第10話 リハビリを開始
ジャンルイジ大公の部屋まで行くと既に騎士2人が待機していた。
どちらも屈強な筋肉を持つ勇ましい騎士である。
茶髪・青い瞳の方はトヴィア卿、黒髪・緑の瞳の方はガヴァス卿である。
前回、ジャンルイジ大公の体を清拭する際支えてくれていたのが彼らである。
「二人とも来てくれて嬉しいわ」
ルドヴィカの姿を認め、二人は一層気を引き締めている様子だった。
「二人を呼んだのはほかでもない殿下の為よ」
ルドヴィカの言葉に二人はごくりと喉を震わせる。
ここ数日彼らの様子をみるが、彼らは決してジャンルイジ大公の部屋で行われていたこと、様子を喋る様子はなかった。同僚騎士に詮索されても主君のことを根掘り葉掘り聞くのは不敬と嗜める程だ。
オルランド卿が認めただけあり、口の堅さは信用できる。
「これから二人には殿下をより一層支えてもらいたいの。お願いできるかしら」
「勿論です」
「大公家の騎士になった時より生涯かけて大公殿下をお支えする覚悟!」
模範的な解答でルドヴィカは思わずほっこりとした。
このような屈強な男であるが、実年齢70歳のルドヴィカからすれば若者の勤勉さと真面目さは見ていて微笑ましい。もうちょっとくだけてもいいのよとつい言いたくなるが、今ここで必要なのはジャンルイジ大公の治療である。
「そう。では行くわよ」
ルドヴィカは扉を開けて、ジャンルイジ大公の元へ訪問した。
「さぁ、大公殿下! 運動のお時間ですよ」
ルドヴィカの言葉にジャンルイジ大公は目をぱちぱちとさせていた。
肥満症の治療の基本は食事と運動である。原因が何であれ、それは変わらない。それらを徹底しても肥満改善しない病気もあるにはあるが、ジャンルイジ大公の数日の経過をみると食事療法は効いているようだ。
足の浮腫み具合が各段に違う。
「さぁ、殿下。殿下はどのような運動をなさいますか」
「昔は腕立て伏せとか……走り込みとか、剣の鍛錬とか……」
ジャンルイジ大公はこれでも騎士だった。戦争でばりばり活躍していた英雄である。
肖像画でも立派な体格だったのが残されている。
「そうです。ですが、今の殿下はそれらを行うことが厳しいです」
「じゃあ、どうするのだ」
「まずは基本動作を目指して、レジスタンス運動を始めましょう」
レジスタンス運動とは筋肉に負荷を与える運動である。
筋トレである。
「今の体格では腕立て伏せ、スクワットなどは厳しいです。無理にしようとすれば怪我してしまいますので」
ルドヴィカは両手で×のポーズをとった。
「まずは無理をしない範囲で筋肉に刺激を与えましょう。長い間歩くこともなかった足です。横になった状態で両足をあげる。これを30秒頑張ってください! 数えますよ」
騎士の一人に時計をみてもらう。
1,2,………8、と8秒でジャンルイジ大公の足はダウンした。
まぁ、こんなものか。
ルドヴィカは想定内であった。
他にも横になった状態で腕を上へ延ばし、維持させてみる。
これは普段デスクワークのおかげで足よりましな長さを維持していた。
それでも13秒であるが。
「このように殿下の筋力は著しく低下しております。まずは基礎動作の徹底、これらを目標秒数クリアできれば自力座位と立位保持の練習をさせます」
ルドヴィカは紙に記載している絵を騎士たちに披露した。
それらは人型の絵がいくつも並んでいた。
どのような姿勢を維持させるかを細かく記載してあった。
過去、朱美時代に廃用(安静状態が長く続き、筋力低下、心肺機能低下、精神状態不安定などに至った状態のこと)に至った患者のリハビリ処方をしていたのを思い出して記載した。
内容メニューはほとんどリハビリスタッフに任せてあったが、ルドヴィカが思い出せるだけの無理のない基礎動作である。
「時間はいくらかかってもいいわ。急に無理な動作をさせれば心臓に負担が起きるのだから注意して。あと、ゆっくりと動かすのを目指してちょうだい。イメージとしては筋肉をびっくりさせないように。この前練習させたペースを忘れずに行うこと」
実はこの数週間、ルドヴィカは騎士たちにリハビリの方法を説明した。
今のジャンルイジ大公の問題点をあげながらである。
今まで厳しい鍛錬を耐えてきた騎士にはもどかしいこともあるかもしれない。
何度か騎士二人と会話すると理解は良好であった。
彼らとしても久々に出会ったジャンルイジ大公の変わりようにかなり衝撃を受けたようで本当であれば悠長なことをせずに自分たちと鍛錬をさせるのが良いという考えだった。
ルドヴィカの無理な鍛錬はかえって故障の原因になるということを何度も聞かされて、ようやく納得してもらった。
さっそく二人の騎士の補助のもとジャンルイジ大公はベッド上で体をひねる動作を試みた。自力で維持するのは厳しいから騎士が支えてやる。
彼らはルドヴィカの注意を忘れずにジャンルイジ大公の呼吸数、脈数も把握しながらリハビリを開始した。
本当なら人体の知識を熟知した医者の助手にリハビリを頼もうと思ったが、あの巨体であれば簡単に支えるのは厳しい。
立位訓練の際にジャンルイジ大公が倒れそうになったときに支えられるだけの力を持つスタッフが必要だった。
トヴィア卿もガヴァス卿もルドヴィカの希望に添った人材であり、それをチョイスしたオルランド卿に感謝をした。
数日して問題なく二人に任せられると判断したルドヴィカは部屋を出ることとした。女主人の仕事も残っていることだし、他にも手配しなければならないことがある。
ルドヴィカが席を外したのを確認してジャンルイジ大公は情けない声をあげた。
「うぅ、情けない。こんなこともできないなんて……お前たちもさぞがっかりしているだろう」
こんな基本的な動作ですら息切れを起こす自分の変わりように落胆していた。
「殿下、そんなことを言わないでください」
トヴィア卿は体を支えながら声をかけた。
「殿下は長い間大公領を守り、そして今も大公領の発展の為に尽力尽くしてくれているのは知っています」
「だから、我々は少しでも殿下の力になりたいのです」
これがジャンルイジ大公の復帰の助けになると信じていた騎士二人はジャンルイジ大公に次の動作を勧めた。
呼吸が乱れているので少しの休憩を挟みながら、二人は根気強くジャンルイジ大公のリハビリに付き添った。
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