第46話 突入

 運はこちらに向いていると、マグナ・エルドランは考えていた。

 

――まさか、行方不明だった子供たちに再会できるとは!

 

 捜索をあきらめていないわけではなかったが、最悪の事態も覚悟していた。だが、戻ってきた二人には目立った怪我もなく健康そうだった。

 マグナはそう信心深い人間ではなかったが、このときばかりは神に感謝した。それに、子供たちを助けてくれた異国の人々にも。

 彼らは見返りも求めず、はるばる聖王国からエルドラン王国まで子供たちを送ってくれた。両国の国交が途絶えている今、それを実現するのは非常に困難だったろうに。

 それだけでもありがたいのに、彼らはマグナたちの作戦に手を貸してくれると言う。信じられないほどの奇跡だった。

 彼らの思いに報いるためにも、絶対に王宮から父王と妻を取り戻す。

 マグナはそう決意していた。


 レナの先導で、マグナたちは隠し通路の一つを進んだ。ここは王宮の物置部屋の床下につながっているという。

 途中までは順調だったが、目的地が間近にせまったとき、マグナがレナを止めた。

「誰かいる」

 ひそめた声でそう告げる。

 ギルベルトによって施されたそよ風の守り《ブリーズヴェール》で、臭いの方はよく分からなかったが、すぐれたマグナの聴覚は出口に誰かがいることを察知していた。

「もしかして、隠し通路がバレているのでしょうか?」

 レナの顔がサッと青ざめた。

「そうかもしれん。兄上は勉強家だったから、王宮の隠し通路について知っている可能性がある」

「それでは別の出口を――」

 レナはそう提案したが、マグナは首を横に振った。

「他の通路もおそらく同じだろう。見張りがいるはずだ」

「では、一体……」

 どうするのか、とレナが視線で問う。それにマグナはニヤリとした。

「強行突破しかあるまい」



 床板が跳ね上がったと思うと、見張りの兵士たちはすごい勢いで吹き飛ばされた。何か大きなものに体当たりされたのだ。暗い室内に何か巨大なものが動いている。

「どうせバレているのなら、大人しくする必要ないだろう」

 それは獣化したマグナの姿だった。

 双子たちと同様に銀色の毛皮をもった美しい狼の姿――しかし、その大きさは彼らの何倍もある。

 そこには神獣と呼ばれる獣の末裔がいた。



 マグナたちは王宮内を駆けあがった。向かうは、父王と妻の部屋だ。

 王宮のいたるところに例の花が咲き誇っていた。

 窓から差し込む月明かりに桃色の花があやしく照らされている。それらは、たっぷりと魔の花粉を辺りにまき散らしていることだろう。

 ギルベルトのそよ風の守り《ブリーズヴェール》がなければ、マグナたちも危なかったはずだ。


 道中、わらわらと出てくる兵士たち――それをマグナがその巨体で跳ねのけた。しかし、いかせん向こうの数が多い。三階へ上がる踊り場で、マグナたちは敵に囲まれてしまった。

 やはりどの兵も操られているようで、目の焦点が合っていない。ダグが敵兵の中に顔見知りを見つけ、呼びかけてみたが、反応はなかった。

 剣と剣が当たり、金属音が宮廷内に響き渡る。

 十騎士たちはこの国の騎士たちの頂点とも言うべき、精鋭集団だった。そんじょそこらの兵では相手にならない……が、相手は操られているだけの罪もない知人だ。覚悟の上とはいえ問答無用で斬りつけるには、いくばくかの躊躇ちゅうちょが十騎士たちの中にもあった。

 そうは言っても、多勢に無勢。こんなところで時間をかけている暇もない。もたもたしていたら、新たな敵兵が駆けつけて状況はいっそう悪くなるだろう。

 もはや仕方ない――そう十騎士たちが腹を決めたとき、ピカリと辺りが光った。

 その途端、今の今まで戦っていた敵兵たちが力をなくしたように床に崩れ落ちていく。

「せ、成功しましたっ!」

 額に汗をかきながら、美しい女性――クロエが言う。そう言えば、彼女は花による精神汚染を治せるかもしれないと言っていた。今まさに、クロエによって花による作用が打ち消され、洗脳が解除されたのだ。

「見事だ!」

 マグナが吠えた。



 クロエの活躍もあって、敵の包囲網を抜け、マグナたちは順調に進んでいく。

やっと国王の寝所までやって来たところで、一人の腹の出た中年男が待ち構えていた。そう広くない廊下には、ぞろりと兵を連れている。

「王太子殿下。お待ちしておりました」

 にやりとそうほくそ笑むのは、フィリップス大臣だった。その周りにいる兵の数は今まで以上で、マグナたちとは圧倒的な数の差がある。それがフィリップスの余裕の根拠なのだろう。

 だが……、


 狭い廊下では多勢の長所を生かしきれない。一人一人の戦闘能力はマグナたちの方が上だし、クロエがいるのでどんどん敵兵の洗脳は解除されていく。

「こっ、こんなにも兵がいるのにっ!どうして!?」

 どんどん形勢が悪化し、青ざめるフィリップス。

 すると、兵たちが違う動きをみせた。なんと、各々が持っていた武器をマグナたちに向けて投げつけたのだ。狭い廊下では逃げようもなく、マグナたちも絶体絶命のピンチに陥る――はずだった。


「ありがとうございます」


 にこりと笑いながら、ゼークトが優雅にお辞儀をした。ちゅうには今しがた投げられた武器がプカプカと浮かんでいる。フィリップスは驚愕し《きょうがく》た。

「こんなに武器をいただいて。しかし、さすがに私もこんなには要りません」

 ゼークトの異能『操鉄』は、あらゆる金属製の武器を自在に操れる能力だ。

 宙に浮いていた武器がくるりと向きを変える。そう、フィリップスたちに向かって。

「少しお返ししますね」

 ゼークトがそう言った瞬間、飛来した刃が深々とフィリップスの足を貫いた。



 兵たちの洗脳を解いて無力化した後、マグナたちは王座のある謁見えっけんの間に向かっていた。

 臆面おくめんもなく泣きわめき、命乞いをするフィリップスを脅して、国王とマグナの妻マリアがどこにいるのか、その居場所を吐かせた結果だ。

 フィリップスは涙をだらだらと流しながら、二人が謁見の間にいることを告げた。


 夜の暗闇の中でも、謁見えっけん の間には荘厳そうごんな雰囲気が漂っていた。

 分厚い赤の絨毯、火をともせばキラキラと光り輝くだろうシャンデリア、壁に掲げられた幾つものタペストリー……そしてその最奥に王座があった。

「父上!」

 神獣の姿のマグナが声をかける。王座には年老いた男がうつむいたまま座っていた。

 父に駆け寄ろうとしたマグナだったが、不意に足を止めた。

 王座の陰から、兄ラウルが姿を現したのだ。

「……兄上っ!」

「ここに来ると思っていたよ」

 悠然ゆうぜんとラウルは微笑んだ。

「兄上、こんなことはお止めください!」

 マグナは渾身こんしんの思いで訴える。

「兄上のされていることは、この国を滅ぼしかねない行為です」

 しかし、ラウルは首を横に振った。そして、憐れむように弟を見た。

「いいや、これは必要なことなのだ。愚かなお前には理解できないかもしれないが、古き妄執もうしゅうからこの国を解き放たねばならん」

 パチン、とラウルが指を鳴らした。すると、ぞろぞろとまた操られた兵たちが集まって来る。

「い、祈りを――」

 クロエがまた、洗脳を解除しようと神へ祈りをささげた。それで近くにいた兵士たちが崩れ落ちる。

 パチパチと、単調な拍手の音が広間に響いた。

「なるほど、なるほど」

 ラウルが興味深げにクロエを見る。

「洗脳が効かなくなった兵がいてどうしたものかと考えていたが、その女の仕業しわざだったか。しかし、その力も無限ではないようだな」

 ラウルの言葉の通り、度重なる祈祷きとうのせいでクロエは消耗しょうもうしていた。息遣いは荒く、その顔には玉のような汗をかいでいる。

 そんな彼女をあざ笑うかのように、またわらわらと兵が集まって来た。

「まだまだいるぞ。王宮の兵がいなくなれば、王都の民を使えばいい。替えなどいくらでもいるのだ」

「兄上っ!いったい、臣下を、民を、なんだとお思いかっ!我々は、皆を守るべき立場の人間だぞ!!」

 マグナの目にははっきりとした怒りの色があった。怒りのあまり、額に青筋が立っている。それを見て、ラウルは鼻で笑った。

「本当に貴様はきれいごとばかり。しゃくにさわる」 

 パチン。また、ラウルが指をならす。

 すると玉座の前に現れたのは、黒髪の女性だった。彼女は手にナイフを持っている。暗闇にその刃がきらりと光った。

「マリア!!」

 マグナが妻の名を叫んだ。

 夫の呼び声にも気づかず、マリアは手に持っていたナイフを自身の首に当てる。その表情はうつろだった。

「降参しろ。少しでも妙なマネをすれば、この女を殺す」

 ラウルがそう言い渡した。

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