Chapter1-2 強制敗北イベント
ユニークスキル"ひとつかみの英雄"発動。
右手を伸ばし、地面に転がっていた小石を握り込む。
その直後、小石が魔王の配下に向けて風を切るように飛翔した。
「ふんっ。無駄な足掻きを。死ねェ!!」
残念ながら、配下の男は俺の投石を軽々と回避してしまった。そして奴は持っていた大剣を振り上げ、俺を地面に縫い止めるように胸の上から突き刺した。
「がああぁああっ!!」
「最後の悪足掻きも随分と呆気なかったな……おい、
俺は最後の力を振り絞り、自分に刺さっている剣を
お前にとっちゃただの雑魚かもしれないが、高校時代にバドミントン部で鍛えた俺の握力を舐めんなよ。このまま
「ちっ、雑魚のくせに余計な手間を……ん、なぜ剣が動かぬのだ?」
へっ、ざまーみろ。そして頼むおばちゃん、今の内に逃げてくれ……!!
「おい貴様、我が剣に何をした!!」
「ユニーク、スキル……握った物を……握った時間だけ操れる……」
だめだ、もう目蓋が重い。さっきからヒットポイントが残り僅かであることを知らせるアラームが、頭の中でガンガンと鳴り響いている……。
「くそっ、この死にぞこないの雑魚勇者が……早く諦めろ!!」
「ぐううっ!!」
魔王の配下は未だ俺の中を貫通している剣をグリグリと動かし、どうにかコントロールを取り戻そうとする。やがて俺のスキル効果時間も切れてしまい、もはやこれまでかと思った瞬間。剣の動きがピタリと止まった。
「彼が雑魚?……見る目ないね、キミ」
ん? 誰の声だ?
「誰だ貴様は。いったいどこから現れた……いや、待て! その赤髪はまさか……どうして貴様がまだ生きている!!」
ん、魔王の配下じゃないのか? もしや誰かが助けに来た??
ワケが分からず、俺は全てを諦めてアヘ顔をキメていた。彼女が何者なのか、確かめる時間はもう残されていない。だからせめてこのクソ野郎に変顔で一矢報いてやる。
だが二人とも、こちらを見てなんかいなかった。
あえなく俺の意識はそこで途絶え、ゲームオーバーを迎えた。
◇
「ん、んん……」
夢から覚めるように、ゆっくりと目蓋を開ける。
パチパチと何度か瞬きをさせているうちに、半透明のバイザー越しに自分の部屋が見えてきた。
「あぁ~、帰ってきたって感じするわぁ……ただいま俺。おかえり俺」
見慣れた自分の部屋だけど、ここに生きて戻って来れたことがこんなにも嬉しく思えるなんて。
「リクライニングを戻してくれ」
音声が認識され、リクライニングしていた背もたれが起き上がっていく。
これは長時間ゲームをプレイしてもなるべく負担を与えないよう開発された、自動で体勢を変えてくれる最新型ゲーミングチェアだ。このゲームの為に、俺はコンビニのアルバイトで貯めた金をつぎ込んだ。
「あぁ~、怖かった!! っていうかあの男、マジで容赦なさすぎだろ!?」
AWO専用のヘッドギアをよっこいしょと外し、ぷはぁっと安堵の息を吐いた。
気付けば着ているスウェットの中が冷や汗でビチョビチョになっている。まるで殺される夢を見た時の朝みたいな感覚だ。いや、アレは夢よりも遥かにリアルで恐ろしかったな。
「……ある、よな。当たり前だけど、良かった」
大剣で切断されていた下半身はちゃんと存在していた。……すっかり俺の息子は縮こまっちまっているけれど。
手足も問題なく動くし、どこにも痛みはない。
「まさか、自分の身体が真っ二つになる日が来るとは思わなかったぜ……」
まさに一瞬の出来事だった。
アヒトっていう最初の村で買い物を楽しんでいたら突然、自分の身体を何かがすり抜けた感覚が襲った。何事かと慌てているうちに、視界がズルズルと下へズレていき、気付いたら両脚とバイバイだもんな。
いやー、アレはマジでトラウマになるわ……。
「ていうか序盤も序盤で、突然の魔族襲来イベント? そんなのどうしろっていうんだよ?」
最初の町中で即死イベントとか、控えめに言ってクソゲーだぞ? 初見殺しにもほどがあるだろうが。
しかも相手は
「動体視力と瞬発力には自信があったんだけどなー。ぜんっぜん役に立たなかったぜ……」
高校時代にバドミントンで鍛えた能力も、ゲームの理不尽には勝てなかった。
「ていうか、防具屋で買った皮鎧の意味よ……」
店員に言われなくたって、ちゃんと装備もしたんだぜ?
結果? 紙以下の防御力しかありませんでしたけど!?
「しっかし、よくあれで販売停止にならなかったな。心が折れるプレイヤーだっていただろうに……」
デスクに移動し、飲みかけの麦茶を飲み干しながらパソコンを開く。検索バーに『アカシックワールドオンライン』と入れ、エンターキーを押した。
「さすがは今話題沸騰中のゲーム。いろんな記事があるな」
『旧世代の重たいゴーグルはもう古い! 快適な軽量化ヘッドギアを装着して、リアルなゲームの世界を体験しよう!』
ページのあちこちに広告があり、販促用のムービーが流れている。
このゲームのウリはやはり、現代の最先端技術を使ったヘッドギアなんだろう。これには特殊なセンサーが内蔵されており、視覚や聴覚のみならず、触覚や嗅覚を感じることができるようになったそうだ。
この技術でもたらされるリアルさだけでも、ゲーマーたちはかなり盛り上がっていた。購入希望者が殺到し、予約権を得るために傷害事件まで起きたのは今でも記憶に残っている。そして次に話題になったのが――。
『普通のゲームでは味わえないドラマ性! ※注意。死亡すると、ゲーム内時間で28年後に飛ばされます』
つまり受けられるはずのミッションや、ゲットできる可能性があったアイテムがまるっと28年分消失する。この強烈なゲームシステムのおかげで、これまでの『試行回数を重ねて覚えるだけ』という死にゲーの常識を軽々と吹き飛ばしやがったのだ。
そして追い打ちとばかりに運営が発表したのが、『バベルの塔』というマルチ要素だった。
「バベルの塔を踏破した者には、10億円が贈呈されます!……なんてトンデモ企画を聞いた時には、俺も思わずテンションが上がったもんなぁ」
もちろん、ゲームそのものの完成度も話題を呼んだ。
優秀なAIを搭載することで、本物の人間と錯覚するほどリアルなモブキャラクターたちと交流が可能となった。
さらにはプレイヤーの言動ひとつでシナリオが変化し、誰ひとりとして同じストーリーにはならない。
この無数に分岐するシナリオを攻略する方法をどうにか見つけようと、人海戦術で情報を募集している大手攻略サイトなどもあったが……ネット上を眺めてみた感じ、あまり上手くいっていないようだ。
「どの攻略サイトもお手上げ状態みたいだな~。動画配信者が自分のプレイを公開することで、かろうじてモブたちの会話パターンが予測され始めたみたいだけど」
それでもキャラのひとりひとりで行動パターンがどんどん変わっていってしまうので、プレイ時間が進むにつれて全く参考にならなくなっている。
「プロゲーマーたちも夢中になってプレイしているみたいだし、運営はこの結果にさぞ大喜びだろうな」
開発費は莫大な額になったらしいけど、すでに売り上げが爆伸びしているそうだ。たとえバベルの塔が攻略されたとしても、その頃には十分に元が取れていることだろう。
「俺も一発当てて、優雅な生活を送りたいぜ」
俺はAWOのホームページに移動し、ゲーム専用チャンネルを開く。
このページでは、掲示板によるプレイヤー同士の交流や動画配信者によるプレイ動画を視聴することができる。
ゲームのプレイはプレイヤー視点で自動録画されており、ネット上に誰でも自由に投稿することができる。楽しみ方のひとつとして、このプレイ動画をウリにして配信業をやっているプレイヤーもいるそうだ。
俺はネタバレになるので他人の動画はなるべく観ないようにしているが……実際にプレイしなくてもゲームを楽しめるとあって、人気の配信者には数十万人規模のファンがついている。
そこまで人気が出るとスポンサーの企業なんかもつくそうで、それで一儲けしようと配信を始める奴もいるそうだ。……かく言う俺も、その一人だったりするんだけど。
「さっきの動画も録画したし、後で投稿してみよう。あとは……バベルの塔の攻略をどうするか」
バベルの塔の踏破もチャレンジしてみたい。高校を中退した俺でも10億円があれば、今後の人生も安泰になるはず。
「このまま爺さんになるまでコンビニバイトだと、やっぱり将来が不安だしな……母さんにも心配かけちゃうし」
心配と言えば……。
「……結局、あのおばちゃんを助けられなかったなぁ」
既にあの村は破壊しつくされていることだろう。それに俺が死んだせいで、あの世界は28年の時が経っている。たとえおばちゃんが生きていたとしても、再会は厳しい。
「おばちゃん、あの店が息子みたいなもんだって言っていたっけ。もう、あの生姜焼き定食は二度と食えないのか……」
『死んだら、もう取り戻せない』
『すべては“死”から物語がスタートする』
ゲームのキャッチコピーが、今になって俺の心に圧しかかる。
「海人~? お昼ご飯ができたわよ! ゲームばっかりしていないで、早く食べちゃいなさい!!」
「はーい!! 今行くよ!!」
普段なら口煩く聞こえる母さんの声が、今の俺にはこれ以上ない癒しに聞こえた。早くゲームを再開したいところだけど、まずは腹を満たすとしよう。
「飯を食べたら、今度は塔に行ってみるか」
せっかくだから、他のプレイヤーを見てみたい。何か攻略の手掛かりが手に入るかもしれないし。特に最後の間際に見たあの赤髪の女の子が気にかかる。なにより――。
「あの子、綺麗だったな……」
28年後の世界で再会できることを祈りながら、俺は部屋を出た。
▷NEXT Chapter1-3 バベルの塔
――――――――――
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