Chapter1-4 幼馴染の彼女と知らない女の子


 それからしばらく歩いて、俺とキリカは街の大通りにある喫茶店に入った。


 なんでもこの店はプレイヤーの憩いの場として、多くのプレイヤーに利用されているらしい。



 店の中に入ると、コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。


 店内はかなり広く、テーブル席だけで20以上はあるだろう。客入りも良く、みんな飲み物を片手に談笑しているようだ。


 俺達が案内された窓際のテーブル席には、可愛らしいネコのぬいぐるみが置かれていた。



「ていうか、キリカはゲームなんてやっていて良いのかよ。お前、バドミントンの日本代表になったんじゃねーの?」


 注文したアイスティーを口に含みながら訊ねる。


 キリカは中学・高校の時、女子の全国大会で優勝するほどの腕前の持ち主だった。勉強の方はあまり出来ないけれど運動神経抜群で、特にスポーツに関しては非凡なものを持っている。



 俺がその話題を出すと、キリカはあからさまに目を逸らした。


 たしか何かのニュースで、アイドル兼プロのバドミントン選手として鮮烈なデビューをしたとかって聞いたことがある。つまり俺みたいなフリーターとは違って忙しいはずなのだ。だから、こうしてVRMMOのゲームをプレイしているのが不思議だった。


 まさかコイツ、練習をサボってゲームなんてしているのか!?


 するとキリカは少し気まずそうに頬をポリポリと掻いた。



「練習中に怪我をしちゃって、バドミントンの方は一旦休止中なんだ……。そしたら所属している事務所が、このゲームでアイドル活動の方を頑張れって。だからそれで……」

「なんだ、そういうことか。良かった……いや良くはないのか?」

「うぅん、大した怪我じゃないんだ。安心して」

「そうか……」


 何かあったのかと思ったが、大事ではないようでホッと一安心した。たしかに営業の一環でゲーム配信をしている芸能人もいるし、アイドルであるキリカがAWOをやっていてもおかしくはないのか。



「ところでキリカはどこまで到達しているんだ? 俺と同じ初心者か?」

「へっへーん。こう見えても私、AWOの掲示板じゃ『死神乙女』とか『もふもふ戦乙女ワルキューレ』って呼ばれて恐れられているんだからね!?」

「はぁ? お前があの有名なプレイヤーなわけ……ってまさか、本当に!?」


 まてよ? よく見るとキリカが身に着けている装備は俺と比べてかなり豪華だ。粗末な皮鎧じゃなくて金属がちゃんとあしらわれた鎧だし、よく分からない小瓶やアイテムが腰元にぶら下がっている。


 驚く俺に、キリカは得意げに胸を張る。


 どうやら中級層にまで到達したのは事実らしい。



「いや、それにしてもワルキューレってなんだよ? あのビビりで虫もさわれなかった奴に、そんな大層な二つ名なんて似合わな――ガフッ!?」


 突然、俺の視界が黒く暗転したかと思いきや、後頭部に衝撃が走った。何が起こったのか分からず混乱する俺に、キリカはニコニコしながら言う。



「いや~、今の発言は聞き捨てならないわね~。誰がビビりですって~?」


 いつの間にかキリカの手には肉球付きのぬいぐるみが装着されていた。それを振り回して、俺の頭をポカポカと叩く。


「ちょっ、何するんだよ!」

「あっ、ごめんなさい。つい反射的に手が動いちゃった☆」

「おいこら! だったらその手を止めろ!!」


 まったく悪びれる様子もなく、舌を出して謝るキリカ。


 フレンド登録済みのプレイヤー同士はダメージが入らないが、叩かれる衝撃はある。


(まったく……昔はもっとおとなしくて、真面目で、お淑やかな女の子というイメージがあったのに……)


 俺の記憶の中のキリカは、いつも後ろの方でモジモジとしている引っ込み思案な性格だった。それが今では、元気いっぱいの明るい少女になっている。


 俺が不登校になった後に、高校デビューでもしたのだろうか。



「もうっ! こっちはずっとカイトのことを心配してたんだからね!? 久しぶりに会えたと思ったら、そうやって人のこと馬鹿にして!!」

「悪かった、悪かったから!! 周りに見られて恥ずかしいからやめろって!!」


 制止を求めても結局キリカの猛追は止むことがなく、そのまま俺は衆人環視の中、キリカにぬいぐるみで殴打され続けるのであった。



「ぜぇ……はぁ……、もう許してくれ……」

「あー、スッキリした! 私、カイトに再会したら、絶対に一発は殴ってやるって決めていたのよね♪」

「ぜ、全然一発じゃ済まなかったんだが……」


 ようやく解放された頃には、俺はすっかり息切れしていた。


 ちなみに周囲の客たちはクスクスと笑いながら俺達を見ている。


 『プレイヤーキラーか?』と最初は助けに入ろうとしてくれた人たちも、痴話喧嘩だと思われたのか、誰も介入しようとはしなかった。まったく、酷い目に遭ったぜ……。だけど、まぁ。



「……ごめん、心配かけて悪かったよ。」

「分かってくれたならいいわよ、もう。ゲームの中だけど、こうして会えたんだし」


 キリカは本当に俺を心配してくれていたんだと思う。コイツ、途中から半泣きになりながら殴っていたし。



「それでキリカは……そのモフモフが武器なのか?」


 さっきまで姿を消していたキリカのキツネとタヌキは今、再びキリカの膝の上に仲良くクルンと丸まっている。


 さっきは問答無用でボコボコにされてしまったが……。


(キリカの両拳にあったぬいぐるみって、この動物だよな? 見た目の特徴がそのままだし)


 これがキリカのユニークスキルなのだろうか?



「そうだよ。この子たちは私の大事な仲間で、同時に武器でもあるんだ」


 キリカはそう言うと、モフモフたちを優しく撫でる。


「ここんっ!」

「ぽぽっ!!」


 キツネとタヌキが一声鳴いて、気持ち良さそうに目を細めた。


 これもAIのキャラと同じ扱いなんだろうな。……それにしてもキリカの奴、動物と心を通わすのが相変わらず上手いな。

 キリカが本能で動くような奴だから、きっとウマが合うのだろう。



「ってことは職業ジョブはテイマーか? キリカにピッタリだな」

「えへへ。まぁね。私はテイマーの中でもビーストテイマーって呼ばれる職業なんだ」


 へぇ、初めて聞いた。テイマーと言えばモンスターをテイムして使役するイメージだが、他にもいろんな種類の職業があるんだな。



「ところでカイトのジョブは?」

「あぁ。俺はさっき始めたばっかでまだなんだ。それにあの魔王の幹部とやらにぶっ殺されたところ」

「あー、アレはね……」


 キリカも最初の負けイベントを思い出したのか、目のハイライトが消えている。


 コイツは俺以上に優しい奴だから、村人を助けられなかったのはショックだっただろう。俺達はあの時の苦い敗北を思い返し、お互いに暗い表情になる。



「あっ、それじゃあスキルはどうだったの?」


 空気を読んだキリカが話題を変えようと、俺の初期スキルについて聞いてきた。

 俺もいつまでも落ち込んではいられない。気を取り直してキリカに答えた。



「スキル? あぁ、キャラクター作成の時に選べるやつ?」


 最初の村に入る前。キャラメイク――自分が操るキャラクターの外見を作成した時、同時にスキルの選択を要求されていた。


 自分のやりたいジョブやプレイスタイルに合ったスキル、例えば剣術や格闘、弓術などのスキルを自由にひとつだけ選ぶことができるのだ。



「一発逆転好きなカイトのことだから、どうせランダムスキルにしたんでしょ?」

「……御名答。別にやりたい職業は無かったし、ランダムの方がレアなスキルが出ることがあるって聞いていたからさ」


 キリカが呆れたように溜め息をつく。確かに俺は昔からRPGのゲームをする時は、よく運任せでプレイすることが多かった。キリカにはそのことでよく叱られていたが……。


「現実の方でなにか武術でもかじっていたら、それに関連したスキルでも良かったんだけどなー」


 生憎と俺がやっていたのはバドミントンだけだった。それならいっそのこと、思い切って賭けに出てみるのが一番だと思ったのだ。



「そんで出たのが『ひとつかみの栄光Hand of Glory』っていうスキル。握った物を握った秒数だけ操れるって能力らしいんだけど……」

「えぇ~!? 何でも操れるってこと!? めっちゃ凄いじゃん!!」



 キリカが興奮した様子で身を乗り出してくる。


 しかし俺は首を横に振った。



「実はそこまで使い勝手のいいスキルってわけでもないんだよ」


 右手で握った物を浮かせたり飛ばしたりはできるのだが、いかんせんダメージが出ない。


 ゲームのシステム上、物理法則とは別のダメージ計算が行われているようで、いくらスピードを出せても弾丸のように敵を撃ち抜くことはできないのだ。



「でも、使い方次第で化けるんじゃないかなって思ってる。だから俺はこのスキルで、バベルの塔を踏破するんだ」

「……そっか。昔からカイトは、人とは変わったことをして皆を驚かせていたもんね。応援するよ。私も協力できることはやるから」


 果たしてそれは褒めているのか? 俺のこれまでの奇行を振り返っているのか? キリカの言葉からはいまいち判断ができない。



「応援しているなら、ここの支払いもしてくれよ。第一、なんで攻略組のお前が俺よりも金を持ってないんだよ」

「うぐっ……!! わ、私のお小遣いはもう全部使っちゃって……」

「……まさかとは思うけど、買い食いで使い果たしたとかじゃねぇだろうな?」


 俺はジト目になってキリカを見る。するとキリカは目を泳がせた。



「……………………」

「おいこっち見ろ」

「てへ♪」

「可愛く言っても許さんぞ」


 結局この後、キリカは俺に全額支払わせた上でログアウトしていった。


 アイツめ、次に会ったら絶対に奢ってもらうからな!



「さて、俺はホームワールドに戻るかな。助けてくれたあの赤髪の女の子のことも気になるし」


 俺が死んだあと、あの子が魔王の配下に勝てたとは思えない。だけどせめて逃げてくれていたらいいなぁ。


 俺のせいで死んでいたとかだったら後味悪いし。そんなことを考えながらメニュー画面を開き、バベルの塔から離れる準備を始める。


 すぐに転送が始まり、景色が変わっていく中。俺は別れ際でキリカが言っていたことが気にかかっていた。



「――え? 私、そんな髪色の子と出逢ってないよ?」



 ▷NEXT Chapter1-5 平原での再会

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