Chapter1-3 バベルの塔
「これは塔っていうより、もはやひとつの街だな……」
再びAWOの中に入ると、俺は噴水のある大通りに立っていた。
モデルはヨーロッパのどこかなのだろう。映画で見たような石造りの街並みが視界に広がっている。ぐるりと見渡せば、武器を持ったプレイヤーたちが露店や公園で思い思いに過ごしているのが窺えた。
あまりにリアルなため、一見すると現実世界と勘違いしそうな景色だが、ここがゲームの中だと実感させるものがひとつあった。
「あれがバベルの塔か……あの天辺に到達すれば、10億円が俺のモノに……」
街の中心部には、天高く伸びる巨大な塔がそびえ立っている。
あれこそがAWOをプレイする者たちが目指す
しかしどこまでも高く続く塔を見上げたところで、その先には雲が見えるだけ。頂上付近を垣間見ることすらできない。
「はぇ~、果てしない高さだな。面積もスタジアムの何倍もありそうなんだが」
各階層は円柱状に広がっているらしいが、その層を探索するだけで一日が終わってしまいそうだ。
ちなみに公式は全部で256層まであると発表している。……そこまで辿り着くまでに、いったいどれだけの時間が掛かるだろう。
「第一陣の中には、すでに中級層にまで達しているプレイヤーも居るって話だが……」
俺は広場に設置された大きな看板を見る。そこには攻略組のプレイヤーが投稿した攻略サイトへのリンクが貼られていた。
攻略組と呼ばれるプレイヤーは、主にゲーム開始から1ヶ月以内に中級層まで到達した猛者のことだ。
彼らの攻略ペースはかなり早いらしく、現在では初級層のボスを周回することでレベル上げをしているプレイヤーが多いようだ。
「さすがに俺には無理かな……まずは初級層の情報を集めないと」
俺はメニューウィンドウを開き、装備を変更する。
AWOではキャラクターの外見を自由に変更することができる。そのため現実の自分とかけ離れたキャラクターメイキングを楽しむプレイヤーも多い。
俺はというと、現実と大差のない姿になっている。ゲームを始めたばかりの初心者にありがちなミスなのだが、この姿でプレイするのが一番楽なので変えていないだけだ。
「うし! じゃあ早速、情報集めに行くとしますかね!」
俺は意気揚々と歩き出した……のは良かったのだが。
「広すぎてどこから探索すればいいのか分からん……」
10億もの大金を手にした後の人生を想像しながら歩いているうちに、いつの間にか裏路地まで迷い込んでしまった。
「うぅむ……こっちじゃない気がする」
迷った時は下を向かないで上を向け、なんて言葉もあるくらいだし、空でも見上げて気分転換でもしようかと思った矢先――。
「そこのお兄さん~、何かお困りですかぁ?」
「えっ?」
背後からの突然の大声に驚きつつも振り返る。
そこにはキツネとタヌキを両手に抱いた、銀髪の女の子が立っていた。外国人かハーフってぐらいに目鼻立ちがハッキリしているし、かなりの美少女だ。
背丈は小さいものの、年齢は俺と同じくらいに見えるけど……こんな子と知り合いだったっけ。
うーん、分からない。……いや、待てよ?
こんな風にいつも動物と一緒にいる人間……俺には一人だけ心当たりがある。
「お前……もしかして
「えへへっ、バレちゃった?」
俺が名前を告げた瞬間、女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「やっぱりキリカだったか。どうしてお前がここに?」
「うん、久しぶりね海人! 見覚えのある背中だったから、声を掛けてみたんだ~」
「そ、そうなのか……」
この漆木希璃華とは小学校からの幼馴染で、高校では部活も同じだった。
だが17歳の秋に俺が高校に行かなくなったのが原因で、それ以来疎遠になってしまっていた。俺は成人式にも行かなかったから、凄く久しぶりに感じる。
キャラメイクの問題で見た目はだいぶ変わっているが、キリカの天真爛漫さは相変わらずのようだ。笑いの沸点が低く、すぐに目がくしゃっと細くなる所はちっとも変っていない。それにしても……。
「キリカもAWOをやっていたのかよ……」
意外だな。ゲームに縁のなさそうなコイツがやっているなんて。
「ねぇ、それよりもさ~。その恰好ってもしかして初期装備のままなんじゃない?」
「あ、ああ。そうだが……」
「ダメだよそんなんじゃ! せっかくのAWOなんだから、もっとオシャレしないと!」
まるで世話好きの母親のように怒るキリカ。
確かに彼女の言う通り、今の俺は武器も防具も何も持っていない状態だ。
「でもなぁ……例の死にイベントのせいで武器もないし、お金もないんだよな」
「ふふん♪ それなら、私が良いお店を紹介してあげるよ。……っと、その前に」
ピコンとフレンド申請が届いた。
任意の方法――俺は指パッチンにしている――でウインドウを開くと、そこにはプレイヤーネーム『キリカ』の文字が。
「って、本名のまんまかよお前……」
「そういうカイトだって」
俺達は顔を見合わせて笑う。
学生の時に戻ったような懐かしさに、思わず涙が出そうになった。
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