第91話 偵察訓練
いつもの
いくつか報告したいことがあると、ユリウスからの呼び出しである。集合した面々の中には、教皇の息子オルフェオの姿もあった。
ユリウスの招集を受けて、もしかしたら宮殿側で何か進展があったのかもしれない――と私は期待した。というのも、こちらは大した成果が得られていないからである。
グランラーゴの西区を調査したものの、麻薬中毒者と思しき人たちが見つかっただけで、誰が彼らに薬を流しているのか、その足取りは追えていなかった。
皆の注目が集まる中、ユリウスが口を開く。
「まず、一つ目。皆さん、すでに知っているかもしれませんが、帝国からロクサーナ皇女が来ました」
つい今回の黒幕――もしくはそれに近い存在――と思われる人物がこの街にやって来たか。
私はにわかに緊張した。
一体、彼女がどういった思惑で魔王復活などと血迷ったことを企んだのか、それは未だ分からない。けれども、ゼークトの証言やこれまでの状況証拠から皇女が今回の件の重要人物であることは疑いようがなかった。
「ゼークトさんのお話し通り、ずいぶんと落ち着きのある方でした。また、教皇夫妻と親交が深いのも本当のようです。さっそく、お仲間で秘密のパーティをなさったようだ」
「……あの
きょとんとした表情で、ユリウスの隣に座る兄ジェラルドが尋ねた。
私も不思議に思う。どうしてユリウスは教皇たちが麻薬を使ったと断言できるのだろうか。まさか、直接目にしたわけでもないだろうに。
「それは簡単です、兄さま。今朝、お会いした
さらりと口にするユリウス。それに噛みついたのはアルコだった。
「テキトーなことを言うなよ!」
「ちょっと、アルコ!?」
イリスが制止の声をかけるが、アルコは止まらない。
「あの妙な臭いが普通の人間に分かるわけないだろう!」
確かに、私たちの中で麻薬の臭いに気付いたのは双子たちだけだった。
例の花の魔物に近しい臭いだというが、私にはまるで分からない。双子たちが嗅覚に優れているのは、彼らが獣化の異能者だからなのだが……。
イライラした表情のアルコに、にっこりとユリウスはお手本みたいな笑みで返した。
「嘘は言ってないよ。実は僕も異能者なんだ。嗅覚が犬よりも優れていてね」
それを聞いてジェラルドが声を上げる。
「えぇっ!?異能?そんなの初耳だけれど!?」
「ええ。言っていませんでしたから」
「僕、君の兄なんだけれども……。でもそう言われれば、心当たりは色々あるね。どうりで妙に勘が良いと思ったよ」
弟に異能者であることを秘密にされてショックだったのか、ジェラルドはすねたようにユリウスをにらむ。でも、当の弟は涼しい顔だった。
ユリウスが言うには、宮殿内に麻薬の臭いはするが、どこかに大量に保管されているわけではなさそうだ……という話である。
宮中の人間だけではなく、市街にも麻薬が出回っているのだから、それなりの量の麻薬がどこかに隠されているのではないか――そうユリウスは
もし麻薬のありかを突き止めれば、それは教皇たちを
目下の目標として、麻薬を見つけることが掲げられた。
それで私たちはこの街周辺を探すことになった。
*
これで今日の会議は終わりかと思えば、まだ話はあるらしい。
「悪いニュースです」
ユリウスがそう言うので、ズンと気が重くなる。しかし、次に耳にした内容は私の予想よりもずっと悪いものだった。
「旧ベルカ公国の不干渉地帯にあった異界の門が消えていました。現在のところ、その行方は不明です」
「――っ!?」
私は息を呑んだ。
異界の門――魔王が住む異界とこの世界を
百年以上前、そこから魔王軍はこの世界へ侵略してきた。不幸にも、門が現れたベルカ公国は魔物の大群に襲われ、あっと言う間に滅んでしまった。
現在、異界の門があったはずの地域一帯は不干渉地帯になっていて、人族は足を踏み入れない禁忌の地になっている。つまり、あたりに住民はいないのだ。
しかし、今。その異界の門が行方不明だという。
異界の門の機能はすでに失われているはずだが、万が一アレが動き出したら……そしてその門が人里近くにあったあ……そう思うとゾッとした。
「あの……」
レナが挙手する。ユリウスは「どうぞ」と意見を促した。
「その門はもう百年以上も前のものなんですよね?崩れてしまって消滅したとは考えられませんか?」
レナの希望的な推測。もしそうだったら、どんなにいいだろう。しかし、ユリウスはすぐに否定した。
「残念ながらその可能性は極めて低いでしょう。百年前、勇者が魔王を退治した後、各国は異界の門を破壊しようと試みました。しかし、どんな攻撃もあの門の前では無意味だったんです。壊すことができなかった。やむなく門が力を取り戻した場合に備えて、あの一帯を人が近づけない不干渉地帯に指定しました。そんな耐久性を持つ門が経年劣化で朽ちたとは、とても……」
「ということは、まさか……」
「ええ。帝国がエルドラン王国や妖精の里を襲ったのは、異界の門を
その場に重い沈黙が下りた。
*
皆が解散した後、私はユリウスに声をかけた。
「ユリウス殿下」
「リベア!」
彼はまぶしいばかりの笑顔をこちらに向けてくる。前世でも今世でも、相変わらず愛想の良い人だ。
そんな彼に、何故か生暖かい視線を送っていたジェラルドだったが、「お邪魔になると悪いから」とすぐに席を外してしまった。
別にジェラルド王子に居てもらっても、何の問題もないのだけれど。
そして、部屋には私とユリウスの二人だけが残る。
「私に何か用かな?」
満面の笑顔のユリウス。
こんな問題が山積みの状況で、これだけ笑顔が振りまけるなんて彼はやはり大物だ。そんなことを考えつつ、私は本題を切り出した。
「ユリウス殿下の異能の話を伺って、思いついたのです。もしかしたらその才をさらに活かすことができるかもしれません」
「なんだって?」
ユリウスはとても乗り気だった。
それで私は『
影と術者の感覚は共通だから、上手くいけばユリウスの場合、異能で高められた嗅覚も影と共有できるだろう。
ユリウスは魔術師の家系だし、彼自身いくつも魔術を使うことができる。
「なるほど。例の薬を探すのにかなり有効そうだね。ぜひ、教えて欲しい」
「ただ、この術には少し欠点もあって」
「欠点?」
影の数が多ければ多いほど、術者が受け取る情報量も大きくなる。自分の共容量を超えた情報処理をすると、頭が割れるような痛みに襲われる――そのことを説明した。
さて、ユリウスは魔術師として思いのほか優秀だった。
私の言わんとするところをすぐに呑み込み、理解する。ほんの二、三時間で、彼は
ユリウスは間違いなく優秀な魔術師の素質がある。もう少し魔力保有量が多ければ、魔術師として大成することも簡単だっただろう。
しかし、驚くのはこれだけではなかった。
試しにユリウスは、
それらを使って、辺りを探らせる。術者が私なら、脂汗をかくような頭痛に襲われるシチュエーションだ。けれども、ユリウスは涼しい顔をしていた。
「えっ、大丈夫なんですか?」
「うん。まぁ、これくらいなら何ともないかな」
事もなげに言うユリウス。どうやら頭痛はないらしい。
でも、どうして――と考えたところで、私はハッとした。
そうか、頭の出来の違いだ。
ユリウスは非常に頭が良いのだ。前世で賢王と称されるくらい頭脳明晰である。おそらく、私とは頭で処理できる情報量が違うのだろう。二十の影の情報を簡単に処理できるくらい、彼の頭は高スペックなのだ。
「すごいですね」
私が心底感心してそう言うと、ユリウスは顔を赤くした。その様子が意外で、彼でも照れることがあるんだと、私は内心驚く。
ちょっとかわいいと思った。
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