第41話 神の御使いの末裔
あと、二日でエルドラン王国へ到着する。
管理者のウサギからそう聞いたので、私たちは談話室に集まっていた。目の前には、ティルナノーグ聖王国のある大陸と島国エルドランの位置関係が分かる地図。
地図を見れば、エルドランの王都セロリコは、国の北東部に位置している。
「お二人の出身は王都ですか?」
クロエが尋ねれば、双子たちはこくりと頷いた。
「でしたら、この辺りに上陸したらどうでしょう?」
ゼークトが地図で指示したのは、王都の西側だ。海沿いに大きな森がある場所で、近くに街はない。
「現在、エルドラン王国はティルナノーグ聖王国との国交を封鎖しております。不用意に人目について、私たちが異国の者だとわかると、あまりよろしくないでしょう」
「確かに。ここなら陸路で王都もそう遠くないし。じゃあ、上陸して二人を王都まで送って行くということで……」
私がそう言いかけたとき、アルコがそれを遮った。
「あの!上陸した所まででいいから!」
「え?」
「あとは自分たちで帰れるし!なぁ、イリス」
うん、とイリスが首を縦に振る。
「これ以上迷惑かけたくないし、ここまで送ってくれれば大丈夫だ。本当にありがとう」
アルコとイリスは王都まで送っていく必要はないと、そう言った。
「……今さら気にしないでよ」
私は双子たちに笑いかける。
「ここまで来たんだから最後まで付き合うよ。君らをご家族の元まで連れて行って、見届ける」
「だから、そこまでする必要はないって!」
私がしつこくそう言うと、アルコは平然を装いながらも声を荒げて言い返した。その声音には動揺が現れていたし、いつもは元気なイリスがおとなしいのも変だ。
「二人とも何か私たちに隠してない?」
「隠してなんかない!」
間髪入れず、アルコが大声を出す。やはり怪しい。私はじっと二人を見つめた。
アルコは挑戦的にこちらを見返し、イリスはうつむく。
部屋が緊張感に包まれた……と、
「隠しごと、それはお二人が現国王のお孫さんでいらっしゃることですかな?」
ゼークトの言葉に、ハッと双子たちは目を見張った。
「どうしてそれを知ってるの!?」
「おいっ、イリス!」
アルコがイリスをとめるが、もう遅い。
今の反応は、ゼークトの言葉を認めているようなものだった。
「いや、ちょっと待って?つまり二人って王族ってこと?」
「まぁ!王子様とお姫様だったのですか!?」
驚く私とクロエをよそに、ゼークト自身は「やはりそうでしたか」とのんびり笑っていた。
アルコ・エルドランとイリス・エルドラン。
彼らは正真正銘の、現エルドラン国王の孫であり、しかも父親は王太子という
「なんとなく育ちが良いとは思っていたけれど……」
まさか王族だったとは……絶句するばかりである。
しかし、これで色々とわかることがあった。例えば、エルドラン王国が聖王国との国交を取りやめた理由とか――。
事態の深刻さに私は低く
「黙っていて、ごめんなさい」
しおらしくイリスは謝っていた。
「でもどうして、俺たちが王族だって分かったんだ?」
どうにも
「エルドラン王国は御神体として、神様の御使いだったとされる神獣を祭っていますよね?かの国の王族は神獣の
「それだけでわかったのかよ……」
「あとは勘ですね。年の功というやつですよ。さて、それよりも……」
先ほどまで笑っていたゼークトが真顔になる。
「今回の一件、あなた方が思っているよりも事は重大ですよ」
「え?」
「エルドラン王国と聖王国の国交が途絶えた原因、それは恐らくお二人がさらわれたのが原因でしょう」
ずばり、ゼークトが言う。それを聞いて、双子たちはお互いに顔を見合わせた。
「俺たちが原因?」
「王族が誘拐されたとなれば、理由としては十分。これがきっかけで戦争に発展する可能性もあります」
「戦争!?いや、ちょっと待ってくれ」
アルコが慌てて言った。
「俺たちは確かに聖王国の貴族に売られた!けれども、俺たちをさらって、そもそも売ったのはエルドランの……俺たちの伯父なんだ!」
「えっ、伯父さん?」
衝撃の事実に私はぎょっとする。
「そうさ。だから聖王国の人間がさらったわけじゃない。あいつらは俺らを買ったけど、一番悪いのは伯父で……」
そう言いつのるアルコだが、
「誰が誘拐したか――その真偽はとかく、事実お二人は聖王国に売られて、ひどい目にあった。それだけで口実としては十分ですよ」
ゼークトが静かに話す。
その話を聞きながら、私は頭の中を整理した。
どういうわけでアルコとイリスの伯父が、自らの甥姪を誘拐したのかはわからない。よくあるお家騒動の一つかもしれない。
ただ、二人をエルドラン国内でどうこうするのではなく、聖王国の貴族に売った。ここがポイントだろう。そう、わざわざ二人の獣化を抑える首輪まで用意して、聖王国を巻き込んだのだ。
そこまで手のこんだマネをしたのは、やはりゼークトの言うように戦争の口実を作りたかったからに思える。
どうにもきな臭く、そして大きな陰謀が見え隠れしていた。
そんな渦中に、双子だけで王都に返す?
そんなことできるわけがない!
「そんな事情なら、いっそう二人だけで返すわけにはいかない」
私はきっぱりと言った。
横でゼークトとクロエも頷いている。
「いや、でもこれは俺らの問題……」
「もうお二人の問題の
ゼークトが諭すように言う。そんな中、小さな
「イリス…」
アルコが妹を見る。
「でも……もうみんなを巻き込みたくない……」
イリスの目からは大粒の涙がポロポロこぼれていた。
「私たち、無知だった。エルドランへ連れて行ってって――どれだけ難しいことかわかってなかった。船賃があんなに高いこととか、お金を稼ぐのが大変なこととか……わかってなかった。それで島まで動かしちゃって……、ゼークトさんとクロエさんも巻き込んじゃって。今度は戦争って……もう迷惑かけたくない……」
「……」
イリスの言葉に、アルコは押し黙る。
彼らは幼いなりにも、責任をずっと感じていたのだろう。
イリスに、そっとクロエがハンカチを差し出した。
「迷惑なんて言わないでください。
「旅は道連れ世は情けともいいますしなぁ」
クロエに続いて、ゼークトも双子に微笑みかける。
アルコとイリスはとまどい、それから私を見た。もちろん私もにっこりと笑う。
「一緒に行こう」
私は両手を差し出し――、その手を二人はとった。
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