第9話 手紙を書く

 ルドヴィカはふぅっとため息をついた。

 ルフィーノに手紙を送ってみたが、一向に返事はこない。


 彼の研究内容についての感想を述べて、今後の活躍を期待していること。そして今ルドヴィカが考えていること、協力してくれれば研究支援を惜しまないと書いたのだが簡単にはつられてくれないようだ。


「もう一度訪問する予定日までに少しでも関係をよくしようと思ったのだけど、ちょっと媚びすぎたか」


 それなら日頃の差しさわりない世間話でも送ってみるか。

 日記にでも書けと思われそうだ。


「正直にアリアンナのことを書くかな」


 本人は思い出したくもないことだろう。

 彼女が追い掛け回して、ルフィーノの研究の邪魔をしたことを謝罪した。

 そしてアリアンヌの魅了魔法を無効化したことに関して讃えた。


「彼の魔法の能力……これは素晴らしい。新しい魔法、道具の開発への姿勢も素晴らしくこれからの私の計画に役立てる逸材間違いなしで惜しすぎる!」


 バルドが送ってくれたルフィーノの今までの経歴を読むとルドヴィカは諦めきれなかった。

 攻撃魔法に特化しているというが、重力魔法や水魔法、電磁波魔法、透視魔法にも優れている。


「大公妃さま、そんなにルフィーノ・フィオーレに協力を望まれるのですか?」


 お茶を運んできたメイドの言葉にルドヴィカは無意識に反応した。


「そうよ。ここまで器用にこなせるなんて是非協力してほしい逸材よ。しかも医学・人体構造にも詳しい!」


 女主人の熱烈な言葉に少し複雑そうな表情であった。


「大丈夫よ。彼を愛人にしようとか考えていないから」


 さすがに大公妃である身、不貞はダメでしょう。

 未だにルドヴィカはアリアンヌの姉ということで、男を囲っているという噂が流れていた。

 計画の為に、料理人や技術者に声をかけたり、口の堅い騎士を呼び込んだりしているのでそれがいけなかったか。


 幸い騎士団の間の噂はもみ消してもらえた。

 以前ルドヴィカの結婚式で代理新郎していたオルランド卿が働きかけてくれたのである。

 そういえば、前世の自暴自棄ルドヴィカに対しても礼儀を尽くした騎士であった。ビアンカの叛意による戦争で戦死してしまったが。


「いえ、そういう訳ではないのですが」


 メイドはそわそわしていた。言うべきか言わないべきか悩んでいるようだ。


「何? 言いたいことがあれば言ってごらんなさい」


 主人の許可を得てメイドはおずおずと答えた。


「ルフィーノ・フィオーレは怖くないのでしょうか」


 ぽつっと出た言葉にルドヴィカはうーんと首を傾げた。


「何でかしら」


 確かに、あんなぶっきらぼうな研究気質な男は苦手な女性はいそうであるが。


「あの方は……先の戦争で、多くの敵兵を殺した黒魔術師です」


 攻撃魔法に特化しており、それをさらに強化する道具を開発した。

 押し寄せてくる騎馬兵らを攻撃魔法で攻撃し、一瞬で百騎を屠った。

 遠隔魔法で、敵陣の飲み水の中に毒を放り込み全滅したこともあった。

 騎士団からは彼を死神と呼び恐れられていた。


「いくら敵でもあまりに酷いと批判があり……もしかしたら彼が今作っているものは城内によからぬものだったりと」

「ストップ」


 ルドヴィカはそれ以上聞きたくないと止めた。


「自分で聞いておきながら悪いけど、それを命じたのか指揮官クラスの騎士でしょう。ルフィーノだけを恐れるのはちょっと変じゃないの?」

「え、でも……」

「ルフィーノが怖いのなら、騎士団の指揮官クラスも怖いのでは?」

「彼らは国を守る英雄で」

「ルフィーノも国を守るためにそうしたのよ」


 やり方は確かに褒められるものだとルドヴィカは言えない。

 だが、ルフィーノの力をそのように利用したのは大公領である。


「ルフィーノが怖いのかどうかは実際会ってから決めるわ。でも、私は彼の力が欲しいの。それを決して災いをもたらすために利用しようと考えていないわ」

「そんな、大公妃様を疑っている訳では」

「そうね。もし、ルフィーノの助力が得られたら、あなたが接触しないように気を付けるわ」

「いえ、そんな……大公妃様に配慮していただくなんて」


 困った様子のメイドをルドヴィカはじぃっと見つめた。


「私自身ルフィーノ・フィオーレを存じないのに勝手な解釈をしていました。お許しください」


 メイドは自分の発言が余計なことだったと感じ、ルドヴィカに謝罪をした。


「別にいいのよ。私が聞きたいと言ったのだから。世間で彼がどう思われているか何となくわかったわ」


 魔法の歴史、科学の歴史、医学の歴史に貢献しているよき研究者と呼ばれる反面、戦争では多くの敵を屠った恐ろしい魔法使いと呼ばれている。

 これからは前者のみの彼が認められるようになってほしい。

 前世の戦争で魔法棟は襲撃され、多くの魔法使いたちが命を失った。その中にルフィーノの姿はあり、彼の開発した道具により帝国軍の騎士たちが苦労したため街で遺体を晒されていた。


「よし! しんみりとした話はここまで。こういう時は体を動かすのよ!」


 ルドヴィカは立ち上がり、背伸びをした。

 メイドに頼み、動きやすい服を用意してもらう。

 これも仕立て人に頼んで作ってもらったものだ。

 騎士たちが着ている訓練着を参考にしてある。


「トヴィア卿とガヴァス卿を呼んでおいてくれる? 待ち合わせ場所は大公殿下のお部屋の前」


 部屋へ向かう途中にルドヴィカは見覚えあるメイドに声をかけた。ビアンカ公女のメイドである。


「どうだった?」

「申し訳ありません。大公妃様に会う気はないと……」


 困ったように応える内容にルドヴィカは苦笑いした。

 ルフィーノ以外にも簡単に心を開いてくれない存在がいた。

 それはジャンルイジ大公の妹ルドヴィカ公女である。

 まだ8歳の少女は生まれて間もなく母を産褥死で亡くし、物心つく前に父は戦死した。

 その為若くして大公位についたジャンルイジが父親の代わりを務めていた。


 ――「あなたたちのせいよ!」


 未だに忘れられない少女の泣き声が脳裏に浮かんでくる。

 彼女とはじめて出会ったのは結婚式の後の顔合わせの時、その後は自暴自棄のルドヴィカが部屋に閉じこもっていたので会うことすらもなかった。

 ジャンルイジ大公が崩御したと知り、慌てて葬儀へかけつけた時にビアンカ公女に再び出会った。


 ――「あなたたち姉妹は私からお兄様を奪った。それなのに最後の時間まで横やりをいれないでちょうだい! 本当はあなたなんて身一つで追い出してやりたいけど、お兄様の遺言だから仕方なく年金は手配しておくわ。だからもう私に構わないで!」


 放たれた言葉はそれであった。

 そしてルドヴィカは葬儀場へ入ることは許されず、ビアンカ公女の命令でジャンルイジ大公が用意した小さな屋敷へと送り出された。


 もし自暴自棄にならずに彼女と交流しようとすれば少しは違っていたのかもしれない。まだ10歳にも満たない幼い少女が大公位を継ぎ、14歳になったときに奸臣に惑わされて叛意を示さなければ彼女は破滅せずに済んだ。その時にルドヴィカが役割を放棄せず、彼女に認めてもらえばビアンカ公女の破滅は回避できたかもしれないのに。


「申し訳ありません。大公妃様、公女様にはまだ時間が」

「ええ、必要でしょうね」


 前世のつけを今払わなければならないだけである。

 ルドヴィカはいくらでも彼女を待つと伝えた。


 ジャンルイジ大公を死なせない必要がある。

 そのために頑張らなければとルドヴィカは奮起するのであった。


 そういえば、ジャンルイジ大公の死因て何だったのかしら。


 前世はほとんど彼と会うこともなかったし、どんな最期だったかも知らない。

 知ろうとしても、ルドヴィカの元へは情報は届かなくなってしまっていた。

 先日届けられた血液検査のデータでは特に内臓の異常は見当たらなかった。

 腎機能も問題ないし、肝臓は少し脂肪肝だなと思う程度。

 心筋梗塞、脳梗塞、何かしらの血栓が肺の血管に詰まったのか。

 ルフィーノを味方につけてから調べてもらう必要があった。

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