Chapter1-5 平原での再会


 キリカと別れた後。


 俺は最初の村へと帰還していた。



「――やっぱり駄目だったか」


 少し時間を掛けてからゆっくり目を開けると、そこには以前のような田舎の小さな村の姿はどこにもなく、草だけが生えた物寂しい平原が広がっていた。


 さらさらと涼しい風が頬を撫でる。まるで最初からここに何もなかったよ、と囁くように。



「分かってはいたけど、やっぱり悔しいな」


 ちょっとだけ、ほんの僅かだけ、期待していたんだ。


 何かの奇跡で現れたヒーローが悪者たちを一掃してくれる、そんな馬鹿みたいな展開を。


 なんだよ、ゲームなのに現実みたいに厳しいじゃねぇか。



「さて、どうしよう。街に向かえば良いのか?」


 キリカいわく、最初の村跡地から南に向かうと人間族の街があるらしい。


 その街で最初のジョブについて、冒険者ギルドで依頼をこなしてレベルを上げるのが定石なんだと。そこからが旅の本番らしいのだが……。


 ぼうっと立ちつくしていても何も始まらないので、気分を切り替えて歩き始める。太陽と方角の位置関係は地球と同じそうなので、それを頼りに南へ向かう。



「ん? これはなんだ?」


 しばらく平原を歩き、緩やかな丘を登ったところで俺は足を止めた。目の前に、赤い彼岸花に似た花に囲まれた場所があったのだ。


 その花畑の中心には一本の大きな広葉樹が植えられており、その手前には見覚えのある深紅色の大剣が刺さっていた。



「これは魔王の配下が持っていた剣? どうしてこんな所に……」


 花を踏まないように近付き、よく観察してみる。間違いない。あの時、俺にとどめを刺した剣だ。


 なんだかRPGにある勇者の剣みたいだな。引っ張ってみたら抜けるだろうか。


 今の俺に扱えるとは思えないが、こういうのを見るとちょっと試してみたくなってくる。



「ふんっぬぬぬ!! ……駄目だ。何かの力で封印されてるのか?」


 やっぱり選ばれた者しか引き抜けないとか、そういう設定なのかもしれない。仮にも勇者候補である俺でも抜けないってことは、何かの条件が必要なのか?


 現状で他に打てる手はないし……うーん、あとで回収できるようになるんだろうか。ならばさっさと諦めて移動しようか。



「……待てよ?」


 いや、もう一つだけ別の方法がある。それも俺にしかない方法で。



「ユニークスキル、『ひとつかみの栄光』発動――って、うわぁ!?」


 冗談半分のつもりが、本当に成功してしまった。まさか本当に抜けるとは思っておらず、勢い余った俺は剣を持ったまま後ろによろめき、そのまま尻餅をついた。



「っててて……って、なんだこれ。なんか形が変わってねーか!?」


 剣全体が刺さっていた時のフォルムとまるで違う。特に変化しているのが刃の部分で、成人男性の腰回りぐらいにまで太くなっていた。これじゃまるで両刃のギロチンだ。


 立ち上がり、二度三度と振ってみる。冗談みたいな大きさだが、スキルの効果で握った秒数だけ自由に操れることもあり、重さも感じることなく振り回すことができた。


 <スキル発動から1分が経過。『ひとつかみの栄光』の継続時間が終了。再使用までのクールタイムは5分です>



「……っとと、スキルが切れると途端に重たくなるな。ていうか、この剣に特別な効果はないのか? 見た目はすげぇボロっちいし。扱えそうにないし、元の場所に戻しておくか」


 ステータスに変化はないみたいだし、なにか特別な効果も発生しない。ただのオブジェクト扱いだったのか?


 ……それにこの場所、明らかに人の手で作られたような感じがするしな。もしかしたら、誰かの墓代わりだったのかもしれない。だとしたら相当、罰当たりなことをしちまったことになる。



「…………」


 うん、めっちゃ気まずいな。元に戻そう。


 剣が大きくなったせいで、塚に空いていた穴には嵌まりそうにない。だがまぁ、地面にぶっ刺しておけば大丈夫だろう。


 見た目は変わらずボロいまんまだし、誰かがここに訪れている気配も無いからバレないはず。


 大剣のグリップ部分を両手で掴み、えいっと持ち上げたその瞬間――。



「世界を救う聖剣をボロいだなんて……見る目がないね、キミ」

「……え? うおぉっ!?」


 突然声が聞こえたかと思いきや、俺の手元が光り輝き始めた。


 慌てて手を離そうとするも、何故か身体が言うことを聞いてくれない。っていうか誰の声なんだ!?


 戸惑っている間にも光はさらに強くなり、目を開けていられないほどの閃光が俺を襲った。



「な、なんだ!?」


 光が徐々に収まり始め、視界が戻る。


 そして俺は眼前に立つ人物を見て、思わず息を呑んだ。


 燃え盛るような真紅の長い髪。透けるほど白く滑らかな肌。すらりと伸びた四肢。胸元が大きく開いた純白のドレス。


 その全てが美しく、同時に妖艶な雰囲気を放っている。


 そして何よりも、その女性から放たれている圧倒的な存在感――。



「見た目で人を判断するなんて、二流以下のすることよ? 今すぐ訂正しなさい」

「え? あ、あれ? 持っていた剣が消えた!?」


 俺が呆然としている間に、さっきまで握っていたはずの剣がどういうわけか少女の背中へと移動していた。そして赤髪の彼女は腰に手を当てながら、俺のことを責めるような鋭い目つきで見上げている。


 ていうかこの子。俺の胸ぐらいまでしか身長がないのに、あんなにデカい大剣を背負っていて重たくないのか?

 とはいえ、彼女に似合っているように見えるから不思議だ。



「ちょっと、アタシの話を聞いてるの!?」

「あっ、はい!! ……えっと、どちらさまで?」

「は? アタシの自由を奪って好き勝手したくせに、憶えてないっていうの?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺がいつそんなことを……」


 言いかけたところで俺はハッとした。



「(俺が自由を奪ったと言えば、魔王の配下との戦闘時しか身に覚えがない。まさか……)」


 あの戦いの最後で俺が悪足掻きに使ったユニークスキル、『ひとつかみの栄光』。


 スキルの効果で僅かな時間とはいえ、俺が剣の主導権を支配してしまっていた。それをはたして好き勝手と言えるかというと断じて否なのだが。



「あの、まさかあの時の救世主さん?」


 そう訊ねると、彼女はようやくニッと笑顔へ変わる。



「やっと分かったの? 待ちくたびれたわよ、勇者候補クン。……よく戻ったわね」



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