第19話 魔法使いの興味
ルフィーノの口から出た話は、ルドヴィカから聞いた話とは随分と異なる。
彼女の言い方では協力要請を断られたように受け取ったのだが。
よく考えれば断られたという言葉は言っていなかったような気もする。
「お前はルドヴィカの1回目の面会を断ったと。てっきりアリアンヌの妹だから会いたくなかったかと」
「いつそんなことを言った。アリアンヌの場合はばかでかい魔力の無駄遣いのような魅了と言霊魔法で厄介な奴で会いたくなかった。だが、大公妃は大した魔力持ちではないし使える魔法も微々たるものだ」
恐れるに足らないと言わんばかりの発言であった。
それでも食べ物は警戒したため、ルドヴィカに持って帰らせた。
つまりルフィーノが言うにはルドヴィカの協力要請を断った覚えもないし、ルドヴィカの勝手な判断だとか。
ジャンルイジ大公は頭を抱えた。思えばこの男の考えは幼少期からよくわからなかった。天才的であるということ以外は。だいたい理解できたのは幼馴染のフランチェスカくらいだろう。
「それなら、ルドヴィカ大公妃に協力してもよいと?」
「まぁ、条件次第であるが」
条件とは何だろう。
ジャンルイジ大公はじぃっとルフィーノを見つめた。
薄暗い中でみる彼はとても絵になった。ぼんやりとした表情であるが、それが物憂げで神話の神の寵児の絵画を彷彿させる。
「今は私の顔を見れるのだな」
視線に気づいたルフィーノはふっと笑った。
気づいたジャンルイジ大公は顔を赤くして視線をそらした。
いつの間にかジャンルイジ大公はルフィーノを見るのを避けるようになっていた。
豚のように肥え、醜く映ったジャンルイジ大公に対してルフィーノは今も美しい姿であった。
次第にそれは強い劣等感となり、ジャンルイジ大公は彼の訪問を拒否するようになった。
フランチェスカの巡礼の旅以降、ジャンルイジ大公は好機のようにルフィーノに言った。
今はできることはないのだから研究に没頭したらどうだ。
なるべく会わずに済む方法を考えたのだ。
ルフィーノは特に気に留める様子もなく、それもそうだと魔法棟に籠り研究に没頭した。
残ったのは言霊魔法の影響を強く受け続けているジャンルイジ大公、そしてその副反応のように疑問を抱えずジャンルイジ大公の乱れた食生活を正そうとしない使用人たちだけであった。
「久々に大公城を訪れて、わかったよ。大公妃の言う通りたまには顔をだすべきだったと」
ジャンルイジ大公の受けた言霊魔法は根強く、アリアンヌがいなくても副反応を起こすものだった。
副反応程度であればルフィーノでも解除することが可能だ。
その肝心の副反応の存在に気づけなかった。顕在化された時はルフィーノが魔法棟にこもって随分と経過していた頃だ。
「フランに任せると言われたのに私は随分と軽薄なことをしたようだ」
ようやく自分の非を認めることができたとルフィーノは笑った。
「いや、私がお前を避けたからだ。定期的に医学の知識を持つお前に診せればよかった。お互い様だ」
しばらく静かな時間が過ぎた。
「大公妃への協力は引き受けよう。あの女は興味深い」
ジャンルイジ大公はじっとルフィーノを睨んだ。
「仮にも私の妻だぞ」
ぽそっと呟く声にルフィーノは首を横に振った。
「まさか、その意味でとらえたのか。ない、ないない」
はっきりと否定されるとそれもそれで腹が立つ。
「興味というのはあの女の知識だ」
先日、ジャンルイジ大公の肥満についてかるく話を聞いた。
一部、ルフィーノが考えていなかったものが含まれていた。
ルドヴィカは海外の書物で得た知識だというが、ルフィーノは国内外の医学書をひっくり返して読み漁った。
「睡眠時無呼吸症候群」という病名は存在しなかった。
似た体型の者に多い呼吸不全の話はあったが、病名は古い小説の登場人物からつけられた名だった。
小説に登場する少年が丁度ジャンルイジ大公のような体型であったことからつけられた。
積極的な治療法はないと記載されていた。体重を減らすことが一番なので、それは治療とみなされていない。
ルドヴィカはその病気に対して、できそうな対処を図を書きながら示した。
咽頭部周辺の解剖を理解して語られるそれはあながち悪くない発想だと感じた。
あれからちょっと実験の合間に鼻咽頭の構造を確認して魔法道具を作ってみようと考えた。鼻に取り付ける器具で、呼吸がとまったら反応して強い風を送る仕組みである。魔力を魔法道具に注ぎ込み、それを朝まで稼働するエネルギー利用ができるようにと考えているがまだうまくいっていない。
だが、悪くない発想と感じていた。
「あの女の意見をもとに作ったものがある。そのうち持ってくるから使ってみてくれ。うまくいけば快適な朝を迎えられるはずだ」
「うまくいかなければ」
「……まぁ、害はないはずだ」
どうせ無呼吸なのだから鼻がふさがっても同じだろう。
そう言おうとしたがジャンルイジ大公に変な不安を与えてしまうだろうからあえて口にしなかった。
「あの女と話したところ不思議だと思った」
「何が?」
「まるで別の世界を見て来たかのような知識だと思った」
現に、この車いす。階段横の人力エレベーター。
そして。
ルフィーノはジャンルイジ大公の枕元に置かれている書類へ手を伸ばした。
ルドヴィカが作成した運動療法のメニューだ。
「とても皇后になる予定の淑女とは思えない。ジジの肥満の治療が必要とみなすような国にいたかのような発言」
「そうだな。おかげで私の状態はよくなっている」
自力で立ち上がることなどもうないと思っていた。
フランチェスカが巡礼から終えて言霊魔法を解除したとしても、残されたのはもう動くこともできない醜い体なのだ。
半分諦めていた。
それを諦めずに声をかけたのがルドヴィカであった。
「あの女が試したいことがあるのであればなるべくさせてほしい」
うまくいったとき彼女は嬉しそうに笑ってくれる。ジャンルイジ大公をまっすぐに見つめて、彼の頑張りを褒めてくれる。
それが嬉しい。
「わかった。ただ、断られたと思われているようだし」
「そこはお前のコミュニケーションの問題だし、お前から手紙を送ってくれ」
「わかった」
ルフィーノは書類をジャンルイジ大公の枕元へと戻した。
パルドンの案内で彼は部屋をでようとした。扉から出る前にルフィーノはちらっと彼を見つめた。
「ジジ、思ったより体調がいいようで安心した」
「ああ、妻のおかげだ」
そういうとぱたんと扉は閉ざされた。ジャンルイジ大公はふぁさっと枕に体を押し付けた。顔を真上に横になると呼吸が少しきつかったが、今は少し楽になっているのを感じる。ルドヴィカ発案で枕を改良した影響だった。
他には体重が順調に減って、首回りの脂肪が少し減ったからだ。
「明日もリハビリ……早く寝ないとな」
時計をみると既に11時であった。あまり夜遅いとまたルドヴィカが指摘する。
それを思うとジャンルイジ大公はふっと口角の両端をあげた。
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