Chapter1-6 先代の勇者

「え? ええっ!?」


 会話の途中で突然、俺の視界が赤色に染まった。そして同時に、自分の身体にドンと衝撃が走る。



「な、なななっ!?」


 一瞬、誰かに攻撃をされたのかと思った。しかしそうではなかった。赤髪の少女が、俺のことをギュッと抱きしめていたのだ。


 俺の胸に顔を埋めたまま動こうとしない。鎧を装備しているせいで女の子の柔らかさは感じられないが、その代わりにふんわりと香る花の匂いが俺の鼻をくすぐってきた。


 くそぅ。ゲームのくせに、こんなところで変にリアルさを出してくるなよ!!



「き、君はいったい……」

「アタシは勇者ユースティティア。先代の勇者よ」

「先代の勇者ぁ!? って、どうしてこんなところに? たしか魔王との戦いで、敗れたはずだったんじゃ……」


 俺が驚きの声を上げると、ユースティティアと名乗った少女は少し目線を外しながら気まずそうに口を開いた。



「その通りよ。56年前、魔王との戦いに敗れたアタシは、奴の呪いで魂を聖剣に封印されていたの」

「剣に封印って……それじゃまさか、このボロっちい剣がキミだったのか!?」

「ちょっと! 見た目で馬鹿にしないでっていってるでしょ!?」

「す、すまん……」


 今にも殴り掛かられそうな怒りの表情を向けられ、思わず素で謝ってしまった。


 ……しかし、驚いたな。先代の勇者の情報は僅かながらに知ってはいたけど、まさか剣に封印されてしまっていたとは。それに俺はてっきり、勇者は魔王に殺されてしまっていたのかと……。



「(それにしても、この子が勇者様か……俺の先輩にあたるわけだが、見た目はせいぜい高校生ぐらいの女の子だよな)」


 吸い込まれそうなほど綺麗で大きな瞳。整った眉毛。そしてぷるんとした唇。背は小さくとも出るところは出ていて、女性らしい。彼女を形作っているどの要素も魅力的だ。こんな美少女と話すのなんて、初めてかもしれない。


 え、キリカがいるだろって? あれは幼馴染だからカウント外だ。



「(こんなに可愛らしい子が、俺をぶっ殺した魔族の親玉と命懸けの戦いを? にわかには信じられないな。たしかに物怖じしなさそうな性格ではあるけれど)」


 困惑しつつも小さな勇者をジロジロと観察していると、ユースティティアはキッとこちらを睨みつけた。



「なによ、そんなにアタシの顔を見つめて。もしかしてアタシが本当に勇者なのか疑ってるワケ?」

「い、いやそうじゃなくって。剣に封印されていたのに、どうして急に出てきたのかなって不思議に思って」


 思わず誤魔化してしまったが、ユースティティアはウンウンと頷きながら「たしかにそれは気になるところよね」と納得した様子を見せた。



「アタシがこうして姿を現すことができたのは、貴方のおかげよ」

「……もしかして。それがさっき言っていた、俺が自由を奪ったっていう」

「そう。28年前のあの日、キミがあの魔族から所有権を奪ってくれたでしょ? そのおかげで、今はこうやって聖剣の精霊として自由に存在しているってワケ」


 なるほど。それで死ぬ間際にユースティティアの姿が見えていたのか。どうりでキリカが『赤髪の少女なんて見ていない』って言うわけだぜ。


 つまり俺のように魔族から剣を奪取できていなければ、他のプレイヤーは彼女と出逢えないってわけだな。



「どうしたのよ。今度は苦虫を嚙み潰したような顔をして」

「いや、あのー、うん」


 美少女とお近づきになれたことは嬉しい。今も抱き着かれたままで物理的にも近いし、めっちゃ幸せだ。


 だけど今の状態って、ゲーム的に大丈夫なのだろうか?


 だってコレ。負けが確定しているイベントで、俺はラスボスの所有物を奪っちまったってことだろ?


 しかも封印されていた勇者が解放されて、プレイヤーに会いに来るって……偶然が積み重なった結果とはいえ、この先どうなっちまうんだ?


 AIがあらゆる要素や状況を瞬間的に判断して、シナリオを随時変更・構築していくらしいが……ここまで大きなイレギュラーがあっても、ストーリーはちゃんと整合化されて繋がっていくのだろうか?

 

 そもそもだ。剣を奪われたことを知った魔王がブチ切れて、俺のところに襲撃なんてして来たら……。



「アカン、そんなの一巻の終わりじゃないか……」


 初期ステータスで弱っちい俺がラスボスを倒せるわけがない。


 このAWOはリセットすることができないため、最初からやり直すこともできない。



「(はぁ……もうどうにもならなかったら、このゲームから引退しよう)」


 ともかく、こうなってしまったからには仕方がない。現状、ゲームの進行が不可能とかになったわけじゃないみたいだし、取り敢えずはこのまま進めてみようか。




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