第88話 アルヴィンという男
自己紹介の後、ゼークトがユリウスとジェラルドに向き直った。
「すでにヴァネッサさんからお聞きしているかもしれませんが、三年前私は聖王国に違法な薬物を
深々と頭を下げるゼークト。
「謝って済まされることではありませんが、申し訳ございませんでした。罰を受ける覚悟はできております」
「そんな!?ゼークトさん!!」
罰という言葉を耳にして、クロエは動揺した。この場合の罰というのは、死刑に相当するからだ。
一方で、私は驚かなかった。ユリウスの協力を取り付けたと皆に話した日の夜に――ゼークトからこれからの心づもりを聞いていたのだ。
「両殿下。現在、ゼークトは私が代表を務める船に所属している者です。責任者の立場から私も謝罪いたします」
私もゼークトに倣って頭を下げた。
「ゼークトが過去にやったことは許されることではありません。しかし、現在の彼は帝国の支配から逃れ、進んで私たちに協力し、貢献してくれています。どうか、ご容赦いただけないでしょうか」
ジェラルドは少し考える仕草をしてから、「頭を上げてください」とそう言った。
「たしかに、ゼークトさんの行った行為は許されることではありません。しかし現在、ロクサーナ皇女や帝国の特殊部隊について知る彼がこちら側にいることは大きなアドバンテージとなるでしょう。断罪するよりも、協力していただいた方が有益……だと僕は考えるけれど、ユリウスはどう?」
「はい。それに、エルドランの王室の騒動で、彼が活躍したことも耳にしています。ここで私たちが処罰すれば、エルドラン王国と
「それじゃあ……」
「ええ。協力していただけるなら、彼の身は保証しましょう」
ジェラルドの言葉に、ぱあっとクロエの表情は明るくなる。私も内心ひやひやしていたので、ほっと胸を
ふと横を見ると、ゼークトが感に堪えた表情をしていて、
「……ありがとうございます」
絞り出すような声で、そう言った。
*
それからやっと、今回の襲撃の話に移った。西区で私たちを襲った帝国の特殊部隊濡羽と、あの謎の青年についてである。
彼らが私たちを襲ってきた理由は分からない。だが、これまでに二度も帝国の企みを邪魔してきたのだ。そろそろ目を付けられてもおかしくはなかった。
「濡羽はともかく、ゼークトさん。あの青年はご存知ですか?」
私が尋ねると、ゼークトは首を左右に振った。
「しかし、ロクサーナ皇女の配下の者である可能性は十分あります。彼女は私を完全に信用しているようではありませんでした。ですから、切り札を隠し持っていたのやも」
「その謎の魔術師について、もう少し聞いても?」
私は魔術師の容姿――ボブカットの細身の青年――を伝えると、ユリウスがうなった。
「なにか?」
「うん。君たちも知っての通り、エルドラン王国のビーゴの街を救った関係で、私たちはかの王室から騒動に関与したと思われる帝国の人間について情報提供されている。そして、ラウル王子に例の花の魔物と洗脳の腕輪を渡した者――それはグローディア帝国出身の魔術師らしいのだが……」
「まさか……」
「ああ。リベアたちを襲った魔術師と、件の帝国の魔術師。特徴が酷似していると思う。名はアルヴィンというそうだ」
「同一人物の可能性が高いですね」
「それでリベアから見て、その魔術師はどうだった?」
「危険です。保有魔力量も
「もしかして、君よりも?」
「おそらくは」
それを聞いて、周りの皆が息を呑むのが分かった。
しかし、私がアルヴィンを危険視しているのは、何も魔力量が高いからだけではない。彼が使っていた闇の術――何よりもそれが気がかりだった。
百年前の魔王討伐で、私はアルヴィンと同じような術を操る敵を目にしたことがある。
彼らは魔族と呼ばれていた。
外見は人間とほぼ同じ、しかし保有する魔力は人間よりもずっと多い。加えて、魔物よりもはるかに知能が高く、厄介な敵だった。
「もしかすると、アルヴィンという魔術師は人間ではないのかもしれません」
その言葉で、ユリウスはすぐに私が言いたいことを察したようだ。彼は眉間にしわを寄せる。
「というと……魔族か」
「はい」
その場にいた私たち以外の人間は、魔族についてよく知らないようだった。今の平和な世界では無縁の存在だから、それも無理はない。
「たった一人の魔族に、一個師団が壊滅させられた記録もある。もっとも、ルキアが魔王を打倒して以来、今までその存在は報告されてこなかったが……」
「どこかに潜んでいたということかな?」
「兄さま、それは分かりません。しかし、帝国に魔族までついているとなると、さらに気を引き締めた方がいいでしょう」
裏で魔族が糸を引いているのであれば、なぜ魔王復活を
初めはシオンの
私は自分の手に、じっとりと嫌な汗を感じた。
そのとき、私の魔晶玉が反応した。何か緊急の連絡かもしれない。私は皆に断りを入れてから、魔晶玉に応答した。
水晶に映ったのはレナの顔だ。なんだか、非常に焦った様子で、やはり何かあったのだと伺えた。
「何かあったの?」
私が尋ねると、彼女は切羽詰まった様子でこちらにこう言ってきた。
「例のオルフェオ・カルロ様が私たちに協力してほしいと言うんです!その……教皇夫妻を失脚させたいと」
予想外の連絡に、私は目を見開いた。
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