第54話 元勇者の告白

 シオンに言われたことを他人に話すべきかどうか、私は悩んでいた。


 もし彼の話が本当なら、それは一大事である。世界の危機というのは大げさな表現ではない。

 一方で、シオン自身が怪しく、その話をどこまで信じていいのかも分からなかった。

 こんな風に私がシオンを信じられない状況で、異界の門の修復とか魔王の復活とかについて話してみても、どれくらい説得力があるか……非常に疑問である。私の頭がおかしいと思われるのが関の山だろう。


 結局、シオンの話は私の中だけにとどめておくことにした。ただ、王太子のマグナには、花の魔物がこの国に持ち込まれた経緯を探った方が良いと忠告しておく。

 シオンの口ぶりだと、今回の一件。ラウルのお家騒動に便乗する形で、魔王復活をくわだてる輩とやらが関わっているはずだ。

 あの花の魔物の入手先がそいつらの可能性もある。花の魔物の件を調査すれば、それが誰なのかも明らかになるだろう。

 もっとも、私が進言するまでもなく、あの花については詳しい調査が行われるらしかった。まぁ、あれだけの大事件になった原因なのだから当たり前か。


 願わくは、シオンの言うことなど嘘っぱちでありますように。

 ただ、彼が去り際に残した言葉――エルドランの南はもう手遅れで、教皇国も大変なことになっている――が呪いのように頭からまとわりついて離れなかった。



 その日、王宮内はなにやら騒がしかった。

 先日、ラウル相手にアデルたちが大立ち回りをしたので、王宮のいたるところを修理しなければならず、工事でうるさいのだが――今日はそれ以上の騒ぎである。

 一体何があるのかイリスに聞いてみると、

「聖王国の親善大使が来るんだよ」

 と教えてくれた。

「親善大使?」

「ほら、うちと聖王国って国交停止になっていたでしょ。それの交渉にあちらの王子たちが来たの」


 しかもその王子たちは、エルドランの国民を救ったらしい。

 なんでも、あの花の魔物にやられて中毒症状に陥った人々が、海賊に捕まり外国に売られそうになっていた。それを王子らは未然に防ぎ、海賊を退治して、中毒患者の治療まで行ったとか。

 おかげでエルドラン国民からの人気は非常に高いという。

「その親善大使たちが王都に今日、やって来るの。さすがに王宮はめちゃくちゃだから、海辺の離宮に滞在してもらうけれども。明日にはこの王宮に挨拶に来るわ。それで皆、てんてこまいなのよ」

 その親切な親善大使とはどんな人たちだろうか――そのとき、私は他人事のようにそう考えていた。



 私は今、海から王都への帰り道にあった。

 飛行術で空を移動しながら、王宮へと向かっている。

 私が海に行った理由、それはだ。


 あの地底湖を浄化した後の副産物、塩水を真水に変えた後に残った膨大な量の塩。とりあえず梱包パッキングで回収していたのだが、いかんせん容量が大きすぎる。

 いつまでもそれを保持しているのが辛くて、王宮の人に「塩はいりませんか?」と寄付を試みた……が、

 さすがにその量は多すぎて困ると、丁重に断られた。

 それで仕方なく、大海原へかえすことにした事態だ。時間をかけて海上を飛び回り、大量の塩を散布してきた――その帰りである。


 私の視界に、イリスが言っていた海辺の離宮とやらが見えてきた。王都からちょっと距離のある郊外の場所だった。

「たしか、ここに親善大使がやって来るんだっけ?」

 そのまま通り過ぎようと思ったが、なんとなく私はその離宮を観察してみることにした。近くの高い樹の枝に下りて、しげしげと見下ろす。

 ちゃんと離宮内を観察するために、視覚強化の魔術まで使った。

 どうしてそこまでしたのか――は、自分でもわからない。もしかしたら、何らかの予感があったのかもしれない。


 すると、離宮の庭に出て剣の素振りをする少年の姿が映った。

 おそらく親善大使の一員だろう。こんな外国に来てまで訓練とは、ずいぶん熱心だと私は思い――そして、その少年の姿を見て息が止まった。


 それはあの夢――私がルキアの記憶を思い出した、あの!!――で見た少年だった。金髪碧眼の、身なりの良い少年。


――絶対に君を見つけるからっ!

 そう、呪いのような言葉を残した、おそらくエドワルド王の生まれ変わり。


 私の額から冷や汗がこぼれ落ちる。

 頭が真っ白になりながらも、私は息をひそめるようにして王都に帰った。



 王宮に戻るなり、私は旅支度をした。

 一刻も早く、ここから出ていなければならない。そればかり頭にあった。

 そんな私の様子に、双子もゼークトとノエルも面食らったみたいだ。皆、どうしたのかと問いかけてきた。


「急だけど、ここから離れなきゃ。すぐにあの小島に帰って、この土地から離れるよ」

「ちょっと、ちょっと!リベア!!いったい、どうしたのよ!?」

「イリス、ごめん!とにかく、ここから離れなきゃいけないんだ!」


 明日になれば王宮にエドワルド王が来てしまう。それまでに、姿を消さなければならない。

 私はそればかりに囚われて、周りのことが見えなくなっていた。そんな私に――、


「おいっ!!」


 アルコの叫びが耳に届いた。アルコの方を見てみると、どういうわけか彼は今にも泣きそうな表情かおをしている。

「事情くらい話してくれよ」

 その言葉を聞いて、私は周りを見回した。

 イリスも、ゼークトも、クロエも……私を奇怪な目ではなく……心配そうに見つめている。

 そうか、私は心配されているのか……、そのことに初めて気づいた。


 だが、しかし。

 けれども、しかし。

 事情を話すとなると、中々ややこしい。


 王都を離れたい理由を問われれば、親善大使の中にエドワルド王の生まれ変わりがいることを話さなければいけない。

 エドワルド王のことを話すとなると、私が勇者ルキアの生まれ変わりだということも白状しなければいけない。


 う~ん、正気を疑われても、仕方がない気がする……。

 でも、四人とも私を心配してくれているわけだし、そんな彼らに嘘をつくのは……。


「……」

 私はしばらく迷い――結局、白状することにした。



 実は私、勇者ルキアの生まれ変わりです。

 そう私は告白した。あの不思議な夢のことから、今までの経緯をできるだけ説明する。エドワルド王の生まれ変わりを親善大使の一団の中に見つけたことも。


 さて、皆の反応はいかがだろうか――恐々こわごわその様子を見ると、


「なるほど」


 最初にそうつぶやいたのは、ゼークトだった。彼は意外にも穏やかな顔でひげをなでつつうなずいた。

「妙に納得しました」

――え……?

 それって私の話を信じてくれた……と解釈してもいいのだろうか。

 思わずクロエとイリスを見ると、

「リベアさんは勇者様だったんですねぇ」

「すごいっ!!」

 キラキラした目でこちらを見てくる。

 ちょっと思ってもみなかった反応に、私は面食らった。


「それって皆。今の話、信じてくれたってこと?」

 自分で話していても、かなり荒唐無稽こうとうむけいな話だと思ったのだが……。

 すると、アルコがフンと鼻をならした。

「だって、リベアが俺たちにわざわざそんな嘘つく理由なんてねぇじゃん」

「……そう」

 その言葉を聞いて、私はちょっと……いやとても感動してしまう。ここまで信用してくれていたのかと嬉しくなった。

「魔術の技術はもちろんですが、物事の考え方や問題にあたっての対処法など、とても子供とは思えませんでしたから。むしろ、勇者だったと言われた方が納得です」

 そう言ったのはゼークトだ。

 たしかに彼の言葉通り、外見は子供でも中身は大人の精神年齢なのだから、ちょっと普通の子供とは違うはずだ。


 肩透かしをくらった形だったけれど、私はとりあえず胸を撫でおろした。

 とにかく、私が元勇者だと信じてもらえて何よりだ。つまり、どうして王宮から逃げたいのかも分かってもらえたはず。

そう思っていたところで、

「あの、少しよろしいでしょうか」

クロエが手を挙げた。

「リベアさんはエドワルド様の生まれ変わりの方が、再びご自分のもとでリベアさんを使役させようとしている……そう考えているようですが、エドワルド様は純粋にリベアさんに会いたいだけではないでしょうか?」

「え……?」

「だって、前世で苦楽を共にされた仲なのでしょう?わたくしなら、ただ会いたいと思います」

「もしくは、かつての主君として部下をねぎらいたいという気持ちもあるかもしれませんなぁ」

 クロエとゼークトの言葉は、私にとって予想外のものだった。

 エドワルド王が私を探す理由は、また私を手駒にしたいからだ――そうとばかり思い込んでいた。二人の言っているような可能性はあるのだろうか。私は少し考える。


 魔王討伐に行く前までは、私とエドワルド王の間に、ある種の友情関係があると思っていた。しかし、その後ソレは錯覚だと私は思い知った。

 度重なる私の訴え――勇者をやめたい――をエドワルド王は聞いてくれなかったからだ。それは為政者いせいしゃとしては正しい判断だったんだろう。けれども、私たちの間に友情があったのならば、少しは私の話を聞いてくれてもよかったのではないか――と思う。せめて、何通も出した手紙に一つくらい返事が欲しかった。


 やはり、私はエドワルド王にとって手駒の一つにすぎなかったと思う。クロエとゼークトの言う可能性も否定はできないが、それを期待するのは嫌だった。

「……二人の言う通りかもしれないけれど、やっぱり私はエドワルド王には会いたくない」

 私がきっぱりそう言うと、それ以上クロエもゼークトも何も言わなかった。



 その日のうちに、私はエルドランの王宮から去ることを決めた。自分一人であの小島に帰ることになると思っていたが、なんとクロエとゼークトもついてきてくれるらしい。それは予想外に嬉しいことだった。

 王太子のアデルたちに慌ただしく別れを告げ――急なことでものすごく引き留められたが、最後にはお礼と共に送り出してくれた――いよいよ双子たちともサヨナラを言うことになる。

 思えば、スプートニクス侯爵の誘拐事件から始まって、ずっと一緒に旅をしてきた。道中、大変なこともあったけれど、アルコとイリスに出会えて本当に良かったと今は思う。


「元気でね」

 そう告げるとイリスが泣き出した。まさに涙腺が決壊したという様子で、何か話そうとするも、言葉にならない。

 私はそんな彼女を抱きしめた。

「……」

 アルコは黙ったまま、私をにらむように見ていた。けれども、その目はちょっとうるんでいる。

 すると、彼は突然私に抱き着いてきて、私は大いに驚いた。

 アデルたちの手前、王都ではずっと私はギルベルトの姿をしていたからだ。アルコは若い男性が苦手なはずなのに、彼から手を伸ばしてくれたことが嬉しかった。


「いつかまた、会えるよ」

 私はアルコをしっかりと抱き返し、それから王宮を後にした。


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