第53話 神々による魂管理
湖のほとりに白亜の神殿が建っていた。
湖は水底を見通せるくらい澄んでいて、そこから何百もの川が流れ出ていた。その川がさらに細く分岐し、無数の流れになっている。
水面には何隻か舟が浮かんでいた。そのどれもとても小さく、妖精くらいしか乗せられないような大きさである。
これらの舟には魂が乗せられていた。
ここは天界と人間界の
魂は人間界に続くこの小川を舟で渡って現世に
人族の魂の管理は、神々の重要な仕事だった。
神々は魂の前世の行いに応じて転生先を決定し、正確にそこへ導かなければならない。
前世で
転生先の良し悪しは、何も貧富だけで決まるわけではない。どのような人物を父と母に持つかなど、家庭環境も重要だ。極端な富や貧困は、家庭環境を
大変な仕事だが、人を導く神としておろそかにはできない。
決して、転生先を
しかし、十数年前。その間違いが起こってしまった。
よりにもよって勇者ルキアの魂を、最底辺の家庭に送ってしまったのだ。貧困層で、父親は酒乱、人格的に優れているとはとても言えない人物である。
これは
女神ミーティスの部下エルクリウスはこのことを重大に受け止め、年月が経過した今でも密かに調査していた。
この日もエルクリウスは、白亜の神殿横にある書物庫で、当時の記録を調べているところだった。と、そこへ――、
「せんぱーい。何してるんですかぁ?」
間延びした声と共に、ある女神が訪ねてきた。
ゆるやかなウェーブのかかった薄い桃色の髪の、少女にも見えそうな小柄な女神である。彼女はティアといって、女神ミーティスの部下であり、エルクリウスの後輩にあたった。
ティアはつかつかとエルクリウスの方へ歩み寄って来ると、その手に持っている記録簿を見て、驚いたように声を上げた。
「うわー。センパイ、またあの件を探っているんですかぁ?マジメですねー」
「……ティア。ここで何をしてるんだ?お前はまだ仕事中だろう?神のくせにサボリか?」
エルクリウスが
「違いますよぉ。ちょっと、仕事のお使い帰りに寄り道しただけですよぉ」
「それをサボリと言わないで何と言うんだ」
全く困った後輩だ、深々とため息を吐くエルクリウス。
「ミーティス様がお優しいからと言って、サボるなんて言語道断だぞ」
「はいはーい」
どうにも反省しているとは思えない様子のティアに、またエルクリウスは嘆息する。
「それで、何か分かったんですかぁ?」
「……いや」
エルクリウスは黙り込む。
実は、この記録簿を見るのは今回が初めてではない。これまでに、幾度となく目を通している。それでも何か見落としがあるのではないかと、手に取ってみたのだが……それらしいものは見つからなかった。
「失礼する」
不意に声がして振り向けば、書物庫の入り口に背の高い、まるで彫刻のように整った顔立ちの男神が立っていた。
その姿を見て、ティアは即座にひざまずいた。エルクリウスも慌てて
「良い。楽にしてくれ」
この
三柱のうち、残る一柱はほとんど表舞台に立たない神だったため、天界はミーティスとアストラの手によって回っていた。
「私は少し調べたいことがあってここに来たのだが、君たちは仕事か?」
アストラに尋ねられ、エルクリウスが何か言おうとする前に、
「彼は勇者ルキアの件で独自に調査をしているんです」
ティアが答えてしまう。
「勇者ルキアの件というと……あの転生先を間違えたという?」
「……はい、その通りです」
仕方なく、エルクリウスは白状した。
「なるほど。たしかに、あれは重大な過失だった」
うなずきなら、アストラは言う。
「だが、間違いは誰にでもあること。それは我々神とて同じだ。あまりこだわり過ぎるのも考えものだぞ?」
「はい。勝手なことをしてしまい、申し訳ございません」
「いや、なに。責めているのではないんだ。えっと……君は――」
「エルクリウスと申します」
「そうか。エルクリウス……たしかミーティスの部下だったな」
アストラがぽんとエルクリウスの肩を叩く。
「彼女から君が勤勉で優秀なことは常々聞いている。今後もミーティスを助けてやってくれ」
アストラはそう言うと、本棚の
彼の姿が見えなくなると、エルクリウスがティアを
「ティア。他人のことをべらべら喋るものじゃない」
けれども、ティアはちっとも
「どうしてですかぁ?別に悪いことしているんじゃないですし、良いじゃないですかぁ。アストラ様も別に怒っていらっしゃらなかったし」
「それはそうだが……」
三柱の一人に、これ以上の調べるのはやめろと釘を刺されたのも同然だ。
しかし、エルクリウスにはどうしてもこの件が引っかかっていて、簡単に調査をやめたくはなかった。
その理由は、ミーティスが気の毒なほど責任感を覚えていたことも一つだが――エルクリウスは彼女を敬愛していたため、何とかその役に立ちたいと思っていた――それ以上に、この一件が単なる偶然の事故ではないとエルクリウスの勘が告げていたからだ。
エルクリウスは記録簿を本棚に戻すと、書物庫を後した。その背中を慌ててティアが追いかける。
「ちょっと、センパイ~」
エルクリウスは黙ったまま、自分の仕事場へと帰って行った。
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