第43話 災厄の花

 ダグたちが案内したのは、海岸線の切り立った崖だった。一見、ただの岩肌に見える部分で彼らは立ち止まる。

「目隠し《カモフラージュ》の魔術か」

「わかるのですか!?」

 目を見張るダグに、私はうなずく。

 目隠し《カモフラージュ》は対象物を背後の景色に溶け込ませる、一種の幻惑術だった。その名の通り、多くの場合は何かを隠すために使う。

 今回も視覚的にはただの岩肌にしか見えない。けれども、魔力の流れがそこだけ違うので私は気づくことができたのだ。


 ダグたちは幽霊ゴーストが物体をすり抜けるように、岩の中を通っていく。私たちも彼らたちの後を追って、中へ足を踏み入れた。岩に見えた箇所をすんなり通り抜け、私たちは開けた空間へおどり出る。

「これは……洞窟ですか?」

 クロエが辺りを見渡しながら尋ねた。

「ええ、この辺りはこういった洞窟がそこらにあるんです」

 当然のように洞窟の中は薄暗く、その大きさは判別できない。けれども声の響き具合から考えて、ずっと奥へと続いているようだった。

「灯りつけますね」

 ダグたちが松明を付けようとしているのを見て、私は灯り《ライティング》の魔術を発動させる。

「なるほど、あなたは魔術師だったのですね!」

「しかも、凄腕のね!」

 イリスからの過剰な誉め言葉を受け、私たちは洞窟の奥へと進んだ。


 洞窟の中は足場が悪く、そこらに鍾乳石しょうにゅうせきがせり出している。おまけに、大小さまざまの横穴がぽっかり開いていて、道が複数に別れていた。

 そんな中を、ダグたちは迷うことなく進んでいく。

「はぐれたら迷子になりそうですね」

 不安そうにつぶやくクロエ。

 ダグが言うには、ここら一帯はこういう迷路みたいな洞窟が多いらしい。

 洞窟内は湿っていて、ぽつぽつと水滴が垂れている。遠くで、川の流れるような水音がしていた。地下水が豊富なのかもしれない。


 程なくして、天井の高い開けた場所に出た。地面や天井から突き出た鍾乳石に紛れて、七つの人影が見える。

「父上!」

「お父様!」

 突然双子たちが声を上げ、駆けだしていった。

「アルコ……イリス…ッ!!」

 集団の中で一人の男が立ち上がる。三十代くらいのガタイの良い男性だ。

 彼は驚いた表情を浮かべていたが、しっかりと二人を抱きとめた。あれが彼らの父親――マグナ・エルドランだろう。

 近くで見ると、なるほどマグナが双子たちの親であるとわかった。銀髪に琥珀色の瞳――容姿がとても似ている。

 親子は互いに互いを抱きしめ合った。小さな嗚咽おえつが聞こえてくる。

 しばらく彼らは再会を喜び合った。


 双子とダグがこれまでの経緯を説明すると、マグナは丁重ていちょうに私たちに礼を言った。

「本当にありがとうございました。生きて二人に会えたのは皆様のおかげです」

 王太子からそんな風に言われたものだから、こちらの方が慌ててしまう。

「とんでもございません。それよりも、そちらの状況はどうなっているのですか?」

「そうよ、お父様!ねぇ、お母様は?」

 イリスの問いに、マグナは表情を固くする。

「マリアはまだ王宮にいるはずだ。国王……お爺様もだ」

「……一緒に逃げ出すことができなかったのね。そもそもお父様はどうやって逃げてきたの?牢屋に閉じ込められていたのでしょう?」

「それは、そこにいるレナのおかげだよ」

 そう言って、マグナは背後にいた一人を指した。男たちにまぎれて紅一点、一人だけ若い女性がたたずんでいる。

「レナと申します」

 ぺこりとお辞儀をした黒髪の女性は、凛とした雰囲気をしていた。

 レナは双子たちの母マリアの従妹に当たり、今は神殿に務めているらしい。ここに来る前に頼ろうとしていた尼僧というのが、まさに彼女のことだった。

「レナが王宮の秘密の通路について知っていてな。それを使って、牢にいた俺たちを逃がしてくれたんだ」

 さすがレナねえと称賛する双子たちに、レナは少し困ったように微笑んだ。

「偶然です。偶然、大昔の遺跡の地図を見つけて……」

 王都セロリコは巨大な古代遺跡の上に造られた都市だという。王宮も然りで、元は神殿だった場所らしい。そのとき使っていた隠し通路が今も宮殿の地下に存在することに、古文書を調べていたレナが気付いたのだ。

「偶然って……そもそも古文書なんて普通は読まねぇし、読めねぇよ。今は使っていない言語で書かれているんだから」

「国一番の才女だもんね!」

 アルコとイリスが褒めると、

「勉強しか取り柄のない私ですから」

――と、またレナは恐縮し、

「もっとも、その学力もはたして長所だったのか……。可愛げのない女と言われ、婚約を破談にされましたしね……」

 遠い目をした。

 ……なんだろう。あまり触れてはいけない気がする。

 ちょっと微妙な空気になったところに、コホンとマグナが咳払いした。

「ともかく、だ。レナのおかげで捕えられた我々は助かったのだが。王宮内は依然いぜんとして混乱している」

「混乱って……。そもそも、父上。謀反のでっち上げなんかが、どうしてまかり通ったんだ?伯父上やフィリップスが何かたくらんだところで、お爺様や他の重臣がそれを許すなんておかしいよ」

「そうだな、アルコ。普段なら……その通りだ」

なら?は?」

「混乱していると言っただろう。王宮が……いや、王都全体が今混乱の最中さなかにある」

 マグナの言葉の意図が分からず、双子たちも私も首をかしげる。そんな私たちに彼は言った。

「見てもらう方が早いだろう」



 マグナに連れられて、来た道とは違う通路を通り、私たちは洞窟の外に出た。

 ちなみにその出口にも目隠し《カモフラージュ》の魔術がかけられてあった。なんと術を施したのはレナらしい。彼女は魔術の方にも多少の造詣ぞうけいがあるとのことだった。

「私の魔力量自体は多くないので、大した術はできませんが…」

――などと謙遜していたが、目隠し《カモフラージュ》はばっちり機能していたし、十分だと思う。


 さて。その出口の近くには、ひときわ高い樹がそびえたっていた。マグナはそこに登ると言う。

「この樹をですか…?」

 クロエが不安そうな顔をしたので、私はクロエとゼークトを連れて、浮遊術で樹のてっぺんまで上がった。その間に、マグナと双子たちはするすると樹をよじ登って行く。双子の父であるマグナも超人的な身体能力の持ち主のようだった。

「見えますか?」

 マグナに指示された方向を見ると、遠くに街が見えた。あれが王都セロリコなのだろう――と。

「なんだ、あれ?」

 思わず、言葉が漏れた。

 王都、そしてその周辺の森の様子がおかしい。遠目からでも紐のような何が幾重にも建物や木々に巻き付いているように見える。

 私は魔術で視覚を強化し、よくよくその様子を観察した。そして――息をのむ。


 それはいばらだった。所々に鮮やかな桃色の花を咲かせた、植物。

 それがまるで都全体をむしばむように覆っているのだった。



 再び洞窟内に戻り、マグナが私たちに説明した。

「あの花が現れたのはお前たちが姿を消してすぐのことだ」

 双子たちが誘拐された直後に、城下でとある病の症例の報告が多く上がった。

 夢うつつをさまよっているような意識の混濁、多幸感、そして幻覚症状。

 それは麻薬中毒者のような症状だったという。ただし、原因は不明。

 その症例報告に比例するように、増えていったのがあの花の植物だ。いつの間にか、王都のいたるところで鮮やかな桃色の花を見ることになった。

 やがて、原因不明の病と奇妙な花を関連付ける者が現れ始める。


――病の原因はあの花のせいなのではないか?


 国王は花の駆除を命じた。しかし……、

「物理的に引っこ抜いても、燃やしても、さらには魔術で凍らしても――翌朝には元のようにまた生えてくるんだ」

 それは驚異的な生命力だった。 

 学者たちの話では、この花は地面の深いところで根がつながっていて、実は一つの植物なのではないか――ということだった。だから根元を絶たない限り、花を排除することは難しいだろう、と。

 さて、花はそのすさまじい生命力で、あっと言う間に王都にはびこるようになった。同様に病の患者も急増していく。王宮内にも病に冒される者が出始めた。

 双子たちの誘拐事件に加えて、病と花の件も何とかしなければならず、王宮は混乱しきっていた。そしてそれにとどめをさすように、マグナたちの冤罪事件が起こったのだ。

 国王の前で、マグナの兄ラウル王子とフィリップス大臣が、マグナを含めた十騎士の罪を訴えたという。

 その場には、他の重臣たち――マグナと親しく信頼できるものたち――の姿もあったが……、彼らはマグナたちを擁護することはなかった。それどころか、事の是非ぜひも口にせず、ただぼうっとして成り行きを見ているだけだった。

 その様子は――、


「まるで操られているようだった」


 苦々しく、マグナが言葉を吐く。

 マグナたちは抵抗するも、すぐに近衛兵たちに包囲された。その兵たちの様子もおかしく、きびきびと動いてはいたが目の焦点は合っていないように思われた。

 以降、マグナたちは王宮の牢屋に閉じ込められることになる。不幸中の幸いは、レナという才女が助けに来てくれたことだろう。

 レナの導きでマグナたちは隠し通路を使い、王宮から脱出することができた。彼女は食料や最低限の装備や手配してくれていたことから、潜伏生活も何とかなっている。

――ということをマグナは語った。


 マグナの話を聞いて考え込んでいると、

「困ったことになりましたなぁ」

 ゼークトは自分のひげをでながら、そうつぶやいた。

「マグナ様たちの冤罪を晴らさなければならない上に、奇妙な病と花の件も厄介です。ところでギルベルトさん」

「え?あ、はい」

「病と花のことで、何か思うところはありませんか?」

「お、俺ですか?」

 なぜ、私に聞くのか――と、ちょっと驚く。

「ギルベルトさんは素晴らしい魔術師です。その観点から何かわかることはありませんか?」

 過大評価だ。そう言おうとしたが、気づけば皆の視線がじっと私の方に集まっていた。

「何でもいいの。気づいたことがあれば言って」

 イリスもうるませた瞳でこちらを見てくる。仕方なく、「聞いた話ばかりなので、推測でしかありませんが」そう前置きしつつ、私は自らの仮説を説明した。


「おそらくあの花は、幻想生物あるいは魔物の類だと思われます」

「魔物!?あの花がか?しかし、食人植物のように人を襲うマネはしなかったぞ」

「植物型の魔物にもタイプは色々あります」

 食人植物のように蔦で締め付け獲物を圧死させて捕食するタイプもいれば、夢幻樹のように魔力の霧で人を惑わせ力尽きるのを待つタイプもいる。おそらく今回の花は、後者に近いものなのだろう――と、説明した。

「遠目からですが、花から濃密な魔力の気配を感じられました。おそらく花から発せられる花粉か匂いに魔力がこめられていて、人が大量にそれらを吸ってしまうと、麻薬的作用が出るのではないかと」

 事実、獲物の精神に作用する毒を生成するむしの魔物なら存在する。そいつらの毒におかされると、獲物は多幸感に包まれたまま精神が薄弱していき、その場から逃げる意思さえなくなってしまうらしい。最終的には蟲に卵を植え付けられ、孵化した幼虫の餌にされる――というホラーな話だ。

「あと、マグナ様のお話を聞く限り、王宮の人たちは洗脳状態にあったのではないかと思われます」

「それは魔術ということか?」

「おそらく」

「しかし、魔術で人を洗脳するのは難しいとレナから聞いたが……」

 マグナの言葉を補うように、レナが続けた。

「しかも、王宮で様子が怪しかったのは一人二人ではありません。少なくとも数十人……我が国の魔術技術で、そんな大それたことができる魔術師がいるとは思えません」

「レナさんの意見ももっともです」

 私はうなずいた。

「たしかに確固たる意志のあるもの、理性のあるものを魔術で洗脳するのは困難。ですが、逆に理性がなく本能で動くようなものを操ることはそれほど難しくない。現に、動物を操る魔術師はいるでしょう」

「それは確かに……って、アッ!」

 私の話を聞いて、レナはハッとする。すぐに私が言いたいことに気付いたようだった。

「あの花には人の精神を混濁させる働きがある。そこに洗脳の魔術を使えば……っ!」

「おそらく、通常よりははるかに容易に人間を操ることができると思います」

 私たちの言葉に、皆が息を呑んだ。

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