第51話 帝国の足音

 エルドラン王国の港町ビーゴに着くなり、ユリウスたちは大忙しとなった。

 海賊が闊歩かっぽする人気のない港。

 倉庫に閉じ込められていた人々は、例の花の中毒のせいか、意識がはっきりしていない。

 いったいどういう状況なのか。王都セロリコに魔晶玉を使って連絡を取ろうとするも、一切応答がなかった。

 ユリウスはデュークに、王家への取次ぎと王都の様子を見て来るようお願いした。デュークは辺境伯家の子息で、貴族としての教育も受けているから、エルドラン王家に対しても上手く立ち回ってくれるだろうという目論見もくろみがあったからだ。

 デュークは港近くの厩舎きゅうしゃから良さそうな馬を拝借はいしゃくし、すでに王都へと向かっている。



 残された親善大使の一団もするべきことが山のようにあった。

 まず、倉庫に閉じ込められた中毒患者の治療――これは主にノヴァリスが率先して行った。

 また、ジェラルドとその護衛たちは港周辺の探索を行う。港はまったくの無人ではなく、周りの建物内に人が潜んでいるとユリウスが言ったからだ。

 その言葉通り、港内の建物や近くの民家を探すと、すぐに屋内で隠れていた人々を見つけることができた。

 隠れていた住民は先ほどの大騒ぎに怯えていたが、ジェラルドの人当たりの良い笑みを見て、いくらか緊張を解いた。

 少なくとも、倉庫にいた者と違って意思疎通はできそうだった。


「どうして屋外に出ないのですか?」

 そう尋ねると、

「領主さまのご命令で、必要最低限の外出しかできないんです」

 皆から同じ答えが返ってきた。


 ビーゴの住民たちは、港に海賊が堂々とのさばっているのも知っていたが、それも領主命令で放置していたという。

 いったい、領主にどういう思惑があったのか――ジェラルドは不振に思った。



 一方、その頃のユリウスは海賊たちの取り調べにあたっていた。

 ビーゴの港で何をしていたのか。そう尋ねるも、捕まって縄で縛られた男たちは黙秘をつらぬいている。これはおかしなことだ、とユリウスは考えた。

 ただの海賊なら、弁明なり哀願なり――自分たちの罪を減らすべく交渉するだろう、と。こうもかたくなに口を閉ざすのには理由があるはずだ。


「あの倉庫にいた人たち、お前たちに関係あるか?」

「……」

 質問に海賊は顔色一つ変えなかった。しかし、彼の心臓は正直で鼓動が早くなる。ユリウスの優れた聴覚はそれをとらえていた。

「なるほど。お前たちの巨大な船、あれで倉庫にいた人々をどこかへ運ぼうとしていたのかな?」

「……」

 目の前の男の心拍がまた早くなる。汗もかき始めたようで、嫌な臭いがユリウスの鼻をついた。

「それは一体どこだろう?聖王国か、それとも……」

 上面だけは何とか冷静を保っていた男も、動揺が顔に出るようになっていた。瞬きの回数が多くなり、瞳が揺らいでいる。

「帝国か?」

「……っ!?」

 反応は顕著けんちょだった。ユリウスは目の前の男をさらに追い詰める。

「なるほど、なるほど。エルドランの国民を帝国に運ぶのか。お前たち、海賊ではないな。海賊をよそおった帝国の手のものか」

「誰もそんなことは言ってねぇだろう!」

 たまらず、男が大声で叫んだ。彼の言葉とは裏腹に、その様子はユリウスの推測を肯定していた。

「お前たちの船を徹底的に調べる必要があるな。何か、帝国への足掛かりがあるかもしれない」

 サーっと血の気が引いて、男の顔が青ざめた。



 一先ひとまず、取り調べを終えたユリウスは、これまでのことを頭の中で整理した。


 あの海賊たちは帝国人の偽装だ。そして、彼らをこの国に引き入れたのは、他ならぬこの土地の領主フィリップスなのだろう。

 フィリップスは帝国の人間を自領に受け入れ、彼らが国民を帝国へ連れて帰るのを黙認していたのだ。港が静かなのも、そうした企みが円滑に進むように、人払いしていたせいかもしれない。


――しかし、何のために?


 ユリウスは首をひねる――と、そこにやって来たのはヴァネッサだった。その表情から、何かあったことがわかる。

「どうした?」

「さっき、この土地を治めているっていう貴族のボンボンがこちらへやって来ました。ずいぶんと偉そうな男で、キィキィわめいています。思わず殴りたくなるような奴でした」

「それで、殴ったのか?」

「もちろん、こらえましたよ。今はジェラルド様が相手をしてくれています。で、坊ちゃんを呼んできてくれって」

「君が我慢してくれてよかったよ」

 苦笑いをしつつ、ユリウスはその貴族のボンボンとやらに会いに行くことにした。



「それでジェラルド殿下。いったい、何の権限があってこんなことをしているのですか?領主代行の俺に断りもなく、なぜ?」

 目の前の青年の居丈高な様子に、ジェラルドは少し面食らっていた。


 青年の名はヒューバート・フィリップスと言い、この地を治めるフィリップス家の跡取り息子らしい。言わば、エルドラン王国の一貴族の子息である。

 一方で、ジェラルドはティルナノーグ聖王国の王子だ。

 仮にも他国の王子に、よく横柄な態度がとれるなと彼は感心してしまった。

 ヒューバートがあまりに尊大な振る舞いをするものだから、あやうくヴァネッサがキレそうになり、肝を冷やしもした。


 イライラとした様子を隠そうともしないヒューバート。そのかたわらには、彼の恋人だという女性がくっついている。こんな時に恋人を連れて来るなんて、どういうつもりなんだろうと、ジェラルドはまた驚く。

 しかし、そんな内心は臆面にも出さないで、ジェラルドは完ぺきな微笑みを浮かべ、丁寧に対応した。


「ですから、私たちは親善大使としてエルドラン王国に訪問いたしました。しかし、入港の許可をとろうと呼びかけたのですが、返答はなく。そうこうする内に、海賊と思われるやからがこちらを攻撃してきまして……」

 事の経緯を今一度説明しようとするが、

「今、我が国と貴国は国交停止状態にあるだろう!それなのに入港しようとするなんて……っ!!」

「いや、ですから。私たちはその件について話し合うために伺ったんです」

「そんなこと、この俺が知るものか。俺の許可もなく、こんな騒ぎを起こすなんて、殿下はいったいなんの権限があってこんなことをなさるのですかっ!!」

「……」


 どうしよう。話が通じない――と、ジェラルドはさすがに参ってしまう。

 この堂々巡りの不毛な会話を繰り返している間に、わらわらと群衆が集まって来て、ジェラルドたちの周りにはちょっとした人だかりができていた。


「おーい。通してくれっ!」

 その群衆の一部がぱっと、道を開けたかと思うとヴァネッサがユリウスを連れて戻ってきた。弟の顔を見て、ジェラルドはホッと胸を撫でおろす。一方、ヒューバートは忌々しそうに眉をひそめた。


「今度はなんだ?」

「初めまして。ジェラルドの弟、ユリウス・ティルナノーグと申します」

「俺は子供の相手をしている暇はないのだが」

 相変わらず無礼なヒューバートだが、ユリウスは涼しい顔のままである。

「先ほど兄におっしゃっていた件についてですが、いったい何の権限があって……でしたか?」

「その通りだ!ここは俺たちの領土で――っ」

「それならば、ダナン平和協定に基づいた行動でございます」

「えっ?」

 ヒューバートはぱちくり瞬きする。

「ダナン平和協定の第十二条で、ティルナノーグ聖王国とエルドラン王国は、両国の国民が危機にある場合、それを助け合うことが取り決めされています」

 すらすらと説明するユリウスに、「えっと……」とヒューバートは戸惑った様子を見せる。

「今回の場合は、海賊が貴国の国民を捕まえ、船でどこかに連れ去ろうとしておりました。その危機を見過ごせず、我々は介入したわけです」

 自分たちのしたことの正当性を理論整然と訴えるユリウス。

 正確には、倉庫に捕まった人々を見つけたのは海賊を完膚なきまでに叩いた後だったのだが、そんなことヒューバートは知る由もない。

「もう一度申しますが、これはダナン平和協定にのっとった正しい行為です。あのダナン平和協定です。もちろん、ヒューバート様もご存知でしょう」

「も、もちろんだ!」

 力いっぱいそう答えるヒューバートだが、その目は泳いでいる。

 それにしても、ダナン平和協定を持ち出すなんて――とジェラルドは思った。


 あれは百年以上前に締結された条約で、確かにまだ有効なものだ。だが、国民の危機というのは、魔王軍の魔物たちに脅かされていた前提を指しているもので、先ほどのユリウスの説明は拡大解釈である。

 それを指摘できないのは、ヒューバートがダナン平和協定の内容を知らないからだろう。彼はただ、知ったかぶりでうなずいただけだ。


「し、しかし!相手は本当に海賊だったのか?もしかしたら、罪もない領民だったかも――」

「我々の交渉にも一切応じず、いきなり大砲を撃ってくる相手がですか?貴国の国民にそんな野蛮な輩がいるとは信じられません」

 ユリウスは驚いた表情を作った。そう言われてしまうと、ヒューバートも反論ができない。

「それにもし、あれが領民だった場合、彼らは奴隷貿易をしていた嫌疑にかけられます」

「どっ、奴隷?」

「だってそうでしょう?薬か何かで人々の体の自由を奪って閉じ込め、国外に運ぼうだなんて、それ以外の何が考えられますか?」

 声高々にユリウスがそんなことを言うので、周りの群衆たちもどよめき始めた。

「もちろん、国際法で奴隷制度は禁止されています。これはれっきとした犯罪ですよ。そして……」

「な、なんだ?」

「そんなことを領民がやっていたということが明るみになれば、領主の責任が問われるでしょう。つまり、ヒューバート様にも責任があるのです」

「なっ、なんで俺が!?」

 ユリウスの言葉にヒューバートは慌てふためいた。

「ここの領主は父上だ!俺じゃない!!」

「しかし、ヒューバート様は領主代行なのでしょう?だとしたら、やはり責任問題に……」

「――っ!!」


 完全にユリウスのペースだった。ジェラルドは少しヒューバートを気の毒に思う。口でユリウスに勝てるわけがないのだ。なにせ、あの賢王エドワルドの生まれ変わりなのだし。

 とは言っても、そういった事実を知らない人間から見れば、これは滑稽こっけいな光景でしかなかった。

 なにせ二十を越えた成人男性が、十代前半の少年に言い負かされているのだ。

 周りの群衆たちがヒューバートを見る目は冷たく、彼の恋人という女性すら軽蔑の視線を送っていた。

 


 結局、ユリウスたちが起こした騒動は不問になった。

 倒した相手が海賊でなく領民なら、自分の責任問題になる――それを恐れたヒューバートは、ユリウスたちを海賊から領民を助けてくれたヒーローとして受け入れたのである。


 領主代行というのは名ばかりで、ヒューバートは今回の騒動について自ら動かなかった。

 倉庫にとじこめられ中毒状態に陥った人々の治療もしないし、海賊たちについても放置だ。これにはビーゴの住民もあきれ果てた。

 一方で、ユリウスとジェラルドは率先して働いて回った。中毒患者の治療には、ノヴァリスの作った薬が有効だったことも功を奏し、ますます周囲からの注目を集めていく。

 領主がまるで役に立たないのに対し、他国の王族のなんとすばらしいことか――。ヒューバートを引き立て役にして、領民たちの間で異国の王子たちの人気は高まるばかりであった。


 さて、その頃。

 ヒューバートは王都にいる父親に便りを送っていた。

 聖王国の王子たちに好き勝手されているから、助けてくれというのがその旨である。

 しかし、父親からの返信はなかった。

 その代わりに届いたのが、フィリップス大臣が国家反逆罪で捕まったという知らせだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る