第47話 地底湖

 アルコとイリスの案内で、私は王都の南にある森に来ていた。ここにくだんの地底湖があるらしい。

 この辺りは自分たちの庭だと豪語ごうごするだけあって、双子たちの足取りに迷いはない。彼らは近くにあった洞窟へ入って行った。

「ここが地底湖とつながっているの?」

「そう。まだ幾つかつながっている入り口はあるけれど、ここからが一番近い」


 洞窟の先にあの花の本体があるかどうか不明だったが、道を進むにつれてそれは確信めいたものになってきた。

「花が……」

 イリスが言葉を漏らす。

 灯り《ライティング》で照らされた先――洞窟の壁面を茨と鮮やかな桃色の花が覆っていた。花びらには赤黒い斑点があり、何とも毒々しい。

 付近には魔力の花粉が立ち込めていた。そよ風の守り《ブリーズヴェール》がなかったら、すでに私たちも中毒症状に陥っていたかもしれない。


 奥へ進めば進むほど、例の花が繁茂はんもしている。太い根やつたがそこら中にあるため、元々悪い洞窟の足場が、さらにひどいことになっていた。

 足を取られないよう気を付けつつ歩いていると、先頭を行くアルコがピタリと止まった。


しぃ。


 こちらをちらりと見て、口元に人差し指を立てる。彼が何を察知したかはすぐにわかった。

 人だ!こんな所に人間がいるのだ!!

 それが何を意味するか、話し合わなくともすぐに分かる。

 私たちは無言のままうなずき合った。



 催眠スリープで見張り役の男たち――全部で四人いた――を眠らせた先には、大きな湖があった。

 予想以上の大きさに私はびっくりする。湖からはたくさんの鍾乳石が突き出ていた。

 湖自体も大きいが天井も高い。水面から天井までの距離はどれくらいあるだろうか。まさか、地下にこんな巨大な空間があるなんて……。

 湖の水は美しいエメラルドグリーンをしていて、おまけに淡く発光していた。その水には魔力がたっぷりと含まれていたのだが、たとえ魔力を感じられなくとも、この湖が『特別』であることは誰にでもわかるだろう。目の前の湖には人の心を奪うような神秘性が備わっていた。

 ふと、私は以前夢で見た泉を思い出した。私がルキアの記憶を取り戻したきっかけになった、あの不思議な泉だ。この地底湖はあれにどことなく雰囲気が似ている気がする。

 しかし、そんな幻想的な光景を例の花が台無しにしていた。

 花の根とつた――ちょっとした丸太くらいの太さがある――がそっくり地底湖を覆ってしまっている。まるで神秘の湖から、力を根こそぎ奪おうと寄生しているみたいに見えた。


「真ん中に何かあるね」

 イリスの指摘した方向を見ると、確かに湖の中央部分に『何か』があった。それは茨のつたでぐるぐると巻かれて、球状をていしている。

 私たちは花の根やつたの上を歩きながら、その球状の物体へ近寄った。

「何だ?これ」

 アルコが首をかしげる。

 私にも目の前のソレが何なのかは分からないが、何となく幾重もの茨で中のモノを守っているように見えた。ということで、

「中身が何なのか確かめよう」

 言うなり、私は炎のファイアーアローの術を発動させた。空中に勢いよく燃え上がる炎の矢が十数本生まれ、それらが球体に向って突っ込んでいく。


――ぼうっ!!


 相手は植物だけあって、よく燃えた。あっという間に茨が燃え上がり、その中が露出ろしゅつする。

 出てきたのは一メートルを超えるような巨大な種子だった。その種子からたくさんの根が生えている。

 種子自体には炎耐性があるのか、茨が燃えても種子まで広がらなかった。

「これが花の本体ね!」

 イリスが喜々とした声を上げる。たぶんそうだ――と、私が返事しようとした瞬間、


――ぎょろり。


 種子と目が合った。


「えっ」

 その場にいた全員が絶句する。

 種子に目ができている。その巨大な紫色の目は、まるで今、眠りから目が覚めた様子で、ぎょろぎょろとこちらを見ていた。


――ブオォン!!


 突然、空気を震わせながら茨がこちらに襲ってきた。丸太のように太い茨がしなって、鞭のように打ち付けてくる。

「あぶないっ!」

「うわっ!?」

 私は間一髪のところで、獣化したアルコに襟首を引っ張られ、難を逃れる。

 あのままあの場にいたら、まともに茨の攻撃を受けて、吹き飛んでいただろう。

「ありがとう」

「礼はいいから!早く俺に乗って!ちょっとコレ、やばいぞ」

「とりあえず入り口まで戻ろう!」

 見ると、イリスも人の姿から狼へと獣化していた。


 今や無数の花の根や茨がグニャグニャうねりながら、こちらに襲ってきていた。

 アルコとイリスは湖から突き出た鍾乳石を器用に足場に使いながら、攻撃を避けている。俊敏性なら獣化した二人の方が、花をはるかに上回っていた。

 私はアルコの背にまたがりながら、襲い来る花を炎のファイアーアローで撃った。茨や根は燃え落ちるが、すぐにまた新しいものが襲い掛かって来る。これではキリがない。


 やがて地底湖の入り口まで戻ってきたが、花は侵入者を許す気はないようで、後から後から茨が襲ってくる。私はそれらに炎のファイアーアローを撃ち続けた。

「どうする?一度、退くか?」

 アルコに問われたが、私は首を横に振った。

「考えがある。もうしばらく、私を乗せて湖中を飛び回ってくれない?」

「それはまぁ、良いけれど、考えって……」

「待って!誰か来るわ!!」

 イリスの警告を聞いて、ハッとアルコが息をのむ。

 確かに、こちらに走って来る複数の人の足音がした。

 まぁ、これだけ大騒ぎすれば地底湖の警備に当たっていた人間が気付くのも仕方ない。仕方ないが、何とも間が悪い!!

 さて、どうするか――そう思った矢先、

「イリス!」

 アルコは妹を呼ぶなり、背にまたがっていた私の襟元をくわえ、ぽいっと放り投げた。慌てたイリスが自分の体をクッションにして、私をキャッチする。

「ちょっと、危ないじゃない!」

「花の方はお前たちに頼んだ。こちらは任せろ」

「……うん、わかった!」

 どうやらアルコが人間たちの方に対処してくれるつもりらしい。

 しかし、大丈夫だろうか。獣化したアルコがそこらの人間に負けるとは思えないが、彼には若い男性にトラウマがある。

「アルコ……」

「俺なら大丈夫だから。ここは俺にやらせてくれ」

 きっぱりとした声音、まっすぐこちらを見てくる琥珀色の瞳には、断固とした決意がこめられている。

「……無理しないでね!」

「ああ!」

 私はイリスの背にまたがり直し、そしてアルコを残して再び湖へ戻った。



 水中から水しぶきを立てて氷の柱が生まれた。さすがに、鍾乳石だけでは心もとないので、所々に氷の足場を作っていく。

 これは氷のアイスニードルという魔術で、本来なら魔術の氷柱つららで相手を貫く技だが、今回はその先端部分が平らになるようにアレンジしている。

 イリスはその氷の柱を足場にしながら、華麗に茨の攻撃を回避してくれていた。その間、私は足場を作りつつ、梱包パッキングを使ってめいいっぱい収納していた大量の白い粉を湖にいている。

「その白い粉って、さっき海で作ってたやつ?」

「そう、そう」

 私はうなずく。

 双子たちに地底湖と花の本体の話をして、マグナらが待つ洞窟へ戻るとき。その帰り道に、私たちは海に立ち寄っていたのだ。

「それって効果あるの?」

「んー、こればかりは、やってみないと分からないね」

 そんな風に会話しながらも、イリスは素晴らしい機動力で花の攻撃をかわしていく。

「ナイス!」

 私が褒めると、

「でしょー」

 誇らしそうにイリスが笑った。

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