逸らす。

 なるほど。今までの彼らの大公妃への素行に注意はしなかったが、自分の興味の向いたきなこのシフォンケーキを奪われてようやく動き出したのか。


「ルフィーノ殿って……」


 ルフィーノがちらっとルドヴィカを見た。

 ルドヴィカはきゅっと口を結んだ。


 いっそ自分勝手だと言おうと思ったが、ちょっと憚れた。

 ここで拗ねられて協力をしなくなったら困るしと考えてしまった。


「ふぅ、それで……二人はどうしてシフォンケーキを食べちゃったの?」

「美味しそうだったから」


 素直な言葉にルドヴィカは思わず口元を緩めた。


「今はどう? まだ食べられる?」

「食べれるぞ」

「ルルに新しくお菓子を持ってきてもらおうかな、どうしようかなー。私一人だと食べきれないわ、太っちゃうわね」


 ルドヴィカの試すような言葉に二人の少年はぴくぴくと反応した。


「食べたい?」


 尋ねると二人はこくこくと頷いた。


「でも、勝手にお菓子を食べて謝らない悪い子にお菓子をあげたくないわ。楽しみにしていたのにとってもがっかりなの」


 二人の少年は互いに顔を見合わせる。


「ごめんなさい」


 意外にあっさりと謝ってきた。

 余程さっきのシフォンケーキが美味しかったようだ。


「さぁて、他に謝るべき人がいるわよねー」


 ルドヴィカはちらりとルルの方をみた。


「大公妃様、私はいいですから」

「お姉さん、ごめんなさーい」

「いっぱい監視していたら疲れてお腹すいちゃって」


 二人の少年は頭を下げた。


「今からルルの配膳の手伝いをすること! 次から私のことを悪女と呼ばないこと。今回はそれで許してあげましょう」


 ルドヴィカは少年に罰の提案をし、ルルの方へ声をかけた。


「ルル、それでいいよね」

「はい。大公妃様がそれで良いと仰られれば私は構いません」


 シフォンケーキ紛失は大層驚き、大公妃へ申し訳ないと思ったが、大公妃がそれほど怒っていないのならそれで良かった。


「それじゃあ、二人を指導してくれる? 大変だけど」

「かしこまりました。これくらいの弟の面倒をしてきたので、大丈夫です」


 ルルはくすくすと笑った。

 二人の少年と手を繋ぎ、ルルは厨房へと向かった。

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