第14話 魔法使いとの面談①

 魔法棟へ行く途中ルドヴィカは大公領の庭を散歩しながら向かった。

 ジャンルイジ大公の体力が回復すれば、散歩コースも考えておきたい。

 はじめは坂道や段差の多くない場所、それでいて季節の花や池の風景を楽しめる場所がいいなと思いをはせていた。

 大公城の門をくぐるとすぐに魔法棟の門に繋がる。

 ルドヴィカはそこを通り、受付と思わしき魔法使いに声をかけた。

 すでに予約は取り付けてあるのでスムーズに中に入ることができた。


「ルル、2時間後に迎えに来てちょうだい」


 ルドヴィカは後ろに控えていたメイドのルルに声をかけた。以前彼女との会話でルフィーノに恐怖心がある様子だった。ルドヴィカの指摘で考えを改めると言ったが、それでも怖いものは怖いだろう。

 ルドヴィカの配慮に気づいたのかルルは首を横に振った。


「大公妃に指摘されてから私なりに考えました。彼を直に会ったわけではないのに噂に翻弄されて勝手な解釈をしていました。お許しいただければ一緒に参ります」


 ルルの言葉はしっかりとしていた。

 とはいえ、ルフィーノが今日面会を受け入れてくれるかわからない。

 ほぼ勝手に予約を取り付けたようなものである。手紙は返事なかったし、扉を目の前に立ちつくすだけになるかもしれない。

 ルドヴィカ訪問を拒絶するのであれば一言断りの手紙を送ってくればすむのにそれすらもなかった。


「ルフィーノ殿、ルドヴィカです。以前、予約した通りに参りました」


 魔法使いに案内された部屋の扉の前でルドヴィカはノックをして中へ声をかけた。

 静かな反応にルドヴィカは苦笑いした。しばらく立ち尽くす羽目になりそうで、ルルに一度帰って後で迎えにきてもらうように言おうかと思った。

 そんな矢先に重い音と共に扉が開かれた。


「どうぞ」


 部屋から現れ、簡潔な挨拶をしてくるのは若い20代後半の青年であった。

 茶髪と緑の瞳の端正な顔立ちであった。

 兄のバルドも顔立ちは悪くないのであるが、ルフィーノには花があった。

 けだるげに着崩した衣装はそれでいて色気を放っていた。

 だらしないが庇護欲がそそられる淑女がいそうだなと思った。


 アリアンヌはこういう顔が好きなのか。


 ルドヴィカはまじまじとルフィーノの顔をみやった。


「適当におかけになってください」


 ルフィーノに促されてルドヴィカは長椅子の方をみた。

 本や模型図が平積みにされている。

 他に座れそうな場所は見当たらない。

 ルドヴィカは仕方ないとそれらを脇へと移動させて、長椅子のあけたスペースに腰をかけた。

 そういえば例の2人の弟子たちの姿が見当たらない。御遣いにでもでているのか。いても悪女と連呼されるばかりなので、不在の方がありがたい。


「はじめまして。私はルドヴィカ・アンジェロ、先月大公家へ嫁いだ者です」

「知っていますよ。以前に押しかけて来た大公妃でしょう」


 ルフィーノは興味なさげに研究机の丸椅子に腰かけた。

 ルドヴィカには興味なさげであった。

 何故、部屋に呼んでくれたのか。話をしようとする前にルフィーノが声をかけてきた。


「これを」


 ルフィーノはぱらっとルドヴィカの前に3通の手紙を出した。

 どれもルドヴィカがルフィーノ宛にあてた手紙である。

 不愉快なものだと文句を言う為に呼び込んだというのだろうか。


「このあたり……アリアンヌ嬢の魅了魔法についての記載だ」

「ええ、それが何か」


 ルドヴィカが婚約破棄の場で把握したアリアンヌの魔法の種類について記載されていた。彼女の魔法を無効化にしたのはルフィーノというので、それについて意見を聞いてみたいと思ったのだ。


「まず指摘しておきましょう。彼女の魔法は魅了魔法以外に恐ろしいものがあり、これが厄介でした。これが大公領に甚大な被害をもたらせたのです。折角大公妃に来ていただいたので情報共有はしておきましょう」


 どうやらルドヴィカが今日訪問することも忘れていたようだ。

 以前のように放置するつもりだったようだが、手紙の内容で中へ引き入れたという。


「アリアンヌの魅了魔法以外の恐ろしい魔法とはなんですか」

「言霊魔法です」


 あまり聞き覚えのない魔法だ。

 そんな表情をするとルフィーノはそれもそうだろうと頷いた。


「滅多にない魔法形態ですからね。見たところ大公妃は魔力はそれなりにあるようですが……その程度ではアリアンヌ嬢の魔法形態を解析するのは厳しいでしょう」


 明らかな能力の低さの指摘であるが、ルドヴィカは気にしていなかった。ルドヴィカの魔力が低いのも、魔法が拙いのも事実だ。


「言霊魔法は言葉に力を持たせることです。彼女が言ったことには強い発動力を持つ。命令であればそのように、事実と異なることでも彼女が言えばそんな気がしてくる。彼女を魅力的に感じれば感じるだけその力は強く発揮されます。時に人に強い不安障害を引き起こします」

「そこまでの症状に至った者がいるのですか?」


 アリアンヌの魔法によって。

 ルドヴィカの言いたいことをくみ取って、ルフィーノはこくりと頷いた。


「複数確認できています。ほとんどが治癒魔法で回復できましたが、特に酷いのが3人。ジ……大公殿下、メイドが1人、アリアンヌ嬢の教育係が1人です。メイドと教育係はようやく快方の兆しがみえておりますが」

「あの、殿下は?」

「見ての通りです」


 回復しているようにみえるかと暗に言われているようだった。

 ジャンルイジ大公はアリアンヌの言霊魔法に強い影響を受けて、部屋に引きこもり、食生活もあのようになってしまった。それでも大公としての義務感から仕事は続けていたが、それによる多忙さに彼の症状をさらに悪化させていた。


「大公殿下にアリアンヌは言霊魔法を使ったと」


 ルフィーノはこくりと頷いた。アリアンヌが立ち去った後にルフィーノは神官と共に彼の状態を解析していた時期があった。ようやくルフィーノから明かされたアリアンヌからの言葉を聞いて呆気にとられた。大公城でやりたい放題だったアリアンヌの言動から予想ができた内容であるが。


『あなたのような豚大公は私の視界に入らないで頂戴。そのまま部屋に閉じこもっていればいいのだわ』


 あまりに直接的な酷い言葉である。

 相手が大公であろうとなかろうと言ってはならない、論外な台詞である。


「何であんなことを言ったのかな……」

「おたくの教育はどうなっているのです」


 嫌みの言葉にルドヴィカはぐさっと胸が刺さった。

 アリアンヌの教育についてはルドヴィカは一切かかわっていない、とは言えない。一応彼女と一緒におでかけすることはあり、彼女の言動で宜しくない場面があれば帰宅時に注意をしていた。その度にアリアンヌは姉にいじめられたと父母にちくり、後日母親に叱られる日々でルドヴィカは段々アリアンヌと一緒に過ごすのを避けるようになった。

 大公領へ行く前に失礼なことがないように念のため教育係を一人提案しようとしたが母親にはねのけられた。

 輿入れ前、大公城で花嫁修業の期間を設けるから心配ないと。

 それが心配なのだがと言いたかったが、ルドヴィカの声は家族には届かずアリアンヌは上機嫌で大公領へと旅立った。その半年後に逃げ帰って今に至る。

 自分にはどうすることもなかったと言っても、被害を受け続けた大公領ではそれは通じない。


「何も言えません」


 ただそれを言うとルフィーノはふぅっとため息をついた。


「あなたがアリアンヌの魔法を無効化したという話も聞きました。それがなければ大公領はどうなっていたかと思うと……」

「彼女の言霊魔法を無効化する方法は完全ではありません。神官と協力して作成したものですが、彼女の魔法にかかった軽症の者にだけ効いた感じで神官の神聖魔法の方が効果的でした」


 アリアンヌを追い出した日のこと。

 相変わらずルフィーノを追いかけるアリアンヌに対してルフィーノは完成させた魔法道具でアリアンヌの取り巻き従僕たちを無力化させた。それでも中等度以上の魔法に中てられたものがいて、それは一緒にいた神官が何とかしてくれた。

 自分の思い通りになると信じていたアリアンヌにはショックで、正気に戻った者たちからの非難の言葉に耐えられずアリアンヌは故郷へと逃げ帰った。

 追いかけて捕らえることも考えたが、大公城の者たちはアリアンヌに関わり合いを持ちたくなく彼女の逃亡を見逃した。


「あとはアリアンヌ嬢の被害に遭った者たちの治療ですよ」

「それで大公殿下の治療はうまくいかなかったの?」

「余程強い言霊魔法を使ったのでしょう。神官が全力で治療に取り掛かりましたが、無理でした。そうこうしているうちに1年、2年と経ち……」


 それでも神官の神聖魔法が言霊魔法の無効化に効いたということを頼りに神官はレベルアップをして再度治療に取り掛かることとした。

 そのレベルアップの方法が巡礼である。1年前に彼女は巡礼の旅へでかけて2年後に戻ってくると宣言した。


「そう、彼女はそれで巡礼の旅に出たのね……彼女?」


 ルドヴィカは首を傾げた。


「治療にあたった神官、大公領一の実力を持つ神聖魔法の使い手はフランチェスカ・ヴィータ。ヴィータ伯爵家令嬢、私とジジの幼馴染です。聖国に留学していましたが、アリアンヌ嬢の横暴で助力嘆願で帰還してもらいました」

「そうだったのね……ジジってどなた?」


 急に出た名前にルドヴィカは首を傾げた。今までジジという名の者が話に出ていただろうか。

 名前を無意識に出していたルフィーノは「あ」と思わず口を押えた。

 ルドヴィカには知られたくなかった呼び名のようである。

 今の話題で重要な部分ではないのでスルーしておこう。

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