Chapter1-7 当代の勇者
「呪いから解放された経緯は分かった。でもどうして急に俺の元へ現れたんだ? 俺に何か用があるのか?」
「理由はもう言ったでしょ? アタシは貴方がここへ戻って来るのを待っていたの」
彼女は俺から手を放すと、剣が刺さっていた場所の前で屈んだ。
俺を待っていた? ここで28年も?
「勇者候補であるキミに会うためよ。勇者の先輩であるアタシが、キミの旅に付き合ってあげる」
ユースティティアは銀色の鎧で覆われた胸をトンと叩き、得意げに笑った。
「付き合う……って、俺と一緒に行くってことか?」
「だからそうだって言ってるでしょ? なによ、不満なワケ?」
「いや、でも……いくらユースティティアを助けたからって、別に俺に協力してくれなくても……」
それに何だか、彼女といると厄介ごとに巻き込まれそうな予感がする。
「長いからティアで良いわよ。アタシが仲間と認めた人間からはそう呼んでもらっているから」
「いや、だから俺は別にまだ仲間になるとは……」
「ほら、もっと喜びなさいよ。偉大なる勇者の仲間になれるのよ? あ、アタシのサイン欲しい??」
あ、駄目だ。この子話を聞いてくれないタイプだ。
こういうのを我が道を行くって言うんだろうな。
「だいたい俺は、剣道の授業で竹刀を軽く握った程度だし。こんなバカでかい剣なんて持っていても、ほとんど扱えないぞ? それにまだ街にも行っていないから、ジョブにだって就いていないんだが」
「あ、すっかり忘れてたわ。ちょっと手を貸してくれない?」
「――手? って俺の話を聞けって!」
どうにか断ろうと、あれこれと理由を並べてみる……が、ティアはまるで話を聞いてくれない。それどころか、急に俺の手を両手で掴んできた。そして俺の手の甲をじっと見つめている。
「えっ、だから急になんなの?」
「良いから見てなさい。……あ、ほら」
「ほらって言われても、何も起きてやしない……って、なんじゃこりゃ!?」
俺もつられて自分の手を見ると、真っ赤な刺青の様なモノが浮かび上がってきていた。
「なっ、ななな!? お、俺の手が!!」
「安心しなさい。それはただの紋章よ」
「紋章!? いや、なんでそんなモンが急に……」
形はなんだろう? 鷹に似た何かの鳥が、燃え上がる炎の中にいるような図だ。
「どう? カッコイイでしょ?」
「いや、たしかに見た目はちょっとだけカッコイイけどさ。突然こんなものが自分の手に出てきたら、普通は驚くんだが!?」
「ふふふっ。驚くのはまだ早いわよ? ……えいっ」
なんだ!? ティアが俺の手を包み込むように、両手でギュッと握ってきた。すると今度は、俺の手が光り輝き始めた。
そしてティアの手から黒い霧のようなものがあふれ出し、それはやがて空中で剣の形へと変わっていく。
「はい、これでアタシとの契約は終わり。これからは念じるだけで、今みたいに剣を召喚することができるから。ね? 便利でしょ?」
ティアは宙にフヨフヨと浮かぶ大剣を指差して、満足そうな笑みを浮かべた。
「はぁ!? 待ってくれよ。契約もなにも、俺はそんなことは了承してないだろ!」
「拒否しないのは肯定と同然でしょ?」
「ちがう! それは断じて違うって!!」
「でももう取り消したりはできないわよ。ほら、もう諦めてアタシを受け入れなさい?」
えぇぇ……マジか……。勝手に全部決めちゃったよこの子。
「それじゃあ早速、魔王退治に行くとしましょうか!!」
「ちょっ、もう!? まだ心の準備ができてねぇよ!!」
「何を言っているの。貴方、勇者になるんでしょう? ならそんな悠長なことを言っている暇は無いわよ」
「そ、そりゃあそうだけど……」
ゲームのシナリオ上、魔王討伐は避けては通れない道である。
でも面と向かって勇者になれって言われると、ちょっと……。
「魔王の存在がある限り世界は救われず、いずれ人類は滅亡する。だから早く強くなりなさい。それが勇者の使命なの」
ティアは真剣な眼差しで、真っ直ぐこちらを見つめてくる。その瞳は強い意志と覚悟を感じさせた。
たとえゲーム会社という神に作られたプログラムだとしても。今俺の目の前にいる彼女は、この世界に生きる者のために本気で戦っているようにしか見えない。
「わかった、俺も男だ。やってやるさ」
そうだ。どうせ俺は最初から、この世界を攻略するつもりだったんだ。
それにせっかくゲームの世界に来たんだし、少しぐらい現実を忘れて本気で遊んだって罰は当たらないはずだ。
「良い目になったわね。それでこそアタシが認めた勇者よ」
ティアは満足気に微笑むと、再び俺の腕に抱きついてきた。
「安心なさい。偉大なる勇者であるアタシに任せておけば、必ず魔王を倒せるようになるわ!」
偉大な……ねぇ。偉大さを感じられる要素?
顔はかなりの美形だけど、胸はキリカと違って貧相だし、言動もちょっと残念……おっと、ティアに睨まれた。
「今すぐ謝るか、このままアタシに殺されるか。選ばせてあげるわよ?」
「……心の中を読むのはやめてくれませんか。あと腕を締め付けるのも」
俺の腕はミシミシと悲鳴を上げていた。華奢な身体つきからは想像もできないような馬鹿力だ。
「――まったく。見る目の無い男はモテないわよ?」
ティアは鼻を鳴らすと、ようやく俺を開放してくれた。
うるさいな。ゲームのキャラに言われなくたって、自分がモテないことなんて分かってるわ。
「ま、とにかく。これからよろしくね。えっと……」
「俺の名前はカイトだ。はぁ……お手柔らかに頼むよ」
「ふふっ、期待しているからね。新時代の勇者様」
広葉樹の木漏れ日の下、赤い髪の少女は太陽のように眩しい笑顔を俺に向けた。
こうして勇者候補の俺と、尊大な先輩勇者で征く魔王討伐の旅は始まりを告げたのであった。
「あぁ、そうそう。すっかり言い忘れていたわ」
「ん? どうしたんだよ急に」
まだ何かあるのかと身構えた俺に、ティアはクスクスと笑いながら「違うわよ」と答えた。
「――28年前にカイトが護ったおばちゃん。あの人、今でもちゃんと生きているわよ」
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