第52話 地底湖で再び

 私と双子が疲れ果てて地底湖から王宮へ行ってみると、事件は収束していた。

 マグナたちは見事王宮を奪還し、国王も彼の妻も命に別状はなかった。

 今回の事件の首謀者であるラウルは死亡、彼の仲間だったフィリップス大臣たちは重罪人として投獄された。


 これにて一件落着――と言いたかったが、山のような問題はまだ残っている。

 ラウルに洗脳の技術を教えたのは誰なのか……それをフィリップス大臣から吐かせなくてはならないし、ティルナノーグ聖王国との関係も修復しないといけない。

 何よりも、あの花の魔物のせいで、王都には後遺症を訴える患者がたくさんいた。ひどい中毒状態にあった者は、今も意識が混濁したままだと聞く。


 エルドラン王国には花の中毒症状を治せる医者や高位の神官が少なかったので、朝から晩まで患者の治療のため、クロエは働き通しである。そのうち倒れてしまうのではないかと皆が心配し、ゼークトがあまり無理をしないよう彼女を見張っている現状だ。

 双子たちは、国内の混乱を治めようとしている祖父や父を何かと手伝っている様子。

 で、私はというと……。



 私は地底湖にいた。

 念のために言うが、皆が働いている中、さぼっているわけでは断じてない。私がやっているのは湖の浄化作業だった。


 この地底湖には、花の魔物の本体が巣食っていて、湖からあふれる魔力を吸い取っていた。それがあの花の力の源だった。

 それに対処するべく、私は地底湖にありったけの塩を注いだ。その量はちょっと尋常じゃない。

 私は、花の魔物が魔力補給のために湖の水を吸い上げると、同時に塩も大量摂取しなくてはならない状況を作ったのだ。

 花の魔物にとって塩は毒でしかなかった。おかげで、魔物を倒すことができ万々歳……のはずだったが、魔物亡き今――塩湖と化してしまった地底湖が残ってしまった。


 エメラルドグリーンの水面に、ところどころ鍾乳石が突き出ている。その光景は、幻想的というのがぴったりだ。

 一見、塩を大量投入してしまった影響は見受けられない――魔力も相変わらず豊富だ――が、詳しくは分からない。もしかすると、周辺の環境に多大な負荷がかかる可能性も考えられた。

 なら、私はどうするべきか……。

 

 目指せ、原状復帰である。

 

 それでせっせと『海水を真水に変える魔術』で私は湖を元に戻そうとしていた。副産物として出て来る塩もきっちり『梱包パッキング』で回収する。

 誰もいない地底湖でひとりポツンと孤独な作業。

 まぁ、皆忙しいのだから仕方ない。

 アルコとイリスという旅の連れができて以来、何かと周りが賑やかだったから、ちょっと寂しい――と、思ったのがいけなかったようである。


「こんにちは」


 聞きたくもない声が背後からかかった。



 私はうんざりして後ろを振り返った。 

 そこにはニコニコと笑顔を張り付けた男、シオンの姿があった。

 彼の神出鬼没は今に始まったことではない。外見上は、どこにでもいそうな明るい茶髪の青年だが、だからと言って本当にどこでも現れるのでは、たまったものではない。

 私は重いため息を吐いて、作業の手を止めた。


「おや。お手を止めてもらわずともいいですよ?」

 シオンはそう言うが、この男の前で隙を見せるのは危うい気がした。

「で、何か用ですか?」

 つっけんどんに聞くも、シオンにはこたえた様子がなかった。

「それはもちろん、リベアさん!!あなたを褒めにきたのですよ!!!無事、エルドラン王国を救いましたね!」

 パチパチパチ。拍手の音が洞窟内に響き渡る。

 彼に褒めてもらっても、嬉しくともなんともない。

 しかし、彼の次の発言は、私の興味を引き付けるのに十分なものだった。


「これで魔王復活、もとい異界の門の修復をくわだてるやからの陰謀を一つ阻止できました!」


 笑顔のシオンと内心驚く私。

「……今回の一件がその陰謀に関わっているんですか?」

 シオンの言葉を鵜呑うのみにはできない。できないが、そのまま放置するには気になりすぎる話題だ。

 私が会話に加わってきたのを見て、シオンは笑みを濃くした。

「そうです、そうです。以前、異界の門の修復にが必要かお話しましたよね?」

「大量の魔力が必要……でしたっけ」

「なんだ。興味なさそうにして、しっかり僕の話を聞いていてくれたんですね。そうです。その魔力を求めて、敵は暗躍していたんですよ」

 魔力と聞いて、私は背後の地底湖を見る。その敵とやらは、この湖の魔力を狙ったのだろうか。

「あ、違いますよ。確かにここは魔力が豊富ですけれど、異界の門まで持っていけませんから」

「えっと、では何を?」

「ほら、あるじゃないですか。今回の事件で操られたモノ。移動ができて、そこそこ魔力量もある」

「……っ!?」

 シオンが何を言いたいのか理解して、私は血の気が引く思いだった。


「それって……人間?」


 花の魔物にやられて意識混濁におちいっていた人々。あのような状態なら、人間をどこかへ移動させるのも難しくはないだろう。

 正直、当たってほしくない推測だったが、シオンは首を縦に振った。


「ええ。そうです。人間一人一人の魔力はそう大きくもないですが、この世界の生物の中ではまだ高い方。おまけに数が多い。ちりも積もればなんとやら、魔力の供給源としては中々優秀なんですよ」

 まぁ、いわゆる生贄いけにえってやつですねぇ――と、のんびりした口調でシオンが言う。

 まるで明日の天気について話しているような口ぶりだが、その内容はとんでもなくエグい。


「さてさて、敵は容赦ないですからねぇ。これからもリベアさんには頑張っていただかないと」

「ちょっと待って!」

 私は慌ててシオンを止めた。

「あなたの話が本当なら、やっぱり私じゃ役に立たないよ!国に掛け合うべきで……というか、あなた自ら対応した方がいいんじゃ!?」

 シオンは陰謀とやらをよく知っているみたいだし、何より相当な実力者ということも分かっている。それなのに、どうして私にこだわるのか。


「あー、まぁ。事情がありまして。僕が表立って動くのはマズいんですよ。だからリベアさん、頼みますね!」

「そんな無責任な!」

「で、これからの予定ですけれど、エルドランの南……はちょっともう手遅れっぽいので。この際、東のメティス教皇国など目指してみてはいかがでしょう?あちらも色々大変なことになっていますよ」

「また人の話を聞かない!!」


 相変わらず、こちらの意思を無視して強引に話を進めるシオン。

 言いたいことを言ってしまうと、彼はその身をひるがえした。まさに言い逃げというヤツで、

「では、よろしくお願いしまーす」

 と、のんきな言葉を残して、洞窟の暗闇へ消えてしまう。


 その背中を追いかける気にもなれず、私はただ立ち尽くしていた。

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