第11話 厨房での出会い

 ルドヴィカがジャンルイジ大公の部屋から去った後に向かった先は厨房であった。

 料理人に依頼していた試作品を確認していたのだ。


「うーん、少し苦みが強いような……」


 料理人が作ったのはスムージーであった。

 この時代にミキサーがあるのに感動したルドヴィカは彼らにリクエストしたのだ。

 スープやジュース作成にしか利用していなかったが、料理人は多くの野菜や豆類を選別してスムージーを提案した。

 見た目は酷い色であるが、味は飲めなくはない。

 やはり多少の糖質は入れておいた方がよさそうだ。


 甘味のあるトマト、果実類などを。


 ルドヴィカが今考えている方法はスムージー置き換え法である。

 1日の1食を、このスムージーに置き換えるのだ。


 本当は朱美の世界にあるフォーミュラ食があれば便利なのだけど。


 フォーミュラ食というのは糖質、脂質を少な目にし必要なたんぱく質やビタミンを含めた肥満治療補助食品である。

 製造方法はあまり知らないので、野菜たっぷりのスムージーを作るのがせいいっぱいだ。


 これで1日の摂取カロリーを抑えられないかと模索しているのだが、肝心のジャンルイジ大公が食事をこれに替えるのを受け入れてくれるだろうか。

 さすがに食事の代わりにこれは可哀そうかもしれない。

 ただでさえルドヴィカ提案の食事時間に付き合ってくれているのだし。


「お菓子……食事の合間の空腹感に対して利用するのがいいかな」


 利用する時間をルドヴィカは考えた。そうなればもう少しタンパク質も入れておきたい。レジスタンス運動の後に飲ませてみたかった。


「お前、何てものを作っているの」


 横柄な言葉遣いでルドヴィカに声をかける者が現れた。

 この厨房でルドヴィカにそのような物言いをできる者はいない。

 例のルフィーノの弟子かと思い、ふり向いたら可愛らしい8歳の少女が不機嫌そうにルドヴィカを睨んでいた。


「まさか、その得たいの知れないものをお兄様に飲ませようとしていないわよね」


 警戒心の強い雰囲気、その上で発せられる言葉で彼女が何者かすぐにわかった。

 ビアンカ公女である。

 ここ数週間、ルドヴィカの挨拶訪問をことごとく拒否した存在だった。


「まぁ、公女様。おはつにお目にかかります」


 ルドヴィカはすぐに姿勢を直した。

 長期戦になるだろうと思っていた公女との対面がここで叶うとは思わなかった。


「私はルドヴィカと言います。どうか私のことは姉とお呼びください」

「いやよ」


 ビアンカ公女はつんとそっぽ向いた。

 アリアンヌのこともありルドヴィカには良い印象を抱いていないのは知っていた。


「それより何なの? それ」


 グラスの中に入っている緑色の液体をみてビアンカ公女は信じられないといった表情を浮かべた。

 見慣れないものには確かに不快な色にみえるだろう。


「緑黄色野菜をミキサーにかけたジュースです」

「まさかそれをお兄様に飲ませようと思っていないでしょうね」


 正解である。


「あなた、うちのお兄様を家畜かなんかとでも思っているのかしら。聞けばお野菜ばかり食べさせているとか」

「野菜ばかりではありませんよ。ちゃんとタンパク質も糖質も取り入れたバランスの良い食事メニューにしてありますよ」

「あなたがお兄様からお菓子を取り上げて野菜ばかり食べさせているというのは」


 必要外の糖質・脂質を摂らせない為の措置を思い出し、ルドヴィカはああと頷いた。


「私のお兄様は大公なのよ! ここの一番偉い人」

「それは存じています。異民族の脅威を長年退けた英雄、戦後復興の為に力を尽くしている名君と」

「わかっているのだったらすぐにお兄様の食生活を介入するのはおやめなさい。あの女の姉がお兄様と一緒に食事を摂るのも烏滸がましい」


 最後の言葉を聞きルドヴィカはああと合点がいった。


「では、今夜は大公殿下の部屋で一緒に食事をとりませんか」


 ビアンカ公女の食事は基本食堂であった。

 ジャンルイジ大公が食堂まで動けるようになるまではと思っていたが、何もそこまで待つ必要もない。

 ジャンルイジ大公の部屋で一緒に食べればいいのである。


「ば、何を言っているの。お兄様のお部屋で食事など……」

「おかしくないと思いますよ。ビアンカ公女は妹なのだから、兄の私室で食事摂っても問題ないと思います」


 そう考えれば急いで準備をしなければ。ジャンルイジ大公の部屋には広めのテーブルを置くスペースが十分ありすぎる。

 早速執事長に頼んでテーブルを入れてもらわなければ。


「私、ずっとビアンカ公女と一緒に食事をしたかったのです。公女は好きな食べ物ありますか? 嫌いなものは」

「必要ないわ! 誰があなたとなんか……お前なんか本当は大公妃になる予定もなかった女なのに」


 ビアンカ公女はむきーと叫んで、厨房から立ち去った。外に控えていたメイドは慌ててビアンカ公女の後を追いかける。

 取り残されたルドヴィカに対して料理人たちはどうしたものかと途方に暮れていた。

 何と声をかけた方がいいかと。


 気を遣っているようだが、ルドヴィカは特に何とも思っていない。

 あのビアンカ公女でもジャンルイジ大公の招待であれば聞いてくれるだろう。

 そんな楽観的な考えが浮かんだ。

 早速本日の夕食にジャンルイジ大公に声をかけてみよう。


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