第44話 決起

 問題が山積みであることは明白だった。

 今回の黒幕と思われるラウル王子やフィリップス大臣は、重臣や近衛兵を洗脳し、事実上王宮をのっとってしまっている。おそらく国王もその毒牙にかかっているだろう。

 このままでは、彼らはティルナノーグ聖王国との戦争を始めてしまうかもしれなかった。

 ならば、周辺諸侯と共に兵をあげて、逆賊としてラウル王子たちを討ち取るべきであろうが、それもまた困難だ。周辺諸侯への協力をとりつけようとも、今のマグナは謀反を起こそうとした罪人として国中に通達されているからである。

 一方で、花の問題も厄介だ。これを解決しないと、人々の洗脳が解けない。それどころか、花が勢力を増すほどに精神を害する者が増え、洗脳する対象も増加してしまう。

 どちらの問題もできるだけ早急に片づけなければならない。時間はこちらの味方ではなく、対応が遅れれば遅れるほど、事態はさらに行き詰まって行く。


 そんな状況の中、マグナが言った。

「やはり国王を救出しようと思う。父上が正気を取り戻せば、こちらに大義名分ができ、地方を治める臣下たちを説得するのが容易たやすくなる」

「それはそうですが、やはり危険です」

 そう進言するのはレナだ。

「王宮がすでに敵側にのっとられていることも理由ですが、あの花がはびこっている場所へ行ったら、今度はマグナ様たちが精神をむしばまれ、最悪洗脳されることになりかねません」

 確かに、もっともな意見である。と、そこで一つ疑問がわいた。

「そう言えば、十騎士の皆さんやレナさんは花の影響を受けなかったんですか?」

「私は普段は都を離れ、神殿で暮らしていたからでしょう。また、マグナ様たち十騎士の皆さんは『神獣の加護』を受けているからかと」

 加護とはどういうものかと尋ねれば、マグナ自ら説明してくれた。

「『神獣の加護』はこの国を守る十騎士に授けられるものだ。十騎士の任命式は西の神殿で行われるのだが、そのとき神官から加護をたまわる。自然治癒力と魔に対しての抵抗力が増すと聞いている」

「だから、今回の花にも普通の人より抵抗性があったと思われます。ですが、この加護はあくまで抵抗性を高めるもの。完全に防ぐことはできません」

 つまり、限界以上に花の魔力にあてられては、マグナたちも十分中毒症状が出る可能性がある――そうレナは説明した。

「危険は承知だ。だが、やらねばなるまい」

 一方で、マグナは断言する。彼の中で、もはやこれは決定事項のようだ。そこで私は提案してみた。

「それなら保険として、『そよ風の守り《ブリーズヴェール》』を使うのはいかがでしょうか?」

「それは魔術か?」

「はい。簡単に言うと、魔力の風で空気の層を作って、外からの汚染された空気を遮断するものです。あの花の魔力が花粉や匂いにこめられたものなら、それで防げるかと」

 前世でも毒の沼を渡ったりするときに使っていた術だから、効果は織り込み済みである。

「そんな魔術があるのか!」

「もし皆さんが王宮へ行くというのなら、その前に『そよ風の守り《ブリーズヴェール》』をかけましょうか?」

「是非とも頼む」

「あの、私にもその術を教えていただけますか?」

 レナに乞われて、『そよ風の守り《ブリーズヴェール》』の呪文を教えてみた。けれども、彼女は表情を曇らせる。

「申し訳ございませんが、術式が複雑すぎて……私には扱えそうにもありません」

「いいえ。レナさんのせいじゃありません。俺の術式はよく難解すぎると言われました。もっと、洗練された術式を構築できればいいのですけれど。俺にはその才能がないみたいで……」

 まさに、現代魔術のような簡潔でスタイリッシュな術式を構築できるようにするべく、目下勉強中の身である。

 私が苦笑いしていると、

「いいえ。私からすれば、こんな複雑な術式をいとも簡単に構築できるのがすごいというか……」

 気を遣ってくれたのか、レナはそう言ってなぐさめた。



「よし。ギルベルトのおかげで、花への懸念けねんはなくなった。本日の深夜、王宮に忍び込み、国王と妻を救出する」

 国王と同時に、王宮に残されたマグナの妻マリアも助け出すと言う。たしかに、マグナたちが指名手配されている以上、彼女を一人残しておくのはあやうかった。今後、人質として利用される可能性もある。

 マグナの決定に、他の兵士とレナもうなずいた。今回もレナの案内で、隠し通路を使い、マグナたちは王宮へ潜入すると言う。

「父上!俺も行くよっ!」

「私もっ!!」

 アルコとイリスが声を上げた。二人ともマグナたちについていく気でいる。だが――、

「お前たちはここに残れ」

 マグナが厳しい声で言った。双子は猛然と抗議する。

「私たちだってお母様やお爺様が心配だわ!」

「それに獣化すれば、俺らだって十分戦える!」

「絶対にダメだ」

 しかし、マグナはがんとして譲らなかった。

「父上!どうして?」

「アルコ。お前は先ほど、戦えるとそう言ったが……」

 ぎろりとマグナは子供たちを見下ろした。その迫力に、思わず二人は押し黙る。

「敵は人を操ることができるやからだ。こちらに刃を向けて来るのが、お前たちの親しんだ王宮の者かもしれないのだぞ?お前たちはその者と戦えるのか?」

「……あっ」

 マグマに指摘され、双子たちは表情を凍り付かせる。自分と親しくしていた人間と戦うことになる可能性に、このとき二人はやっと気づいたのだ。

「もっと言おう。操られた者たちを、お前たちは殺せるのか?その覚悟はあるのか?」

「それは……」

「……」

 アルコとイリスは唇をんだ。

「お前たちはここにいろ。これは大人で対処する」

 重々しい父親の言葉に、もはや二人とも何も答えられなくなっていた。



 日が沈むと、私は浮遊術で空を飛び、辺りを調査した。調べたいのは例の花の生息範囲だ。

 ざっと調べたところ、花は王都の西側を中心に、同心円状に広がっている様子だった。ただ、どういうわけか沿岸部にはあまり繁茂はんもしていないようである。

 調査を終えて、私はするすると地上へ降り立つ。

 辺りはもうすっかり夜だ。あと、数時間すればマグナたちが王宮に潜入するだろう。

「なぁ」

 洞窟の隠れ家へと帰る道、声をかけてきたのはアルコだった。隣にイリスもいる。どちらも表情は沈んでいた。

「俺たち、半端はんぱ者だと思うか?」

 自分の親しい者たちを殺す覚悟があるのかどうか――さきほどのマグナの言葉がよほどきいたのだろう。

「お父さんは君たちに、これ以上傷ついてほしくないだけだと思うよ」

 これから敵として立ちはだかるのは、洗脳された王宮の者たちだ。操られているだけで、彼らには非がない。そんな人たちを、時と場合によっては殺さなければならない。

 マグナは双子たちが戦える戦えない以前に、そもそもそんな光景を子供たちに見せたくないのだろう。一生モノの心の傷になりかねないから。

「それでも私たちだけ安全な所にいるのはダメだと思うの」

「でも、お父さんたちについて行っても、戦えないと足手まといになるだけだよ?」

 そして心の傷を増やすだけだ。良いことなどなにもない。

「それはそうだけれど……」

 イリスがうつむく。もしかしたら、泣いてしまったかもしれない。

 慌てて私はイリスの頭をなでた。

「ごめん。別に二人を責めたいわけでも、いじめたいわけじゃないんだ」

 そこで私は申し出る。

「まずは自分たちにできることやってみよう」

 そして、私はとある作戦について話し始めた。


 学者たちの見解では、王都にはびこる花の大元は一つで、その本体を絶たない限り、花を排除することは難しい……ということだった。

「だから花の本体を見つけてそれをやっつければ、これ以上の被害を食い止めることができるかもしれない」

「でも、その本体がどこにあるかなんて分からないだろう」

 アルコの至極しごくまっとうな指摘にうなずきつつ、私は続ける。

「具体的な場所はまだわからない。けれども、どういった場所かは推測できると思う」

「え?そうなの?」

「二人とも島にいたドラゴンのことを覚えてる?」

 ゼークトとクロエに出会うきっかけになった出来事だ。

 小島を根城にしていたドラゴン。

 本来ドラゴンは、魔力の豊かな土地にしか住まわない。それがなぜかと言うと、その巨体を保つために大量の魔力を必要としているからだ。

 私たち人間や普通の生物は、食事で必要なエネルギーを摂取せっしゅしているが、ドラゴンのような巨大生物が同じようにすると、一体どれだけの餌が必要になるのか。一日の大半を狩りで過ごさなければならなくなる。

 これは私の推測だが、だからこそドラゴンは空気中の魔力をかてにしていると思われた。小島にドラゴンが住み着いたのも、あれは島の地下からあふれてくる魔力目当てだったのだ。

「つまり、強大な力を持つ魔物はその体を維持するのにも膨大なエネルギーが必要だということ。大体の場合、エネルギー補給が食事だけでは追い付かず、魔力もかてにしている……と思う」

 この理屈なら、魔力の豊富な土地で強大な力の魔物が多い理由も説明できる。

「今回の花の魔物は常識外れの繁殖力と生命力を持っているみたいだ。それを可能にする何かが、この土地にあるのだと思う。花の本体はそこにいるはずだよ」

「たとえば魔力が豊富な場所ということか?」

「そう」

 私の説明を聞いて、双子たちは考え込んだ。

「そうは言っても、俺たちには魔力とか分からないし」

「あ、でも!」

 何か思いついたようなイリス。

「なんか不思議な雰囲気の場所なら知っている。ほら、アルコ!南の……」

「ああ!地底湖!!」

 イリスに言われて、アルコが手をポンと打つ。

「確かにあそこは不思議な空気だった。他とは違うような……もちろん、それが魔力かどうか分からないけど」

「なるほど、地下か……」

 先ほど一通り、空から地上を探索したが、それらしき場所はなかった。もし、花の本体が地下にあったのなら見つからないわけだ。もっとも地上の捜索も、鬱蒼うっそうとした木々に隠されて気付かなかっただけかもしれないが。

 しかし、双子の言った地底湖という可能性はある気がする。ひょっとすると、ひょっとするかもしれない。

 私たちは地底湖を探索することにした。



 地底湖へ行く前に、いくらか用事があった。

 それを済ませてから、私たちは一度洞窟の隠れ家に帰る。花の本体を探すむねを、皆に伝えるためだ。

「危険だぞ」

 説明が終わるなり、開口一番にマグナが言った。

「本当にあの花が洗脳の鍵なら、その重要箇所を敵が守っていないわけがない」

 実際、その通りだろうと私も思う。もしくだんの地底湖が当たりなら、十中八九そこには敵がいるだろう。

「でも、私たちも役に立ちたいの!」

 強い口調でイリスが父親に言い返した。

「皆が命がけで頑張っているのに、私たちだけ安全な場所にいるなんてごめんよ!」

「父上、俺たちは王族だ。王族は民を守らなければならない。だったら、俺たちもその役目を果たしたいんだ。俺たちは父上の子だから」

 アルコが真っすぐに父親を見上げている。すると、マグナはため息を吐いた。

「……ずいぶんと成長したな」

 感慨深そうに息子と娘を見ると、

「お前たちは俺の自慢の子たちだ」

 そのまま二人を抱き寄せる。そばではダグが「ご立派になられて」と涙ぐんでいた。

 しばらくして、マグナは私の方に顔を向けると、彼はこちらに向って深々と頭を下げた。

 王族が平民にするようなことではない。内心、かなり驚いている私をよそに、マグナは絞り出すような声で言った。

「息子と娘をお願いします」



 最終的に、マグナたち十騎士とレナ、それにゼークトとクロエが王宮へ、私と双子が地底湖へ行く運びになった。

 ゼークトたちが王宮に忍び込むことになったのは、クロエの進言からだ。

「もしかしたら、花による中毒症状を治療できるかもしれません」

 彼女がそう言った。たしかに、石化の治療までできる彼女なら、花による作用を打ち消すことができるかもしれない。

「花の作用がなくなれば、洗脳も解けるかもしれません。だからわたくしも王宮へご一緒します」

「クロエ殿が行くとなれば、私も護衛として同行しましょう」

 そうゼークトも申し出たのだ。

 もし、クロエの言う通り上手く運べば、無用な殺生をしなくても済む。マグナたちだって、できれば罪のない洗脳された人々を斬りたくはないだろう。

 クロエとゼークトの申し出にマグナは感極まった様子で、

「皆さん……、本当にありがとうございます」

 もう一度頭を下げた。

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