第87話 もう一つの再会

 現れたのは予想外の人物だった。

 黒髪で筋骨たくましい大柄な男――デューク・クレスメントである。


 驚いている私たちをしり目に、デュークはもう一人の兵士も易々と斬り捨てた。そして慌てた様子でクロエに駆け寄る。

「怪我は!?大丈夫ですか?」

「えっと……はい」

 おずおずとクロエはうなずき、

貴方あなたは……セロリコでお会いした騎士様?」

 それから尋ねた。

「ご無事で何よりです」

 デュークは優しく微笑みかける。

 どうやら二人は知り合いらしい……が、今はそれを詮索せんさくする余裕はなさそうだ。クロエのことはデュークに任せることにしよう。


 私は新たに作った光の矢で、残りの闇の球を討つと、襲撃者の青年に向き合った。彼は忌々いまいましそうに舌打ちする。

「増援ですか。こちらの駒は大分やられてしまいましたし、さすがにが悪いですね。一度、退きますか」

「簡単に逃がすと思うか!?」

 青年に向って、ゼークトの怒号が飛ぶ。だが、青年は余裕の笑みを浮かべた。

「でも、そちらには私たちを追う余裕はないと思いますよ」

 そう言うや否や、たちまち闇の球が現れる。それも数個ではない。おそらく二十は下らない数だ。

 そしてそれは、私たちではなく、避難していた住人たちの元へ向かっていた。


 住民の一人が闇に飲み込まれる寸でのところで、ゼークトが闇に向って剣を放つ。闇は剣をすっぽりと呑み込むが、少しの時間稼ぎができた。私はその間に、光の矢の術式を構築した。

 結局、周辺の闇の球の対処が終わった時――例の青年や濡羽ぬればの兵士たちの姿は影も形もなく消え去っていた。



 後に残された私たちは、状況を確認した。

 数人の住民に負傷者はいたが、死者がいなかったのは幸いだろう。その負傷者たちも、クロエが治療して回っていた。

 しばらくして、グランラーゴの役人たちが西区に駆けつけた。もちろん、私たちは事情聴取されることになる。


 マズいことに、襲撃者に関する物的な証拠は現場に残っていたなかった。おそらく残りの濡羽ぬればに回収させたか、さもなくば例の青年があの闇の球を使って消してしまったのだろう。

 このままでは責任を私たちになすり付けられるかもと危惧したが、幸いそれは杞憂きゆうだった。

 目撃者の住民たちが、私たちが襲われた方だということをハッキリ証言してくれたのだ。また、おそらくユリウスが手を回してくれたおかげで、私たちは早々に役人たちから解放された。


 ユリウスと言えば、だ。

 私たちの窮地きゅうちを救ってくれたデュークは、現在ユリウスの護衛役を務めているらしかった。そして――、


「助けていただいて、ありがとうございます」

「当たり前のことをしたまでです。しかし、まさかこうして、またお会いできるとは」


 お礼を口にするクロエを、デュークはやけに熱っぽい目で見つめていた。

「デュークとは知り合いなの?」

 クロエにそっと伺えば、エルドラン王国の王都セロリコで出会ったという。

 彼女が、花の魔物による中毒患者を治療しているとき、デュークが何かと手伝いをしてくれたらしい。それを聞いて私は思い出した。

「もしかして、クロエにすみれの花を贈ったのは……?」

 以前、クロエがしおりに使っていた花だ。すると、クロエはにこやかにうなずいた。


 さて、一方で。

 デュークは私のことには全く気づいていなかった。そう言えば、彼が知っているのはギルベルトの姿の私だけで、リベアとして会うのはこれが初めてだと気付く。

 スプートニクス侯爵の一件では、私は一方的にデュークを巻き込み、子供たちを押し付けてしまった。そのことにお礼と謝罪をするべきだろう。

 それでどうやって、私がギルベルトだと明かそうか悩んでいると、ユリウスたちを含めて、今回の襲撃事件を話し合う運びになった。



 話し合いの場は、高級宿ホテルの一室に決められた。そこは、先日ユリウスとの再会でも使われたところで、防音性にも優れ、確かに重要な話をするにはぴったりだった。

 部屋には私に、ゼークトとクロエ。ユリウス側の人間としては、彼本人と、デューク、そして見知らぬ青年がいた。ユリウスよりは一つか二つ年上で、彼によく似た容姿をしている。

「ユリウスの兄で、ジェラルドと申します。勇者様のお噂はかねてから」

 青年はなんとユリウスの兄らしい。よく似ているのも納得である。

 ジェラルドの言葉に、デュークは首をひねった。

「勇者?」

「そう言えば、デュークさんにはまだ説明していませんでしたね。ここにいる方々は、今後とも密な連携が必要になると思われます。お互いに自己紹介しましょうか」

 そう言って、ユリウスは自分がティルナノーグ聖王国の第五王子であることだけではなく、賢王エドワルドの生まれ変わりで、その記憶を持っていることまで話した。


「えっ?いや……えぇ!?」

 驚きのあまり、目を白黒させるデューク。どうやら彼はユリウスがエドワルドの生まれ変わりだと知らなかったらしい。ならば、驚くのも無理はなかった。

 そして、そんな彼に追い打ちをかけるように、うながされ、私も告白した。

 そう、勇者ルキアの生まれ変わりであると。


「……」

 もはや、押し黙ってしまったデューク。しかし、さらにさらに。私には彼に白状しなければならないことがあった。

「あのぅ、デューク様」

「え?は、はいっ!」

 ぴしりと彼は背筋を正す。

「ギルベルトという青い髪の男こと、覚えていらっしゃいますか?」

「……ええ。もちろんです。けれども、なぜ?彼が関係あるのですか?」

「アレ、私です」

「……は?」

「ギルベルトは私が魔術で変身した姿なんです。しかも、あの姿は私の兄で、あなたのご先祖であるギルベルト・クレスメント――その人のものなんです」


 今度こそ、デュークは絶句した。そのまま、頭を抱えてしまう。やがて、彼はうめくようにつぶやいた。

「まさか、俺の周りでこんなことが起こっていたなんて……」

 私はそれから、スプートニクス侯爵の件で彼を巻き込んだことを謝罪した。

「すみません。一方的に押し付ける形になってしまって」

「そんなっ!謝らないでください!あなたが子供たちを救いだしたことは正しい行いです。その……責めたいわけじゃないんです。ただ……頭の中が混乱して」

 そう苦笑いするデューク。

 それから他の面々も自己紹介を済ませた。


「二度目になりますが、まさか賢王と勇者の生まれ変わりがそばにいたとは驚きです。正直、殿下たちから魔王復活などというお話を耳にしたときは、半信半疑でしたが。それもあり得ると実感しました」

 魔王復活を企むやからがいる――その話をデュークが聞かされたのは、なんと今日のことらしい。

 そして、その輩がこのグランラーゴで暗躍している可能性があるため、彼は市内の調査を命じられたのだった。結果、私たちが濡羽ぬればに襲撃されている場面に出くわした。


「危ないところを助けていただいて、本当にありがとうございました」

 クロエがそう言って微笑むと、

「いや、そんな……」

 なぜか、デュークは顔を赤くしていた。

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