第13話 コンプレックス
運動療法も順調に進んでいることが確認とれてルドヴィカは上機嫌であった。
心なしかジャンルイジ大公の顔立ちが前よりすっきりしているようにみえる。
以前は首まわりは何重も皮膚がたわんでいたが今は二重程度にみえる。
むくみも少しだけ改善されたようにみえた。
食事療法と運動療法、まだ基礎動作のみであるが目に見えた成果がみえるというのは嬉しいものだった。
「そんなに嬉しいのか」
顔に出ていたようでジャンルイジ大公は呆れたように声をかけてきた。
「そりゃぁね」
ルドヴィカは上機嫌に本日のスープを楽しんだ。
はじめは抵抗していたルドヴィカとの食事も今は当たり前のように過ごせている。諦めたといった方がいいのかもしれない。
「ところで殿下、ビアンカ公女のことですが」
ルドヴィカは昼のことを思い出した。
「一緒に食事をいたしませんか?」
「それは」
勿論食堂でまだ食べられる段階に至っていない。
立位保持、車いす移乗の訓練を済ませて、車いす用エレベーターが完成するまで待つ必要があった。
「公女をこの部屋へ招待するのです」
今まで失念していたが、ビアンカ公女は今食堂で一人食事をとっている。
前世の頃もそうであった。
そして今も。
まだまだルドヴィカに警戒しているとはいえ、ジャンルイジ大公からの招待であればビアンカ公女は受け入れるのではなかろうか。
ルドヴィカ、ジャンルイジ大公、ビアンカ公女の三人で家族としての交流を持つきっかけになればいいなとルドヴィカは考えた。
しかし、ジャンルイジ大公はあまり色よい返事をしなかった。
「それは、できない」
「でもビアンカ公女は今おひとりで食事をとられて」
「それならばお前が一緒にとってあげればよいだろう」
「それができれば苦労しませんよ」
ルドヴィカ自身、何度か食堂へ向かったが、ビアンカ公女に締め出されてしまった。
厳重な鍵をかけられてしまい中に入ることもできない。
使用人たちを懐柔できたとはいえ、ビアンカ公女の発言力の方が上なのだ。
「ねぇ、殿下の家族なのですよ。やはり血縁の殿下が一緒の方が公女も喜ばれると思います」
ルドヴィカの言葉にジャンルイジ大公は自嘲した。
「こんな醜い姿……ビアンカの食欲が失せるだろう」
どういう訳かジャンルイジ大公は自分の容姿に強い劣等感を抱いていた。
部屋からでるのも、部屋へ入る者が今まで限られていたのもジャンルイジ大公は自分の姿を見せたくなかったがためである。
どうして彼はここまで劣等感を抱いてしまったのだろうか。
神経性過食症かもしれない。
肥満症の要因には精神の不調もあげられる。過度なストレスにさらされている状態、それが仕事によるストレス、社会性・対人への恐怖、自身へのコンプレックスと様々である。
残念であるがルドヴィカには精神疾患を治すだけのスキルを持たない。
それにしてもかつての英雄が何故あのように自分の身体に劣等感を抱いているのだろうか。
何がきっかけか。
神経性摂食障害の場合は女性が同性からの体格への指摘から神経障害が起きることがある。同性家族への強いコンプレックスを抱く例も。
誰かに強く外見を非難された可能性がある。この大公領で英雄であり名君でもある彼を非難できる者などいるだろうか。
いた。
ルドヴィカは妹の姿を思い出した。ジャンルイジ大公が引き籠った時期と丁度重なってしまう。
血縁者でもないし、同性でもないが、ありえなくはない。
ちょうど軽度肥満になりかけていたジャンルイジ大公をみて色々言葉を投げかけたのではないか。
大公に嫁ぐ予定のアリアンヌに対してルドヴィカは帝国一の美形、スタイル抜群のカリスト皇帝が婚約者であった。
我慢できなかったのはありそうだ。
姉の私が言うのも何だが彼女はかなりの面食いで、自分の容姿に絶対の自信を持っていた。そして短気だった。
それでも妹は愛らしく父母だけでなく周りから可愛がられ絶賛された。
妹は金髪、紫色の瞳と高貴な血筋の象徴ともいうべき外見を持つ美少女であった。
ルドヴィカは彼女と容姿を比較されることがあった。
自室へ戻る途中ルドヴィカは窓に写る自身の姿をみた。
後ろでに括りあげているが見事なウェーブのかかった鼠色(ブルーグレイ)の髪であった。
ここ最近忙しくてまじまじと自分の髪をみていなかった。
ルドヴィカはこの髪に劣等感を抱いていた。
母はルドヴィカではなく妹のアリアンヌばかりを可愛がり、ドレスも髪飾りもアリアンヌを優先して選んでいた。ルドヴィカは自分でメイドの助けを選ぶしかなかった。
幼い頃から影で言われていたのを知っている。
美しい高貴な象徴を持つ妹、みすぼらしい鼠色の髪をした姉。
どうして皇太子の婚約者は姉の方なのだろう。
ルドヴィカは自信喪失しそうになったが、それでもカリストの役にたとうと努力した。皇后の勧めで一緒に庭を散歩したりお茶を飲みながら過ごしたりと交流を持っていたが、皇太子の態度はいつもと変わらず線を引かれていた。
そのカリスト自身が影で言ったルドヴィカの容姿への不満を聞いた時はどれだけショックだったか。
いっそ髪を変えてしまおうと思ったが、さらに影で言われるのが目に見えている。切ってしまいたくても淑女の嗜みで髪は男のように短くすることはできなかった。
「彼のコンプレックスにもう少し踏み込めればいいのだけど……」
踏み込み間違えれば、ジャンルイジ大公から線を引かれる可能性はある。ルドヴィカの要望に応え自由にさせてくれているが、容姿のコンプレックスは彼自身も警戒しているだろう。
やはり精神症状にも詳しい協力者も早めに見つけたい。
この世界では精神科医という職業はあるにはあるが、本を読むには荒療治が多い。どちらかというと傾聴を得意とする聖職者にまずはお願いしたいところだ。
パルドンから聞いたが、ジャンルイジ大公の親友である聖職者がいたらしいが今は巡礼の旅にでかけているという。
その者から色々と話を聞きたいのであるが、戻ってくるのにあと1年はかかると言われた。
「はー、自分で何とかすべきなのかなー」
夜の支度を終えたルドヴィカはベッドにごろんと横になった。
「あ、明日だった」
ルフィーノへの面会要望の日は。
一応予約として取り付けたが、面会できるかはわからない。
前日のように扉前で立ち尽くすだけになるかもしれない。
結局手紙の返事は届くことはなかった。
「まぁ、ダメ元でいくか」
何度かしてダメであれば、魔法棟の他の協力者を探すしかない。
そう思っていたら、思いのほか当日ルフィーノの部屋の扉はあっさりと開かれた。
お土産の品を持ち気合を入れて、2時間は待つ予定だったのだが拍子抜けであった。
前日のあれは何だったのだろう。
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