第50話 海賊

 ユリウス一行は親善大使として、ティルナノーグ聖王国の王都ダナンを出航した。向かうはエルドラン王国の北西に位置する港町ビーゴだ。ここはエルドラン王国の玄関口になっている。


 風のあるときは普通の帆船として、ないときは魔晶石を動力源とする魔導船として動く最新鋭の船に彼らは乗っていた。これでいくらかはエルドラン王国へ早く着くはずだ。

 船はよく進み、航海は順調だった。

 親善大使としてユリウスに同行した者たち――ディラルドやヴァネッサ、デューク――は思い思いに船の上で過ごしている。

 そう、ただ一人を除いては……。


「うぉろろろぉぉっ」

 真っ青な顔して、海に吐しゃ物を吐き出しているのはノヴァリスだった。彼自身知らなかったことだが、どうやら船酔いする性質たちらしい。

 ヴァネッサが呆れ顔をして見ているが、こういうのは体質だからノヴァリス自身にどうすることもできないだろう。

 ユリウスは彼に尋ねた。

「酔い止めは飲まなかったんですか?」

「……もちろん、飲んださ。今はあそこだ」

 息絶え絶えに、ノヴァリスは大海を指さす。飲んだ薬は胃液と共に体外へ出てしまったようだ。

「ユリウスたちは良いよな……楽しそうで……。なんで、僕ばかり……うぷぅ」

「別に私も船の上は好きじゃありませんよ。だって泳げませんし」

「え、そうなのか?」

 意外そうな顔をするノヴァリスに、コクリとユリウスはうなずいた。


 実は前世――つまり、エドワルドの時も彼は泳げなかった。もっとも、王が泳ぐ機会などなかったから気にも留めていなかったが。

「てっきり、ユリウスは何でもできるヤツだとばかり……」

「まさか。そんなわけありません」

 ユリウスは肩をすくめた。上手くいかないことなんか多々ある。

 とくに、ルキア関連のことは全敗していると言ってもいい。どれだけ想っても求めても、彼女の背中にはまだ届かない。

「まぁ、人間。何か、欠点があった方が可愛げがあ……うぇえええええ」

 次の吐き気の波がやってきたようで、ノヴァリスは慌てて海の方に首を突き出した。



 それから数日が経過した。

 ノヴァリスがげっそりした以外は、順調な経過をたどっている。そしてようやく、エルドラン王国の陸地が見えてきた頃合いだった。


「やっと陸に……戻れる……」

 そう喜ぶノヴァリスのかたわらで、ユリウスはふと奇妙なことに気付く。ビーゴの港が静かすぎるのだ。

 聖王国との行き来がなくなったとは言え、ビーゴはエルドラン王国にとって重要な貿易都市だ。国内だけでの流通もあってしかるべきなのに、港には人影が見当たらずシンとしている。

 そんな中で、停泊していた大きな船がいやでも目に付いた。


 ユリウスは眼をらす。異能のおかげで超人的な五感を持つ彼には、その船の様子がありありと見えた。

 例の船だけは人の出入りがあるようで、乗組員の男たちが忙しそうに動いている。しかし、その彼らの格好にユリウスは眉をひそめた。

「まるで海賊のそれじゃないか」

 ひげや髪は伸び放題だし、眼帯までしている者もいる。何よりも、彼ら全員が剣などの武器を所持していた。


 見るからにただ事ではない様子である。ユリウスは少しの間考え込み、

「兄さま」

 ジェラルドを呼んだ。



「私たちはティルナノーグ聖王国からの使者です!今回の国交停止について、エルドラン王国の方々と協議したく、はせ参じました!」

 風の魔法で増幅された声で、ジェラルドが港にいる者たちに話しかけた。

 すると、例の船の乗組員たちがこちらの船に気付き、ざわざわと騒ぎ始める。

「私たちはこの船での入港を希望します!」

 そのジェラルドの呼びかけに応じたのか、


――ズドン!


 大砲のとどろく音と共に、砲弾がこちらに向かって飛んでくる。それは威嚇射撃などではなく、明らかにこの船自体を狙っているものだった。

「ほ、本当に撃ってきた!」

 慌てるジェラルド。だが、こちらも対策していないわけではない。

 ユリウスたちの船の船首にはヴァネッサがいた。彼女は不敵に笑うと、砲弾に向けて跳びあがり、そのまま宙に浮かぶ。

 いよいよ空中のヴァネッサに砲弾がぶつかりそうになったとき、その砲弾が奇妙な動きを見せた。真っすぐに、こちらに飛んできたはずのソレが、途中で進路をぐにゃりと変えたのである。

 砲弾は明後日の方向に飛んで行き、海に水しぶきを上げて落ちていった。


「アタシが本気出せばこんなモンだよ」

 得意満面のヴァネッサ。

 実は最近、彼女の異能はさらなる発展を見せ、直接触れなくとも対象物の運動を操れるようになったのである。今のように、飛んでくる砲弾の重力の向きを変えることだってできるというわけだ。


 絶好調のヴァネッサは、さらに飛来してきた複数の砲弾をにらみつける。

「さて、二発目からは反撃していいって、坊ちゃん言ってたよなぁ」

 ヴァネッサが右手を振りかざすと、また砲弾の進路が変わった。今度は正反対に――つまり、砲弾を撃ってきた方向に飛んで行き、海賊船に次々降り注ぐ。

「えぐっ……」

 その様子を見て、ノヴァリスがうめいた。



 上陸した後の海賊たちの制圧はそう難しい話ではなかった。

 数では海賊の方がこちらの船の戦闘員よりも上だったはずだが、ヴァネッサの活躍でその半数以上が使い物にならなくなっていたからだ。

 さらに、こちらには警吏局所属の腕の立つ護衛と剣の達人のデュークまでいる。負けるはずがなかった。


「ジェラルド様!ユリウス様!海賊たちの制圧が終わりました。何名か、生きて捕えております」

「ありがとう」

 かしこまった様子で報告する護衛の男に、ジェラルドが笑顔で返す。

「残念ながら、何人かは逃してしまいましたが……」

「いや、よくやってくれたよ。さて、ユリウス」

「なんでしょう」

「着いて早々、大騒ぎだったけれどこれからどうする?」

 困った表情のジェラルド。それもそのはずで、こんな騒ぎだというのに、港にはまだ人の姿が見えないのだ。本来、人の往来が絶えないだろう広い港がガランとしている。

 無人なのか――そう考えて、ユリウスは周りの気配を確かめる。すると、建物の中には人がいるようで話し声などが聞こえてきた。

「無人ではないようです。とにかく、屋内を探しましょう」


 それでユリウスが真っ先に訪れたのは、大きな倉庫だった。

 ここを選んだ理由は二つ。この中に多くの人の気配がすることと、とある臭いがしたからである。

「すみませーん!」

 ジェラルドが呼びかけるが、まるで返事がない。頑丈そうな扉には鍵がかかっているようで、中に入れない。

「では、俺が――」

 そう言って、デュークが前に進み出ると、扉を真っ二つに剣で叩ききってしまった。

「いや……この扉、鉄製だよな?」

 目を丸くしているノヴァリス。そんな彼にユリウスが頼みごとをする。

「叔父さん。皆にそよ風の守り《ブリーズヴェール》をお願いします」

「えっ……?あ!まさか!」

 ユリウスの意図に気付いたようで、ノヴァリスがハッとした表情をし、慌てて皆に術をかける。

 


 倉庫の中に入ると、皆は絶句した。

 暗い倉庫内には、百人以上の人間が膝を抱えて座っていたからだ。誰もかれも、一言も発さず、うつろな表情をしている。

 鉢に植えられた桃色の花だけが場違いに明るく咲いていた。


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