第42話 誘拐犯疑惑

 当初の予定通り、王都セロリコの西側に私たちは上陸することにした。

 船を離れるとき、管理者のウサギは心配そうに聞いてきた。

【ご主人様マスター、帰ッテキマスヨネ?】

 ウサギは船から離れられないらしい。

 私はぽんぽんとウサギの頭を撫でる。

「絶対帰って来るよ」

【……ッ!イッテラッシャイマセ!】



 海岸から鬱蒼うっそうとした森に入る。

 このとき私は、リベアからギルベルトの姿に変身していた。今後、王都へ帰還する間に双子たちが刺客に襲われないとも限らない。そういったとき、剣を扱えるギルベルトの方が戦闘に有利だ。どうあがいても身体的フィジカルには、リベアは非力な十四の小娘なのだから。

 精神面でのアルコの負担が気になったが、彼は大丈夫だとうなずいていた。本当の所はキツいかもしれないが、ここは我慢してもらうしかない。


 私たちは薄暗い森の中を東へと進んでいった。

 この島の植物は大陸のもの違っていて、樹が非常に高い。特に高い樹だと、三十メートルを超えていそうだ。森の上の方で葉が繁茂はんもしているせいか、地上に届く日光は少なくなっていた。

 私たちがこれから向かうのは王都の手前にある神殿だ。

 そこには神の御使いである神獣がたてまつられていて、双子たちの母方の親戚が尼僧として働いているらしい。

 誘拐の主犯である伯父の目をかいくぐるため、その尼僧に双子の両親たちとの連絡を取り次いでもらう算段さんだんだった。


「この辺りなら知っているから」

 双子たちに先導してもらって、私たちは前へ進んでいく。

 道もなく、暗い森の中の移動はともすれば方角が分からなくなり、困難かと思われたが、取り越し苦労だったようだ。アルコとイリスは迷いのない足取りで歩を進める。

 二人は幼少の時からこの森を駆けまわっていたと話した。彼らにとってここは親しんだ遊び場なのだろう。

 そうやって順調に歩いていた私たちだったが、前の二人がピタリと足を止めた。

「誰か来る」

 アルコの警告を聞いて、皆の間に緊張が走った。

 足音からして四人ほどいるとイリスが教えてくれる。相手が敵か味方か分からないが、いつでも戦闘に移れるよう身構えた。


――ガサッ、ガサッ。


 草を踏み鳴らしてやって来たのは、武装した四人の兵士だった。フルフェイスの兜をかぶっているため、顔はうかがえない。

 ほどなくして、彼らの方も私たちに気付いたようだ。

「まさか……アルコ王子?イリス姫!?」

 兵士から驚きの声が上がる。その声を聞いて、ふっと双子の警戒が弱まった。

「知り合い?」

「父上の腹心だ。信頼できる」

 アルコがそう言うので、私たちも警戒を解こうとしたのだが……、

「貴様らがお二人をさらったのか!」

 その兵士のうちの一人がこちらに剣を向けてきた。

ぞくめ!」

「えぇっ!?」

 あからさまに敵意を向けられて、こちらは面食らう。

 もしかしなくとも、私たちはアルコとイリスをさらった誘拐犯と間違えられているのだろうか。

「ダグッ!落ち着け!!」

 アルコが腹心と呼んだ兵士に声をかけるも、

「これが落ち着いてられますかっ!貴様らっ、お二人を解放しろっ!!」

 向こうは完全に頭に血が上っている状態だ。

 えっ。ちょっと、どうしよう。まさに一触即発……そんな場面で、


――ウォン!


 狼が鋭く鳴く声。

 いつの間にか獣化したイリスが仁王立ちしていた。

 白銀の狼――エルドラン王国では御神体とまつられる神獣さまだ――の突然の登場に、皆がシンとなった。そんな中、シャンとしたイリスの声が響き渡る。

「まずは私たちの話を聞きなさい!」



 事情を話すと、地に頭をつかんばかりの勢いで兵士たちは謝ってくれた。

「まさか、お二人の恩人とは思わず、とんだご無礼を」

 中でもリーダー格のダグという兵士は冷や汗をかきながら謝罪を繰り返していた。

 ダグを含む兵士は、双子たちの父親である王太子マグナ・エルドランの腹心だった。彼らは王都を守護する王立騎士団に所属し、その中でもトップの十騎士に選ばれたほどの精鋭らしい。

 なお、マグナ・エルドラン自身も相当の手練てだれだそうで、自らも十騎士に名を連ねているとのこと。

「まったく。ダグってば、ホント頭に血が上りやすいんだから」

 と、獣化を解いたイリスが呆れた声で言う。

「それで、ダグ。俺らがさらわれてから、国はどうなっているんだ?ティルナノーグと国交を停止したと聞いたが……」

「そ、それが大変なことになっていまして!」

 せきを切ったかのように、ダグが話し出す。その内容はおよそ最悪のものだった。


 アルコとイリスが行方不明になり、王宮は天地がひっくり返ったような騒ぎになった。

 そして数日後、エルドラン王国の大臣フィリップスがとある証拠を持って来た。それは、ティルナノーグ聖王国の貴族が双子たちをさらったというもの。

 激怒した国王はティルナノーグ聖王国との国交停止を言い渡す。しかし、それに反対したのが双子の実の父であるマグナ・エルドランだった。

 彼は、双子たちの誘拐事件をティルナノーグ聖王国の犯行だと決めつけるのは性急すぎると父王に進言したのだ。

 事を間違えば戦争にもなり得る。他の臣下たちもマグナに同調し、再調査が行わることになった。そんな折――、


「マグナ様を含む我々十騎士に謀反むほんの容疑がかけられたのです」

 ダグの言葉に、双子たちは悲鳴を上げた。

「なんだって!?そんなのあり得ない!」

「いったい誰がそんなことを!?」

「もちろんあり得ません!謀反を訴えたのはフィリップス大臣と……マグナ様の兄、ラウル様です」


 ラウルはアルコとイリスの伯父だ。そして、二人をティルナノーグ聖王国へ売った張本人でもあった。

「あいつッ……」

 アルコは唇をかみしめた。

 ダグの話では、さしたる証拠もなしにマグナたちに嫌疑がかけられたと言う。そして、彼を含めた十騎士は城の地下牢に閉じ込められてしまった。

「他の重臣たちは、お父様たちを信じてくれなかったの!?明らかな冤罪えんざいでしょう?」

「……イリス様。事情があるのです」

「事情ってなによ!?」

「イリス落ち着け」

 泣き出しそうなイリスをアルコがなだめる。

「それでは父上は城の牢屋にいるのか?そう言えば十騎士に嫌疑がかけられたと言っていたが、お前たちは捕まらなかったのか?」

「実は俺も捕まったんです。しかしこうして、逃げてきました。もちろん、マグナ様も一緒です」

「本当か!」

 なんと、マグナたちは城の牢屋から逃亡したらしい。

 しかし、いったいどうやってだろう。おそらく厳重に閉じ込められていたはずなのに。

「色々とご説明したいのですが、とりあえず場所を移してもいいでしょうか?我々の隠れ家にお連れします」

 ダグが辺りを伺うように言った。

 確かに彼らは追われる身だ。こんな所で立ち往生しているのはまずいだろう。もちろん、彼の話が本当ならという注釈がはいるが……。

 私が考え込んでいると、

「行こう」

 アルコが言った。

「大丈夫。ダグは嘘を吐かない。もし俺たちを裏切るようなことをするくらいなら、自分の舌をかみ切るような男だ」

 きっぱりとした口調だった。

 アルコがそこまで言うなら仕方ない。私たちはダグについていくことにした。

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